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第3話 白い部屋に私と姉 ②

 結果から言えば、大失敗だった。


 どうやら私は取り返しのつかないことをしてしまったらしい。私の精一杯の演技の甲斐もあってお姉ちゃんは私を夢の中の妹と思ってくれていた。家を出ていった理由はやっぱり教えてはくれなかったけど、それもまあ想像通りといえば想像通りで、別に問題なかった。どうせ明日直接話す予定だったんだから。


 問題はその後だ。白い部屋という特殊な環境にあてられたことと、パジャマ姿の無防備なお姉ちゃんを見てたら、なんだかちょっとイジワルをしたくなってしまった。お姉ちゃんのことは大好きだけど、別に私がお姉ちゃんをそういう目で見ていたというわけでもないはずだった、ちょっと反応を見てからかっちゃおうくらいの考えだった。


 でも、私が触れた途端、お姉ちゃんは何かから身を守るように腕で頭を抱え、何かに許しを乞うていた。まるで過去からの経験則でそれが最適であることを知ってしまっているようにさえ見えた。


 私は何が起こったのかわからなかった。慌てて身を引き体を起こした。わからないなりにもわかることもあった。これをやったのが私自身だっていう紛れもない事実はゆっくりと私の中に染みこんでいった。


「お、お姉ちゃん?」


 なんて情けない、私が傷つけたのに私は姉に助けを求めた。幸いお姉ちゃんは私に気が付いてくれたようだったがまだ体は震え、そのきれいな目は腫れ、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。私がしてしまったことの痕跡をひとつひとつたどる度に私の中に渦巻く自己嫌悪は大きくなっていった。


「ごめんなさい。お姉ちゃん」


 私はお姉ちゃんを抱きしめて精一杯謝った。抱き着くという行為がさらに姉を傷つけてしまう可能性があることに気が付いた。既に私は加害者になっていて。すべての接触はただの性加害でしかない。情けない、その程度のことにも意識が向けられない自分が許せない。加害者なのに涙がこぼれた。私にその権利はないというのに。


 これ以上傷つけるわけにはいかないと思って手を放そうとしたとき、お姉ちゃんの手が私の頭をなでていた。まだ震える体で必死に私を慰めてくれていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 私は謝ることしかできなかった。


◇ ◇ ◇


 翌朝、寮で目が覚めた私は次の行動について考えていた。強烈な後悔に支配されている場合ではない。贖罪が必要だ。お姉ちゃんの身に起きたことについて調べるのはその後だ。私は身支度を済ませて寮を後にした。


 これは正しい自己分析だと思うが、私はかなり行動力がある。よくも悪くも思い切りがいいのだ。私は学校に着くやいなや3年の教室を目指していた。まだ朝礼の時間までは時間があるため人もまばらな学校を今にも走り出しそうな勢いで進んだ。お姉ちゃんの教室の前に着いて一呼吸つく。覚悟を決め、私は教室のドアを開けた。


「おはようございます。お姉ちゃ、林 日向ひなたいますか?」


 教室にいた数人の生徒が私に注目したのち、周りを見回す。私もつられて教室を目で一周するがどうやらお姉ちゃんはまだ来ていないようだ。


「日向はまだ来てないよ。日向になんか用?」


 おそらくお姉ちゃんの友達の人が代表して声をかけてくれた。お姉ちゃんはいなかったけれど優しい人がいてくれて助かった。


「お姉ちゃんにちょっと話したいことがあって、普段って何時ごろに来ますか?」

「うーん、あと15分くらいかな。ここで待ってる?」

「いいんですか?じゃあ——」


 姉の友人(仮)の言葉に甘えて教室に足を踏み入れようとしたその時。


小景こかげ?なんでここに」


 声のする方を振り返るとそこにはお姉ちゃんがいた。長身のスラっとしたスタイルに整った顔立ち、その目は少し腫れていた。私が流させてしまった涙によってうっすら充血した目。思わず少し後ずさりする。言葉が詰まる。


「お、お姉ちゃん。お話があるの」

「昨日の()()は小景がやったんだね?」


 おそらくお姉ちゃんは、昨日の出来事がまだ夢か現実か判断がついていなかったんだろう。でも私が教室にいることであれが現実で、姉を襲おうとした妹は現実だと確定したんだ。


「……うん。ごめんなさい」


 誤魔化しは通じない。直感で察した私は一呼吸おいて頭を下げた。誠実に、ただ誠実に。その独特な空気で教室は少しどよめいていたが、私は気に留めなかった。最悪の場合これが最後の姉妹の会話になる可能性すら覚悟していた。ゆっくりと顔を上げて、まっすぐお姉ちゃんを見つめて次の言葉を待った。


「わかった。でも少し整理する時間をちょうだい。今日は部活?」

「ううん、大丈夫」


 本当は今日だって部活はあるんだけど、今は優先すべきことではない。「ある/なし」ではなく「大丈夫」だと、部活は気にすることではないという意味を込めて答えた。


「……そっか、じゃあ放課後一緒に帰ろう」

「わかった、じゃあまた放課後。ありがとうお姉ちゃん」

「うん」


 無事次の予定を取り付けることに成功した私は3年の教室をあとにした。心臓の鼓動が耳の近くで聞こえているのかと勘違いするほど脈打っていた。ただこれで釈明の場は用意することができた。ひとまずは上出来だと思う。私は少し遠回りして呼吸を落ち着けてから教室に戻った。

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