第44話 これからと妹と私
パンッ
「はい!この話はおしまい!休憩もいっぱいできたし、続きしよ!もう小景の動きは完全に見切ったからね」
私は話を無理やり終わらせて、逃げるように小景に背を向けてコートの反対側に走った。さっきの小景の様子を見るに、自分が何を言ってたのかあんまり覚えていなさそうだった。私は小景の言葉を思い出す。
「男の子と付き合うってなるんだったら、大人しく受け入れられるんだけど、女の子と付き合うんだったら、私も諦めがつかないっていうか……」
本当に小景がそう思っているんだったら、小景が私を見る目は、姉を見る目だけじゃないってことになる。ただ私と遊ぶ時間が減ることに対する嫉妬だと切り捨てるには、あまりにも説明のつかない言葉だった。
小景は私が葵ちゃんと付き合うのが嫌なんだ。
私は何も考えなくていいように、体力の続く限りシャトルを追いかけることにした。
◇ ◇ ◇
小景と解散して家に着いた私は、走り回ってボロボロの体でお風呂と夕食をなんとか済ませて、やっとの思いで布団に寝転んだ。もう今日はこのまま体を起こしたくない。
小景にはさっきさらっと言ったけど、私と優里は3年生だ。それぞれの進路に向けて、今より真剣に向き合わなくちゃいけない。
私は最初、おばあちゃんにこれ以上負担を掛けたくなくて、就職する予定だった。理由は単純で、今の私の家庭状況じゃ、奨学金を申し込むための書類を揃えるのが難しい。両親と離れて暮らしているといっても、あのときのことを林家だけで片付けてしまった私には、別居の理由を証明する公的な書類は存在しない。だから、私は残念ながら依然としてあのふたりの庇護下って扱いで、これ以上関わりたくない私にとってそれは、申請のための書類を揃えられないということに他ならなかった。
だから私は就職する予定だったんだけど、おばあちゃんが「学費は私たちに任せなさい」なんて言って聞いてくれなかったから、私はその優しさに報いなくちゃいけない。
そのためにも私は本格的に勉強に力を入れていく必要があって、小景と過ごせる時間も当然減っていく。そして私は卒業して学校を離れたら、小景との距離もさらに遠くなる。
だから私は、小景の気持ちには気が付かなかったことにしようと思う。小景も自分が言ってしまったことに気が付いていないみたいだし、きっとあの思いも2年の空白があったことのちょっとした反動だと思うから。
私が気が付かなければ、小景はきっと踏み込んでこない。私に気を遣っている小景は、誤って私に触れてしまわないようにしている。何もなければ、悪い言い方だけどこのまま逃げ切れると思う。
明日は告白の返事と手紙を葵ちゃんに渡して、小景に私の選択を伝えなきゃ。私は疲れとこの先押し寄せてくる現実から逃げるように瞼を閉じた。
◇ ◇ ◇
翌朝。登校した私は、葵ちゃんに連絡を入れる。葵ちゃんももう登校していたのか、返事はすぐに来た。
「おはよう、今日の昼休み予定空いてる?」
「おはようございます!空いてます!」
「じゃあ、屋上に来られるかな?」
「分かりました」
最低限の連絡だけが交わされた画面をぼーっと見つめる。
「おはよう、日向」
背後から聞こえたその声に、私の体はビクッと跳ねた。別にやましいことでもないのに慌てて画面を閉じて、平静を装う。
「おはよう、優里」
「昨日はどうだった?」
私は優里に、日曜日に小景とバドミントンをしに行くことを言っている。一応優里に来るかを聞いたんだけど「3人でバドミントンは気まずいでしょ」と断られていた。多分、運動したくなかったんだろうけど。
「楽しかったよ。やっぱりちゃんと運動するぞって意気込んで運動することって、私たちあんまりないじゃん?」
「まぁ、ないわね」
「しかもバドミントンとか、ひとりじゃできないからね。小景がいなかったら私、一生やらなかったかも」
「ちなみに、小景には挑んでみたの?」
その質問に私は待ってましたと言わんばかりに口角を上げる。
「ふふっ、聞いてよ。最初の方は、ゆる~くラリーしてたんだけどね、私が『慣れてきたから本気でやってみて』って言ったら、そこからはもうすごくて。ラリーしてるときは、小景が上手だから私の打ちやすい場所に返してくれてたんだって思い知らされたね。コートの右に左に、前に後ろに走り回らされてもうヘトヘト。今日も体が痛い」
「日向が走り回らされているんだったら、私も見に行けばよかった」
「なにそれ!優里性格悪い!」
軽口を交えながら、私は昨日を振り返っていく。告白については触れないまま。
「あ!そうそう!帰りにね、映画見に行く約束したんだ!優里にも前話したよね?私と小景が一緒に買った本。それが夏休みに映画化されるんだ」
「あの子ちゃんと読み終わってたの?」
「あともうちょっとなんだって。優里も相談乗ってくれてたんでしょ?小景から聞いたよ」
優里はすでに小景のことを結構気にかけてくれるくらい、小景と仲良くなっている。
「そうね、家じゃ全然集中できないって言ってたから、学校の授業の合間とか、朝早く学校来てとかどう?って言ったくらいだけどね」
「いやいや、ありがとね」
「どういたしまして」
「小景は夏休みいっぱい遊ぼって言ってくれてたんだけど――」
だから、私と小景のこれからの接し方について、私は優里を巻き込むことにした。
「私たちこれから受験勉強をしていかないとじゃん?」
「そうね、うかうかしてられないわね」
「だ、だからね!いっぱいは遊んだりできないって伝えないといけないんだけど、優里も協力してくれない?」
私は小景の気持ちをないがしろにしようとしている。昨日葵ちゃんを引き合いに出して偉そうなこと言ったのにな。
「……分かったわ」
何か言いたいことがあるような様子で、優里は肯定してくれた。




