第21話 バドミントンと妹と私
衝撃だった。姉の贔屓目ではなく、小景は強かった。1年生の中でという話ではなく、この大会の中でも勝ち進めるくらい、しっかり実力のある選手だったらしい。最初は人であふれかえっていた1階も、各ブロックの上位者を残すのみとなっていた。現在小景はベスト16、これに勝てば2日目に進める。
「あんたの妹ってあんな強かったのね」
「そうだよね、私も全然知らなかった」
横で見てた優里も驚きを隠せないらしい。先ほどまで見ていた試合も、今まさに行われている試合も、終始相手を圧倒している。この前小景は私に「喜んでいる方が勝っている方」だなんて言っていたが、試合中の小景は集中しきっていて、得点を取っても大げさに喜んで見せるようなこともなかった。普段の活発で明るい印象からガラッと変わった今の状態は、少しの怖さとカッコよさがあった。
順調に点数を重ねて、あれよあれよという間に点差が開いていった。
「やっぱ林さんは強いね」
横で話している女子たちの声が聞こえてくる。彼女たちの言う「林さん」はおそらく小景のことだろう。そのことに私も優里も気がつき、顔を合わせて頷く。私たちは試合を見つつ、意識の半分は女子たちの話に向けた。横で姉が聞き耳を立てているとは夢にも思っていない女子たちは話を続ける。
「去年の県選抜だもんね」
「中体連は結局全国まで行ってたんだっけ」
「やっぱインターハイでも注目の選手って感じね」
私たちが知らなかっただけで、どうやら小景は昔から注目選手らしい。私は聞き耳を立てたまま、小声で優里に話しかける。
「ねぇ、優里」
「何?」
「チュウタイレンってなに?」
「私も知らないわよ」
インドアの私には縁のない単語が出てきて、思わず横にいる同じくインドアの優里に顔を向ける。当然優里も知らないみたいだった。
「中体連っていうのは、中学生の大会みたいなものですよ」
横で話していた子が話しかけてきた。私より低いはずのその子は、私がビビっているせいもあって大きく見えた。は、話しかけられてる?まあ確かにこっちが勝手に聞き耳を立ててたんだけど。そんなことを考えながらどぎまぎしていると、見かねた優里が代わりに受け答える。
「そうなんですか、ありがとうございます。あなたたちは林さんの知り合いなんですか?」
完全に余所行きモードの優里に助けられた私は、そのまま話の流れを見守る。相手の子は私の挙動不審を気にする様子もなく、優里と会話を続けた。
「いえいえ、そういう訳じゃないですよ。でも、この辺で中学からバドやってる人だったら知ってるって感じですかね。……えっと」
「伊藤 優里です。伊藤でも優里でも好きに呼んでください」
「じゃあ、伊藤さん。伊藤さんたちの方はお知り合いなんですか?失礼ながらあまりバドミントンには詳しくなさそうでしたので、学校のお友達かななんて」
「そうですね、ここで縮こまっているのが林の姉で、私はその付き添い、といったところです」
「え?お姉さんだったんですか?でもさっき――」
「そっ、それは、ずっと県外にいて全然妹の様子を知らなかったんですよ。ね?」
優里がそう言いながら私の方を振り返った。私は他県に引っ越したことはない。……のに、今まさにそういうことになったらしい。
「……? 優里、それって」
どういうこと?を言い終わるより前に優里に耳打ちされる。
「あんたたちの事情をいちいち話すのは面倒なの。あんたがこっちに来て連絡を取り始めたのは最近、ってことにしといてよ」
なるほど確かにそうだ。優里は本当に気が利く。私は小さくうなずく。
「そうなんです。こっちに戻ってきたの今年度からで、それで小景に『大会見に来ない?』って言われたから来たんですけど、あんなに強いの知らなくて」
「なるほど、だからだったんですね。お姉さんなのに中学の戦績知らないなんて~って思っちゃってました」
なんてその場でできた設定をぺらぺらとしゃべっていると、優里から質問が投げられた。
「あなたたちは、何年生?見たところあなたたちも大会に出ていたみたいだけど」
「私たちは1年です。林さんのお姉さんってことは、年上なんですね。全然タメで大丈夫ですよ」
「そう、ありがと。1年にはやっぱり大会で勝ち続けるのって難しいものなの?」
「それはそうですね、私たちは中学からの継続組ですけど、そこからさらに1年、2年練習を積んだ人たちばっかりですから、今日は運良く勝てても、明日まで残るのはほぼむりですね」
「なるほどね」
「でも、林さんは多分明日も勝ちますよ。全国に行くくらいの人ですから」
そんな雑談を交わしているうちにいつの間にか、小景はマッチポイントに到達していた。最後のラリーも相手を振り回して、相手が先にシャトルを追うのを諦めた。相手と握手を交わし、運営に報告をした小景はあっという間にベスト8まで勝ち進んでいた。これで明日の出場権を手に入れたらしい。このあとは休憩を挟んでダブルスのトーナメントを行い、そのあと残りのトーナメントを消化するらしい。そこからは明日のトーナメントの組み合わせにかかわってくるんだとか。
ともかく、小景は無事勝利を収めたらしい。迎えに行って褒めてあげなくちゃ。
「お話ありがとう!私たち、小景迎えに行かなきゃ」
親切な女子たちに別れを告げ、私と優里は小景のいる1階に降りた。そこにはタオルを肩にかけた小景が待っていた。
「お姉ちゃん見てた?私めっちゃ強いでしょ?」
「おめでとう小景、めっちゃ強かったね」
「うん、ありがと。お姉ちゃんが見てるって思ったらテンション上がっちゃって、このまま1位通過できそうなくらい!」
「ふふっ、全然冗談に聞こえないね」
普段通りのテンションで発せられた小景の言葉を、私は冗談と受け取って答えた。でも小景は「そうじゃないよ」といった表情で私を見つめ、小さい子どもをあやすように続けた。
「うん、本気だから。だってこれが今の私の全部だから。だから、お姉ちゃんには『小景なら行けるよ』って言ってほしい」
その言葉で私は小景の世界に自分から踏み込んでこなかったことに気がついた。これまで知ろうとしてくれているのはいつも小景の方で、私は聞くばかり。いつの間にか私は人への関心が薄れてしまっていたのかもしれない。私も成長した小景をちゃんと見ないと。
「ごめんね、小景なら勝てるよ。中学でも全国まで行けたんでしょ?もっともっと先に行ける」
そう言って私は握りこぶしを突き出す。スポーツ漫画とかで見たことあるグータッチを見よう見まねでやってみる。
「ふふっ、ありがと」
そう言った小景は、少し恥ずかしそうに拳を突き合わせた。




