第33話 私の部屋に私と日向
「それは、優里の方が詳しいんじゃない?」
日向が言っていることの意味が私には分からなかった。
「え?……なんで?」
私はここ最近、小景に白い部屋に頻繁に呼び出されている。その関係で、私と小景の距離は多少縮まっている。でも、私はそのことを一切話していない。
もっと言えば、小景とは日向と一緒に会っている以上の交流はない体でいる。
日向に隠している理由は、私と小景を繋ぐ関係が日向の過去だからだ。小景は日向が知られたくない過去を知ろうとしていて、私は全部ではないが日向の過去を知っている。私たちは日向のいないところで日向の過去をかけて争っている。
そんな中で育まれた関係を、日向に言えるわけがなかった。それは小景も同じはずで、だからこそ今の日向の発言が恐ろしい。
私の「なんで?」に対して日向は私を真っすぐ見ながら答える。私を見つめる目が「逃がさない」と言っている。
「なんでそう思ったと思う?」
私の質問にさらに質問を返してきた。日向は既に、私と小景が日向の目線から見えていた以上の関係だということを確信している。でも、私にはどこで日向が確信したのかが分からない。もしかしたら、小景が既に言っている可能性もあるにはある。
どのみち、現状をありのまま打ち明けるわけにはいかない。話せるラインを探さないと。必死に逃げ道を考えていると日向は両手を床につけて、ぐっとからだを私に寄せる。私は慌てて体をのけ反らせる。
「ねぇ?どうして黙ってるの?」
「……ごめん、日向」
「なんで謝るの?」
「……それは」
言葉に詰まっている私を見ている日向の目には、明らかに苛立ちが浮かんでいる。
「……わかった。もういいよ」
呆れたような諦めたような声でそう言った日向は荷物をまとめ始める。私はこのまま日向が帰ってしまったら、きっと取り返しのつかないことになる気がして、慌てて日向の手を掴んだ。少し日向の体が跳ねる。
「待って!」
「でも優里何も話してくれないんでしょ?」
そう言って私の手を振り払った。私も諦められなくてもう一度手を掴む。
「だから待ってって!」
「もう放してよ!」
声を張って振り払おうとする日向と、今帰すわけにはいかない私。まるで中学の頃みたいだった。あのときは、日向が隠していた方だったが、今は逆。
もみ合っているうちに私は日向を押し倒すような形になった。私の左手は日向の右手をとらえている。お互い利き手は右なのに、左手で右手を押さえ込めているんだから、私の方が力は強いらしい。
もういっそこのまま両手を塞いでしまえば日向を繋ぎ留めておくことができるんだろうか?
そう思った私は、そのまま日向の左手も押さえつける。よかった。これで帰ろうとする日向の身動きは封じることができた。これでゆっくり――
ぐすっ
興奮気味だった私は、誰かの鼻をすする音で正気に戻された。組み合いになってしまってから、まともに顔を見る余裕がなかった日向の顔に、改めて目を向けた。そこにいた日向の顔に、さっきまでの怒りの表情はなく、代わりに恐怖が支配していた。
「……やっ、やめて……ください」
涙を流しながら懇願している普段とは違う口調の日向に、私の背筋が凍っていく。私は慌てて両手を放し、日向を解放した。日向はそのまましばらく泣いたあと、力なく立ち上がると、カバンを持って部屋を出て行った。
私はその間、何が起きたのか理解できずにただ茫然としていた。
◇ ◇ ◇
「おはようございます。優里先輩」
私は白い部屋で目が覚めた。横からはいつも通りの小景の声が聞こえてきた。私が話すよりも先に小景は続ける。
「昨日はありがとうございました。大会の結果自体はまだ悔しいままですけど、おかげでいろいろ成長できた気がします!そういえば先輩は今日お姉ちゃんと勉強会してたんですよね?いいな~、って勉強がじゃないですよ」
いつもよりテンションが高い小景は、私の感想を待たずして話し続ける。
「先輩からアドバイス貰った後、速攻でお姉ちゃんに電話かけたんですよ!そしたらお姉ちゃん――」
「小景」
「はい?なんです先輩」
「小景が見たのはあれだったのね」
「?」
私の言葉の意味を理解できない小景は首をかしげる。私はそのまま話し続ける。
「今日、日向と喧嘩になった。そのときに日向を押し倒したわ」
「……それってどういう――」
小景の疑問を無視して続ける。
「私の方が力が強いみたいだったし体重もかけられたから、両手で日向の身動きを完全に封じたわ。その後は多分あんたも想像つくでしょ?」
昨日の光景を思い出す。あのあとすぐにLINEを送って、電話も掛けたけど、両方反応はなかった。
「まるで私じゃない人を見てるみたいだったわ。何が起きたのか全然分からなかった」
「……そのまま帰したんですか?」
「えぇ、私には日向を止める勇気はなかったわ」
「……そうですか。そもそもなんでそんなことになったんですか?」
「私とあんたが日向から見えているより関わりが深いってことに、日向が気が付いたのよ」
「でも、それでなんで喧嘩なんかに……」
「そりゃあ、私がそれを認めなかったからよ」
やや自嘲気味に吐き捨てる。今更だが「小景が日向の過去を知ろうとしている。そのために白い部屋を使って、私と接触している」そう日向に言ってしまえばよかったんだ。でも結果として私は小景を庇っていた。自分が取った行動の理由も自分で説明できない状況に腹が立つ。
「なんで、先輩はわざわざ私を守るようなことを……」
「さぁ?まぁあんたは何も気にせず明日の大会も頑張んなさい。私は私で勝手に頑張るわ。今日はもうこれ以上話す気分じゃないの。話しかけないでね」
当然の疑問を持つ小景に私は答えずに一方的に話を区切る。翌朝目が覚めるまで、小景は言いつけ通り話しかけてくることはなかった。ただ一度、私が流した涙を小景はその手で軽く拭った。




