第31話 県大会に私と美華②
「もしもし小景、どうしたの?」
お姉ちゃんの優しい声がスマホを通じて聞こえてくる。私は覚悟を決めてお姉ちゃんに報告をする。
「今日の大会だけどね、私負けちゃったんだ」
お姉ちゃんは「うん」とだけ呟くと、私の話を聞くモードに入った。私は感情をなるべく抑えようとしながら話を続ける。
「相手の人ね、この辺りじゃ有名な人らしくてね、全国大会とかにも常連なんだって。先輩とか顧問の先生とかは『だから仕方ない』って言うんだ」
「うん」
「もちろん私を思って言ってくれてるのは分かってるんだけどね、でもなんか違う気がしちゃって。それでまだ気持ちの整理がつかないまま、お姉ちゃんに報告だけしておこうかなって」
「うん」
「私はなんて言ってほしかったんだろうね?『来年は勝てるように』って言うのも、相手は3年生でリベンジできないからなんか違うし、具体的なアドバイスが欲しかったわけでもない。お姉ちゃんは何が正解だったと思う?」
私の問いかけに対して、少し間を置いてからお姉ちゃんが答える。
「お姉ちゃんの立場としてはね、他の人たちと同じことしか言ってあげられないかも。『頑張ったね』『来年こそ!』って。でも美華ちゃんなら小景の欲しい言葉、分かるんじゃないかな?一緒に来てるんでしょ?私にこの話をしたってことは美華ちゃんに会わないまま、私に連絡くれたんだよね?」
「……うん」
私は美華を後回しにした後ろめたさを感じながら頷いた。
「やっぱり。じゃあ美華ちゃんに直接話してみて。その後でまた私に連絡ちょうだい」
「わかった」
「じゃあまた後でね。お疲れ様小景」
そう言ってお姉ちゃんは電話を切った。公園に取り残された私はしぶしぶ会場に戻り始めた。お姉ちゃんは美華なら私のもやもやを解消してくれると言っていたけれどそうは思えなかった。美華だから、というわけではなく誰であっても。
とぼとぼと会場に戻った私は、入り口で待つ美華に捕まったかと思うと、そのまま手を引かれて会場の裏手に連れていかれた。
「ちょっと小景どこに行ってたの?探したんだけど」
「ごめん、ちょっと気持ちの整理が付かなくて、近くの公園まで散歩に行ってた」
「でも、整理付いてなさそうだけど」
「……うん。公園で優里先輩に連絡したらね『私より先に報告したい人いるでしょ』って言われて、その後お姉ちゃんに電話したら『私よりも美華ちゃんの方が分かってくれるよ』って言われてそのまま戻ってきちゃった」
「……そっか」
「あ、ごめんね。ホントは先に美華に応援ありがとうくらい言ってからのつもりだったんだけど――」
そこまで言ったところで美華が私を抱きしめた。私よりも大きい美華の体が私を完全に包み込んでしまった。私も流されるがまま、なんとなく腕を回して抱き返した。美華はそのままの姿勢で言葉を続けた。
「そんなのは別にいいよ。確かに後回しにされて少しだけ悲しいけど、それもいい。今一番つらいのは小景なんだから」
「……」
「小景のお姉さんが言ってるようなことが何なのかは私には分からない。けど、ほら、今ならだれも見てないよ」
その言葉で、こらえていたものが崩れてしまった。美華を抱きしめる手に力が入ってしまう。美華は私の頭を優しくなでながら話す。
「言ってほしい言葉なんてね、多分ないんだよ。負けたときに言われてうれしい言葉なんて何もない。こっちは『あのときこうしておけば~』とかいろいろ考えちゃってるのに『来年は~』とか『気持ち切り替えて~』とか言われても響かないもんね。『頑張ったね』ってのも、私は頑張ったうえで負けちゃってるんですけど?って気持ちになるし」
「……」
「だからね、私ができることはこうして一緒にいてあげることだけ。なんにもいいこと言ってあげられない代わりに、小景がひとりで泣かないようにしてあげられるだけ。今は好きなだけ悔しがっていいよ」
私はそのまま、美華の腕の中でしばらく泣き続けた。
◇ ◇ ◇
しばらく泣いたことで、私は少しすっきりした。まだ悔しい気持ち自体は残っているけど、ちゃんと負けを受け入れられたと思う。私は美華の腕の中から出た。
「ありがとう美華。おかげですっきりした」
そう言って美華の顔を見るために目線を上に向けると、なんと美華も泣いている。
「え!なんで美華も泣いてるの?」
私は慌てて美華を抱きしめなおす。全然あってる気がしないけど、さっき私にしてくれたことそのままお返しした。
「うぅ、さっきはああ言ったけど、私見てたからね!小景が頑張ってたところ。今日だけじゃなくて!学校でも見てたから!一緒にもっと強くなろうねぇ」
お姉ちゃんが言っていた通りだった。美華は、お姉ちゃんとは違う場所から私を見てくれている。妹としてじゃなく、親友として、一緒に泣いてくれる。電話越しじゃなく、今は目の前にいてくれる。そんな美華からの言葉だったらなんでもよかったのかもしれない。
「うん、私たちもっと頑張ろうね。ありがとう美華」
そう言って私たちは、もうしばらく泣きながら抱き合っていた。




