第29話 白い部屋と私と小景
小景に初めて白い部屋に連れていかれてから1週間が経った。あれからも小景は数日に1回の頻度で私を白い部屋に呼んだ。
「おはようございます。優里先輩」
始まりは決まってこの言葉だ。私も最初こそ戸惑っていたものの、最近は少し慣れてきてしまっていた。
「はぁ、小景。あんたも懲りないわね」
最初は日向の妹ということもあって「さん」を付けていたものの、今や気を遣うのも面倒になって呼び捨てになっていた。そして小景が最初にする話はいつも同じだった。
「それで、お姉ちゃんのこと話してくれる気になりましたか?」
「私が話せることなんてないわよ」
いつもの質問にいつもの回答をする。最初の方はもっと追及がしつこかったが、この定型文以上の追及はしてこなくなった。
小景が私を探っている間に、私は私でこの場所について色々調査をしていた。
最初はここが本当に噂通り夢なのか、要するに「白い部屋にいる私は現実の私じゃないのか」を確かめた。そのために私は、小景が目を離しているすきに吸引性皮下出血、要するにキスマークを自分の腕に付けた。翌朝起きて確認した腕にはしっかり跡が残っていた。確定はしたものの、正直これは小景が日向に白い部屋を使った日の日向の泣き跡を見てなんとなく察してはいた。
次に私が確かめたことは「物を持ち込めるのか」だった。物理的な接触が現実にも反映されていると確定した以上、ないとは思うが小景に襲われることも警戒する必要があった。もとい調査が意外と楽しくて色々試したくなった。
最初はぬいぐるみでも抱いて寝ようかとも思ったが、もし持ち込めた場合、小景の前にぬいぐるみを抱いた状態で連れてこられることになってしまう。それはかなり恥ずかしいので、他の手段を考えることにした。最終的に私は、ボールペンをパジャマのポケットに忍ばせることにした。
結果、持ち込めていなかった。翌朝のベッドにはボールペンがポケットから放り出されて落ちていた。その結果を受けて、私は翌日からシュシュを握って寝ることにした。「身に着けているものじゃないといけないのでは?」と思って最初は腕に付けようとしていたが、それだとパジャマと同じ判定で持ち込めているのかが判別つかないことに気が付いて、直接手に握ることにした。
「そういえば、先輩今日はシュシュ付けてるんですね」
小景は私の手首についているシュシュを見ながらそう言った。手に握りこんでいたシュシュはこの場所に持ってくることができた。私は見つかる前に手の中から手首にシュシュを移動させていた。
「えぇ、最近暑くなってきたから寝るまでは髪を軽く縛ってるのよ」
私は「寝るときにシュシュを手首に巻いていた」ことを補強するための話を適当に作ってその場をやり過ごし、追及されないように別の話題を振った。
「そういえば、テスト前でも部活やってるらしいわね」
「そうなんですよ。個人も団体も今週末県大会なので、来週のテストより優先されてます。私としてはまたお姉ちゃんの家で勉強会したかったんですけどね」
「そうね、せっかくなら日向に手料理を振る舞ってもらいたかったわ」
そう言うと小景はなにやら不思議そうな顔で私に尋ねる。
「ん?先輩は別にお姉ちゃんと勉強会したらいいじゃないですか?」
「別にしないとは言ってないじゃない。今回は日向の家じゃなくて、私の家でするの」
「えぇ!いいなぁ、私も先輩の家行ってみたい!」
「あんたがこんなことやめてくれるんなら来てもいいわよ」
「う~ん、じゃあしばらくはお邪魔することはなさそうですね」
「はぁ、そう」
一応言ってみたが、やはり小景はこの軟禁ともいえる状況をやめる気はないらしい。確かに小景にとって私は数少ない手掛かりなんだから、そう簡単に諦められないだろう。私が小景から知りたい情報は何もないし、小景が知りたい情報は話す気がない以上、この空間は雑談部屋以上の意味を今のところ持っていない。
慣れてきたとはいってもこの状況は実際かなり負荷がかかる。家で眠ってたと思ったらいきなり謎の空間で探りを入れられる生活は、私のような普通の人間には気が休まらずつらい。いっそのこと毎日呼び出されるのならまだいいんだけど、呼び出されない日があるというのがかえってストレスになっていた。
最近始めた「調査」もこのストレスとうまく付き合おうとした結果に過ぎない。早く何かしらの対策を考え付く必要がある。何か解決の糸口が欲しくなって、私は小景に話しかける。
「ねぇ、小景はどうしてそんなに日向の過去を知りたいのよ」
「う~ん、それは言えないですかね」
「そう、事と次第によっては協力しようと思ってたんだけど」
「どうせ嘘ですよね、先輩」
「あら、ほんとよ。私、隠し事はするけど嘘はつかないもの」
「じゃあ先輩の持ってる情報と交換でどうです?」
「何言ってるのよ。それじゃあ協力すべきじゃない理由だったときに取り返しがつかないでしょう」
「ちぇ、引っかかってくれませんか」
「先輩をからかうのもほどほどにしなさい」
「は~い」
話に区切りがついてしばらくしたところで意識が遠のいていく。これも何回か呼び出されて分かったことだが、話がひと段落したあとに、何も次のアクションがないとこの場所から追い出されるみたいだった。
翌朝、目が覚めた私は机に向かう。机に縦に並べられた教科書とノートの群れから一冊のノートを取り出して広げる。このノートにはこれまで検証した情報や、小景の周辺情報をメモしている。この現状を打開するための情報を少しでも忘れずに記録するために、この作業は小景に呼び出された日の翌朝のルーティンになっている。
とりあえず今日の収穫としては、物の持ち込みができることくらいだが一応書いておく。この作業を取り入れることによって、あの場所から現実に帰ってきたことを実感して安心しているようにも思える。
私は書き終えた調査ノートをもとの位置に戻して、朝の支度を始めた。




