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第1話 白い部屋に妹と私

 目を開けると真っ白な部屋に私はいた。


 記憶違いでなければ私はいつも通り学校に行き、バイトをこなし、家事をこなし、布団に包まって天井を眺めていたはずだ。なのに今は知らない場所で椅子に座っている。服もパジャマだ。


「……どこ、ここ?」


 困惑しつつもあたりを見回す。真っ白い壁に真っ白い天井、真っ白なテーブルに真っ白なベッド、そして私が座っている真っ白い椅子。視界のすべてが白一色、のはずだった。


 左手にあるベッドに私の見知った人物が腰かけていた。


「おはよう、()()()()()♡」


 妹の小景こかげだった。


 私、林 日向ひなたの2つ年の離れた妹であり、今年から後輩になった小景。高校進学を機に家を出るまでの10年以上私にべったりな、少し人見知りだが明るく、体を動かすことが大好きな妹。運動音痴で大人しい私とは似ても似つかないそんな存在。


 家族から逃げ、連絡を絶った私を憎んでいる妹。


 祖母経由で同じ学校に進学したと知ったときに一度だけ顔を見に行った際には、


「……2年もほったらかしにしておいて今更何の用?()()


 と私を「お姉ちゃん」とすら呼んでくれず、明らかに敵対的な態度を全面に押し出されてからは校内で見かけても特に声をかけるようなことはしなかった。


 そんな妹から発せられる「お姉ちゃん♡」はこれが夢だと結論付けるには十分な材料だった。


「……夢か」

「ん?何お姉ちゃん?」

「いや、何でもない」


 私の口から零れた言葉には落胆の色が滲んでおり、私は私が思っているよりも小景に嫌われた事実にダメージを負っていたことに夢の中の小景に生返事をしながら気が付いた。


 依然として状況は理解できていないが、ゆっくりと考えを巡らせていく。


 まずこれが夢だとするのなら、意識がはっきりしすぎている。


 明晰夢というやつなのだろうか?夢の中で痛めつけられる怪談を昔聞いたことがあるが、幸い痛めつけられる心配はなさそうだ。


 などと思考の寄り道をしながらあれこれ考えていると横から声が飛んできた。


「お姉ちゃん、こっちに来てよ」


 小景は自身が腰かけているベッドをぽんぽんと手のひらで叩きながら私を誘っていた。昔はリビングのソファで同じことしてたっけ。夢の中でなら久しぶりの姉妹水入らずっていうのも悪くないかと促されるままに小景の右側に並んで腰かけた。


 何を話そうか、夢の中の小景は何を話してくれるだろうかなどと考えている矢先、小景が先に口を開いた。


 「ねぇ、お姉ちゃん」


 先ほどの声からトーンダウンした小景の声。次に来る質問に察しがついてしまい私の体が強張る。


「なんで私を置いて出ていったの?」


 予想通りの問いに私は用意していた答えを返す。


「……言えないよ」


 準備していた割には声が震えた。


 夢の中だからとすべてぶちまけてしまおうかとも思った。あの家族のこと私のこと、小景のこと。それでも踏みとどまったのは、例え夢の中の小景であったとしても、誰よりも優しくて家族思いで何も知らない純粋な小景を傷つけたくない。そう思った。


「そ……」


 沈黙が痛い、私は次にくる言葉を考えていた。何も告げずに出ていった姉に対しての罵倒が頭を駆け巡っていた。


「まあいっか」

「へ?」


 全く予想してなかった言葉に私は間抜けな声を返していた。 


「そんなことより」


 最初のトーンに戻った小景はぴょんとベッドから立ち上がって、私の前に立った。同年代の女子より低い身長の小景を見上げていると――


 どんっ


 私はベッドに押し倒された。


「えっ、小景?」


 状況を呑み込めない私に小景が覆いかぶさってくる。完全に組み敷かれる形になってしまった。小景の顔がすぐ目の前にある。私とは似つかないかわいらしい顔。


「お姉ちゃん」


 うわ言のようにつぶやく小景の目は据わっていて、私の太ももに手を伸ばし始めた。小景の手が触れた瞬間、私の体は跳ねた。


 快感ではなく恐怖で。


 記憶がフラッシュバックしていく。私に伸びた手。味方だと、安全だと思っていた存在に向けられるどす黒い欲望、嫉妬、痛み。

 怖い。怖い。怖い。助けて。許して。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 私は両の腕で顔を覆って謝罪の言葉をつぶやいていた。視界がぼやけ声と体は震えていた。少しでも苦痛を減らそうと意識を手放そうとしたその時。


「お、お姉ちゃん?」


 恐る恐る私を呼ぶ小景の声に私の意識は再び現実(夢?)に引き戻された。小景は私の体から手を引いて体を起こしていた。その目は何が起こったのかまるで分かっていないようだった。そこからゆっくりと咀嚼するにつれて小景の目には激しい後悔の色が支配していった。


「ごめんなさい、お姉ちゃん」


 今度は優しく抱き起こされた私は依然震えたままの体で小景を抱き返す。小景の顔は見えないが鼻をすする音が聞こえてきた。あぁ、私が小景を泣かせたのか。と纏まらない思考の中でそんなことを考えながら、私は涙を流しながら必死に小景の頭を優しくなでた。


 ◇ ◇ ◇


 次に意識がはっきりした時には家の布団だった。白い部屋でのことははっきりと覚えているが、あれが夢だったことに私は安堵していた。小景にあんな醜態をさらしてはなかったのだ。頬に刻まれた涙の軌跡を洗い流し、支度を済ませる。


 さて、学校に行こう。この変な夢をせめて話の種に昇華しなくては。

※本作はカクヨムの方にも掲載しています。

カクヨム版:[https://kakuyomu.jp/works/2912051599237256150]

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