第24話 白い部屋に私と妹
目を開けると真っ白な部屋に私はいた。
記憶違いでなければ私はいつも通り学校に行き、家事をこなし、本を読んで、自宅のベッドで眠ったはずだった。なのに今は知らない場所で椅子に座っている。服もパジャマだ。
でも、私はこの空間のことを既に知っている。あたりを確認しようとしたそのとき、横から声が聞こえてきた。
「おはようございます。優里先輩」
声の主には心当たりがある。ここ最近、すっかり私の悩みの種のひとつになっている存在だ。
「小景……さん」
「はい!改めてこの前は、大会の応援に来てくださってありがとうございました!」
いつもの快活さが私の目に不気味に映る。それもそうだ、彼女の姉である日向から聞いていた話によると、この空間に人を呼ぶためには、相手を思って神社にお参りする必要がある。つまりは偶然ではない。小景が小景の意思で私をこの場所に呼んだということだ。
「先輩、なんか意外とかわいいパジャマ着てますね」
「っ、別にいいじゃない」
「ごめんなさい、別にからかってるわけじゃないです。ただ本当に意外だっただけで。先輩ってあんまりそういうのこだわりなさそうだったから、中学校のジャージとか着てそうだなって」
中学のジャージは男女共にデザインが変わらない。我が家ではまだ弟が着るため大切に保管している。大樹にはおさがりで申し訳ないが、節約というのはこうした小さなことの積み重ねだ。
なんてことを別に小景に話してやる必要もない。小景がここに私を呼んだという事実だけで、私の警戒心は既に最大まで高まっているからだ。私は現実離れしたこの状況に内心恐怖を感じつつも、気丈に振る舞う。
「はぁ、それで?小景さんは私に何の用?」
「ふふっ」
小景が笑う。その真意が分からない。何かミスったか?いや、まだ大した話はしてない。私は現状の意図を聞いているだけ。とはいえやっぱり彼女の考えが分からない。
「何がおかしいの?」
強気な口調で言ったものの、私は結局のところ答えを求めている。そのパワーバランスを楽しむかのように小景は口角を上げて答える。
「やっぱり、お姉ちゃんにすごい信頼されてるなって思いまして。だって聞いたんでしょ?ここのこと」
「……そうよ、日向から聞いたわ。この前の大会の日にね。あんたがここに日向を連れ込んだこと。でも安心して、日向はあんたがしたことまでは言わなかったわ。でも想像はつく」
私は、あの日ここで起きたことをこう考えている。
小景は日向をあの日この場所に呼び出した。そして、この場所で聞き出そうとしたはずだ。「なんで何も言わずに出て行ったのか」について。そして、日向は当然答えなかったはずだ。母親からの虐待なんて、何も被害に遭っておらず、知りもしなかった妹には言えないだろう。その日向の頑なな態度に小景も意地になってしまい、つい、手が出そうになった。別に暴力とかではなく、肩を掴もうとするくらいだったかもしれない。でも、それが日向のトラウマを刺激してしまった。そのときに、結果として日向の過去の一端を垣間見ることになった、というのが私の想像した筋書きだ。
私は、日向から聞かなかったあの日の出来事の予想を小景に投げかけた。日向から聞かずとも分かる。今のあんたの考えも分かってる。そういう意図を込めて。
「あんたあの日、日向と喧嘩したでしょ?」
小景の表情は私の想像が間違っていることを物語っていた。
「え?」
「あの日、あんたが日向をここに呼び出した日。あんたは日向に家を出た理由を聞こうとした。でも日向は絶対に言わない。それに感情的になったあんたは、日向に掴みかかるか、手を上げようとした」
「……違うよ。どういうこと?優里先輩」
さっきの表情で既に分かっていたのに、私は惨めに推理を語った。結果、言葉で改めて否定された。
でも、だとすると小景はあの日、何をした?小景は日向の地雷を踏んだことは間違いないはずだ、あの朝の日向の目には明らかに泣いた形跡があったし、小景自身が謝りに来ていたから、それが故意かどうかはさておき、小景が加害者で日向を泣かせたことは間違いないはずだ。
「……先輩?」
小景が頭を抱える私を呼ぶ。しかし、今はそれどころではなかった。
小景が日向と喧嘩したわけではないのだとすると、日向の地雷は暴力ではなかったということか?いや、母親の虐待によるトラウマを抱えるのなら、地雷が暴力以外であるはずがないように思える。
そこまで考えたところで、1つの可能性が頭に浮かんだ。最悪な可能性。でも現状いちばん納得のいく仮説。それは、日向への加害者は母親だけではないという仮説。虐待とは違う、別のトラウマを小景は意図せず刺激した。そうであれば、現状に辻褄が合う。
でも、そんなことがあっていいのか。だってそれは、あまりにも惨い。今はこれが私の妄想でしかないことを祈るしかない。それに私にはこれを確認する手段も勇気もない。
「――せんぱい!先輩ってば!」
小景に大きな声で思考の渦から引きずり戻された。私の顔を見る小景は少し心配そうな顔をしている。
「大丈夫ですか?」
「……えぇ」
私の返事にはまるで覇気がなかった。一度深く呼吸をして、再度小景に問いかける。
「それで、あんたは何の用で私を呼んだの?」
「優里先輩は昔のお姉ちゃんのこと知ってるんですよね?これは質問じゃなくて確認です。まあでもさっき、私に色々聞こうとして、自分から結構話してましたけど。確かこういうのを『語るに落ちる』って言うんですよね?」
「……」
小景の煽りも私は無言で受け入れるしかない。実際その通りだから。小景は私の苦い表情を堪能しながら、わざとらしく人差し指を口元に当ててから話を続ける。
「本当は、そのことについて教えてほしかったんです。お姉ちゃんに何があったのか、優里先輩はどこまで知っているのか。でも――」
小景の口角がさらに上がる。ゆっくり食べられてしまうような空気に、私は次の言葉を待つことしかできない。
「先輩、さっき、何かに気が付きましたよね?私と先輩が持っている情報が食い違っていたことで。それで何か思いついたんですよね?それも含めて教えてくれませんか?」
「……言うわけないじゃない」
精一杯絞り出した声は今にも消えてしまいそうなほどに小さかった。そんな弱々しい返事を聞いた小景は、想像通りといった様子で続ける。
「まぁ、そうですよね。今日のところはわかりました。先輩はいつか話してくれますよ。そのためにも、私たちもっと仲良くなりましょ!」
まるで意図が読めない小景の言動を、私は恐れることしかできなかった。




