第41話 バドと私と姉
結局、私は告白のことをお姉ちゃんに聞けないまま日曜日になっていた。私たちはこの前、ショッピングモールで交わした「バドミントンを一緒にする」という約束を果たすために、近所のスポーツセンターに来ている。
私は一足先に着替えを済ませてコートでシャトルを弄んでいる。別に着替えなんて意識しなくていいはずなんだけど、更衣室で一緒に着替えるのが恥ずかしくて、私は急いで着替えてここに逃げてきていた。
「小景!おまたせ!」
Tシャツと学校指定の短パンに着替えたお姉ちゃんがこっちに駆けてくる。さっきまで下ろされていた髪は1つに束ねられていて、走るリズムに合わせて揺れている。
「どう?」
私のもとに駆け寄ったお姉ちゃんが尋ねてくる。私は改めてお姉ちゃんを頭からつま先までひと通り眺める。うん。
「かわいい」
高い背に綺麗な髪。シャツの袖から出ている、真っ白で細い腕。私とは対照的に筋肉量の少ない太もも。華奢でかわいい女の子の見本があるのなら、それは間違いなくお姉ちゃんだろう。まじまじと見つめながら評価を下した私に対して、お姉ちゃんは不意打ちを食らったように目を丸くしていた。
「……え?」
あれ?私おかしなこと言ったかな?不安になって確認する。
「え?『どう?』って聞いてきたのはお姉ちゃんの方じゃん」
「あぁ、そういうことね。私は小景が真剣な表情してラケットでシャトルをポンポンしてたから、湿度とか気にしてるのかなって……ほら、昨日も雨降ってたし」
悶々とした気持ちを落ち着けるためにしてた手遊びだったんだけど、お姉ちゃんには私が真剣にラケットの感触を確かめているように見えていたらしい。恥ずかしい。ものすっごく恥ずかしい!みるみるうちに顔が熱くなっていくのが分かる。
「こ、これはただの手遊びだから。別にそういうのじゃないし」
私は恥ずかしさのあまり、意味のわからない言い訳?をしてそっぽを向く。
「ふふっ、ありがと」
お姉ちゃんはそんな私を見て楽しそうに微笑みながらお礼を言った。
「ほら、小景!早速始めちゃおうよ!」
「待って!軽くストレッチしてからにしよ。お姉ちゃん普段運動とかしないんでしょ?いきなり体動かしたら怪我しちゃうかも」
お姉ちゃんと私は軽く体を動かす。私はいつも部活の前にやってるストレッチをこなした。お姉ちゃんは私のストレッチを見よう見まねでこなしていた。
「よし!今度こそやろう!」
普段より少し大きめの声でコートの反対にいるお姉ちゃんがスタートを宣言した。
「それじゃあ、行くよ!」
私は緩くラリーを始めた。バドミントンは他の球技よりも初心者が打ち返しやすい分、私が綺麗な位置にさえ返してあげれば、それなりにラリーを続けられる。
「なんか、久々に点を取り合わないバドやってるな」
思ったことが口から零れた。先週まで大会に打ち込んでいた分の落差に拍子抜けしてしまう。でも、楽しい。中学で部活にバドを選んだのも、体験入部でやったこれくらいの緩いラリーが楽しかったからだったな。
「小景?何か言った?」
私のひとりごとに気が付いたお姉ちゃんが、声をかけてくる。
「なんでもないよ!ただ、楽しいなって」
そう、ただ楽しい。このままずっとこうしていたい。他の色んなことを何も考えずに、ただお姉ちゃんとこうやって遊んでいたい。そんなことを考えていると――
ブンッ
お姉ちゃんのラケットが空を切った音と共にシャトルが地面に落ちた。空振ったお姉ちゃんは少し恥ずかしそうに言う。
「高い球打つのって結構難しいね。コツとかってある?」
コツか。私は結構感覚派だからうまく言葉にできる気がしない。
「う~ん、やってればできるようになるよって言いたいけど、そうじゃないよね。そうだなぁ、ラケットが当たるまでちゃんとシャトルから目を離さないこととか?」
「え~それくらいできてるよ~」
「意外とラケットに当たる前に、当たる場所を頭で勝手に決めちゃって、シャトルを見ずに相手の方見ちゃうってことあるから、最初のうちはちゃんと当たるまで見てあげることじゃないかな」
「分かった。ちょっと意識してみる」
そうして再びラリーが始まる。さっきよりも長く続いている。お姉ちゃんは慣れてきたのか、私に声を掛ける。
「小景、ちょっとだけ本気でやってみてよ」
お姉ちゃんが調子に乗り始めている。確かにバドは卓球とかテニスとかよりラリーがしやすい。けど、それはラリーに限った話。いざ点の取り合いをしようと思ったら話が変わってくる。スマッシュの初速度は女子高生でも時速200kmを超えることもあるし、卓球と違って足を伸ばしても絶対に届かないコースがその時々で生まれる。
「いいの?まだ始めたばっかりだよ?」
「ダイジョブダイジョブ!」
仕方ない、ここはバド部として少し理解らせてあげよう。
「じゃあ、恨みっこなしね」
◇ ◇ ◇
「はい、お姉ちゃん」
私は自販機で買ってきたスポーツドリンクを手渡す。あのあと、少し本気を出してお姉ちゃんをボコボコにしてから、今は軽く休憩を取っている。もちろん私の体力的には問題ないんだけど、さっきからコートの端から端へ走り回らされていた、普段運動していないお姉ちゃんには休憩が必要だろう。
「イジワル」
飲み物を受け取りながらお姉ちゃんは恨み言を漏らす。
「恨みっこなしって言ったじゃん」
「……言ったけど」
「勝負の世界は残酷なんだよ」
お姉ちゃんはわざとらしく頬を膨らませている。私もわざとらしく謝る。
「もう、お姉ちゃん。ごめんって~」
「ふふっ、怒ってないよ」
ひと通りふざけ合って満足したのか、お姉ちゃんはいつもの状態に戻った。はぁ、本当に楽しいな。そう思った瞬間、忘れようとしていたことを思い出した。そうだ、告白。
私はもっとお姉ちゃんと一緒にいたい。これから夏休みに入って、いろんな思い出作れると思ったのに、辻さんにお姉ちゃん取られちゃうかもしれない。もちろんお姉ちゃんが望むんだったら応援しないといけないんだけど……
はぁ、告白、断ってくれないかな」
「え?」
お姉ちゃんが声を上げた。「え?」って何に対して?私はお姉ちゃんに聞き返す。
「ん?」
お姉ちゃんは少し真剣な表情で私を見て改めて問い直す。
「なんで告白のこと知ってるの?」
え?私、言葉に出てた?




