第27話 昔の私と日向③
「日向、おばあちゃんの連絡先とかってスマホに入ってる?」
「うん、入ってるけど」
「ちょっと見せて」
「……?分かった。ほら――」
日向がスマホを私の方に向けた瞬間に、私はそのスマホを奪い去って部屋をかけ出た。
「――っ!優里!」
事態がのみ込めない日向を無視して玄関に走り、サンダルを雑に履いて外に駆け出す。そして全速力で走りながら日向のスマホに表示された「おばあちゃんの家」と書かれた連絡先へ電話をかける。数コールの後に日向のおばあちゃんらしき人の声が聞こえる。
「もしもし、ひなちゃん、どうしたの?ひなちゃんが電話くれるなんて珍しいね」
「っ、はぁ、はぁ、はじめまして。私っ、日向さんの友人のっ、伊藤優里と言いますっ」
走りながら話を続ける。きっと今頃日向は私の作戦に気が付いて必死に追いかけてきているはずだ。もう後ろを振り返ることはできない。
「――? 優里さんがどうして日向のケータイで私に電話を?」
「おっ、おばあさんっ、は、日向をっ、大事にっ、思ってますか?」
「え?えぇ、それはもちろん」
「じゃあ、今すぐ!私の家にっ、来てっ!住所は――」
話しきったあと、電話を切って足を止め、両ひざに手をついて息を整える。後ろから日向のものと思われる足音が聞こえてくる。私は体を起こして覚悟を決めて振り返る。
パチン
私に追いついた日向は私の頬を叩いた。その目には涙が浮かんでいる。
当然だ。これから日向は知られたくないことを、大事な家族に知られることになる。日向はあえて相談しなかったんだ。そこに私が首を突っ込んだ。覚悟はできてないけど私も受け入れよう。私は軽く微笑みながら日向に話しかける。
「ごめんね、日向。日向が頑張って耐えてるのに、私が耐えられなかった。もう、これで親友じゃいられないね。今日はもう遅いし泊まっていきなよ。もうこれ以上は邪魔はしないから」
強がる私の目からは涙が零れる。今日はよく視界が霞むな。これ以上日向を見る勇気が無くなって、家に向かって歩き出した。
日向の隣をすり抜けようとしたその時、日向は私の腕を掴んで強引に引き寄せた。鼻先が触れそうなくらいの距離で、日向は私に弱々しく告げる。
「優里までいなくなったら私、本当に耐えられなくなっちゃうよ?だからね、優里は私とずっと一緒にいて?」
「……わかった。ずっと一緒にいる。約束する」
「約束だからね。……じゃあ、まずは一緒におばあちゃんに会ってもらおうかな」
そう言って日向は、私の腕を掴んでいた手を私の手まで滑らせると、指を絡めてから、家へ歩き出す。私は空いた手で雑に涙を拭いながら付いていく。
◇ ◇ ◇
日向のおばあちゃんが来てからはあっという間だった。私と日向は手を繋いだままおばあちゃんに日向の状況を説明した。おばあちゃんは信じられないといった様子だったが、証拠を目の当たりにすると、苦しい表情で日向を抱きしめていた。
日向は結局、おばあちゃんから「今日は伊藤さんの家に泊めてもらいなさい」とだけ言われていた。私には「少し伊藤さんのお母さんとお話しさせてね」と言われ、母親の帰りを待つことになった。しばらくして母が帰ってくると、私と日向は部屋に戻され、大人だけで話が進められた。
部屋に戻された私たちは、次から次へと起きた出来事への疲れと、その現実感のなさにどこか夢を見ているような感覚だった。私たちは手を繋いだまま、どちらからともなくベッドに入り、そのまま向かい合って眠った。
◇ ◇ ◇
朝目が覚めると、昨夜はあった手の温もりはなく、日向の姿もなかった。
「――!」
慌てた私は急いでリビングに向かい、そのままの勢いで問いかける。
「ねぇ!日向見なかっ……た」
「おはよう優里」
日向は席に着いて朝食を食べていた。私は自分の慌てっぷりが恥ずかしくなった。
「お、おはよう」
既に制服に身を包んでいる日向は、普段通りの日向で、私は昨日のことがまるまる全部夢だったとさえ思えてくる。なんてことを考えながら、その場にぼーっと立ち尽くしている私に、日向は話し始める。
「優里ママはもう出て行っちゃったよ。優里にもパン食べさせておいてって」
「……そう」
「ほら、早く食べよ。ほら遅刻しちゃうよ」
言われて時計に目をやると、針は普段の朝食の時間より30分先の未来を指していた。日向が早起きなんじゃなく、私が寝坊したんだ。
「日向、なんで起こしてくれなかったの?」
「気持ちよさそうに寝てたから」
「それで私が寝坊したら日向も遅刻するんだから、起こしてよ」
「え?なんで私も遅刻することになるの?」
「今日はふたりで行くでしょ?……まさか私を置いていこうとしてたわけ?」
「ソンナコトナイヨ」
「心がこもってないわよ」
そんないつも通りのやり取りを交わしながら、大急ぎで支度を済ませる。先に玄関で待っている日向に急かされながら靴を履く。
「ふぅ、じゃあいきましょ」
「うん」
「「いってきます」」
私はいつもの通学路を歩き始めた。今日はふたりで。
◇ ◇ ◇
これはあとから知ったことだが、あの日以降、日向の家には定期的におばあちゃんが監視目的で訪れるようになった。すぐに日向を家族から遠ざけることは叶わなかったが、それで日向にはいったんの平和が訪れたらしい。そして高校進学を機に、日向は家を出て家族とは実質的な絶縁状態となった。
この一連の出来事を妹は全く知らない。きっと「おばあちゃん最近よく来るな」くらいだっただろう。知らないならわざわざ教える必要もない、というのが林家の見解だったんだろう。
私はあの日の出来事をひと通り思い返した。思い返したが、この記憶の中に見落としがあるとは思えなかった。だとすると「私が知らない日向の過去がまだある」ということだろう。
正直これ以上知りたくはない。今の日向が笑っている。私はそれだけでいいのに。私は余計なことに気が付き、それを小景に見抜かれてしまった。
日向に言えない過去があるように、私にも言えない秘密ができてしまった。大切な親友を守りたかっただけなのに。私の頬には自分の不甲斐なさを悔いる涙が伝っていた。




