第2話 白い部屋に私と姉 ①
「ねぇ小景、こんな噂知ってる?」
クラスメイトの小池美華が、いつも通りの雑談ネタの一つとして話してくれた噂話。
「『白い部屋』って言ってね、白百合神社で相手を思いながら461円お賽銭を入れて寝る。そしたら夢で白い部屋に連れていかれてふたりっきりの時間を過ごせるんだって!」
呪いなのか呪いなのかもわからないツッコミどころが多い噂話だ。そもそも一緒に連れていかれたい人なんて、いや話したい人ならいる。なんて考えながらツッコミを入れる。
「何それ?設定がテキトーすぎない?白い部屋だから461円っていうのも変だし。てかお賽銭に461円は高すぎるって。」
「確かに、安直すぎるかも……」
「でしょ?ありえないありえない。第一私そういうの信じないし」
「そっか~それは残念っ。お姉さん連れて行けばいいのに?」
「っ!げほっ」
思わず吹き出してしまった。なんでそこでお姉ちゃんの名前が?いや実際頭によぎっていたんだけれど。それを突かれたのが悔しくて雑に返す。
「そこでなんで日向の名前が出てくるわけ?」
「いや~やっと再会したのに全然話してないんでしょ?」
「うっ、それはそうだけど」
そうだ、私は姉と同じ高校に進学した。狙っていたわけではない。断じてない。たまたま中学から続けていたバドミントンがそこそこ強かったから。お姉ちゃんの進学先は知らなかったけど、たまたまおばあちゃんから聞き出した引っ越し先がこの学校の近くで、たまたまおじいちゃんから引っ越し先は学校に歩いていける距離だって聞き出したからで、
そう、偶然同じ学校に進学してしまったみたいだ。
「せっかく追っかけて進学したのに、この前突っぱねてたよね?」
「追っかけてない!し、だって、それに、お姉ちゃんも何も話してくれない」
どんどん言葉に勢いがなくなっていくことが自覚できた。
あの再会は2年ぶりだった。何も言わずに家を出たお姉ちゃん。大好きなお姉ちゃん。私の優しいお姉ちゃんだったのならきっと真っ先に
「何も言わずに出て行ってごめんね、寂しい思いさせたよね」
って言ってくれる。そしてなんでいなくなっちゃったのかを話してくれる。そう思ってた。でも実際は、
「久しぶり、元気にしてた?そう、ならよかった」
あまりに素っ気ないうえに何も話してくれなかった。だからちょっと頭にきて、意地悪をしてやろうと思った。
「……2年もほったらかしにしておいて今更何の用?日向」
これはかなり決まった!この冷たい態度で自分がしたことに気が付いて反省してくれるに違いない。そう思ったのに。
「そうだね、ごめん。じゃあ高校生楽しんでね」
そう残して去ってしまった。後ろで、「あっ……ちがっ……」なんて漏らしてる情けない私には気づかずにお姉ちゃんは3年の教室に帰ってしまった。それからは一度もちゃんと話していない。私の誕生日だって連絡をくれなかった。悪いのは私だってわかってる。変な気を張って意地悪したことが原因なのだからすぐにでも謝ればよかった。でも、お姉ちゃんにも悪いとこがあって、そこについてのもやもやはまだ解消してなくて。なんて過去を思い出しながらぐるぐるしていると、
「小景?ねぇ小景ってば」
美華の声で現実に引き戻された。
「ごめん、何の話だっけ?」
「もう全然聞いてないじゃん、白い部屋だって。お姉ちゃんを連れ込んでゆっくり話してみたらどう?」
そんなこと言われたって。今更どんな態度でお姉ちゃんと話せばいいのかわからなかった。また黙ってしまった私の表情で何かを察した美華は言葉をつづけた。
「どうせ夢なんだから、今のつんつん態度が最初からなかったみたいに接してみたら?」
それだ!とは思ったが、必死に隠して
「そ、そもそもこんな噂信じてないってば」
なんて無理やり会話を切り上げようとした。でも鋭い美華はニヤニヤしながら、
「そうだね、噂だもんね」
とそれ以上追及してくる様子はなかった。
◇ ◇ ◇
その日の放課後、私は早速白百合神社に来ていた。まんまと噂を信じた。いや違う、この噂が嘘だったって証明したいだけ。美華に明日「やっぱり噂は嘘だった」と自慢げに語るため。
私はお賽銭箱にコンビニで崩した461円(意外と用意するのが手間)を放り、手を合わせながらお姉ちゃんを思い浮かべる。高校で再会したお姉ちゃん、背が伸びてスラっとしてたな。長い髪は相変わらずきれいで、きっと多くの人から注目を集めてるんだろうな。運動は少し苦手だけどその分勉強を頑張ってる。人見知りだった私の代わりに前に立ってくれたお姉ちゃん。お姉ちゃんも人とお話しするのあまり得意じゃないはずなのに私のために勇気を振り絞ってくれた、優しくて大好きなお姉ちゃん。
どれくらい手を合わせていたんだろう、気が付けば日が少し傾き始めていた。その分ゆっくりとお姉ちゃんとの思い出に浸ることができた。もはやそれだけで十分な気がしてくる。今となっては461円という高校生には痛い出費も目を瞑ってあげられる気が......しないなやっぱりこれは高い。でもおかげで勇気はもらえた。
「明日、直接お姉ちゃんに話しにいこっ!」
心なしか足取りが軽い気がする。きっと白い部屋の噂は相手を思いながら手を合わせることで改めてその人について考えるという行為をうまく脚色した神社側のマーケティングなんだろう。そんなことを思いつつ、勝手にこの噂を完結させていた。
そう、勝手に。
◇ ◇ ◇
目を覚ますと、知らない天井だった。真っ白い天井。一瞬意味が分からなかった。けどすぐに昨日の記憶が呼び起こされる。そうだ、白い部屋。
私は体を起こしてあたりを見回した。するとそこには真っ白な椅子に目を閉じて座っているお姉ちゃんがいた。まだ目を覚ましていないようでどうやら私に心の準備をする時間が与えられているようだった。とはいえ私は昨日すでにあの神社で吹っ切れている。こんな部屋なくても直接お姉ちゃんを訪ねるつもりだったんだ。全く余計なお世話を。
でも、夢でならすんなり過去のこと話してくれるかもしれない。それならそれで悪くない。夢感を強調するために今のお姉ちゃんがイメージしている私からは遠い私を演じよう。せっかくだし思いっきり甘えてしまおう。2年分のお姉ちゃん成分を補給しようじゃないか。
そんな作戦を立てていると、とうとうお姉ちゃんが目を覚ました。
「おはよう、お姉ちゃん♡」
さあ、作戦開始!




