第17話 寮に小景と私
扉を開けて私を迎えた小景は元気がなく、目はひどく腫れていた。一瞬面食らったもののすぐに微笑んで見せる。
「とりあえず、部屋上がっていい?」
見られたくない姿を見られたんだろうな。小景はしぶしぶ頷きながら私を招き入れる。小景は昔から私の押しに弱い。だから悩みがありそうなときは、私が強めに聞く姿勢を取るとすんなり話してくれる。
私を部屋に招き入れた小景はベッドに腰かけた。寮の各部屋には机と椅子が1セット備え付けられていて、2人分の椅子はない。そのため部屋の主はベッドに腰かけて、来客が椅子に座る。いつの間にか私と小景の間で暗黙の了解になっている。私はそれを破って小景の横に並んで座った。少し驚いた表情を見せた小景を見つめて尋ねる。
「それで、なんで泣いてたの?」
小景は少し考えたのち答える。
「……わかんない、今日はすっごく楽しかった。頑張ってオシャレした髪も服もほめてくれた。来週の大会、美華はバスケで行けないって言ってたやつ。お姉ちゃん来てくれるって。……今度一緒にバドする約束もした。お姉ちゃんが気になってる本を私も読みたいって言ったら、栞と一緒にプレゼントしてくれた」
多分、時系列順に記憶をたどりながら、ぽつぽつと今日の思い出を語る小景の声は徐々に震えていく。
「私ね、美華といる時みたいに手を繋ごうとした。昔はお姉ちゃんとも手を繋いでたし、そしたらお姉ちゃん怯えて後ろに引いたの。また傷つけちゃったって思ってたら、笑いながら手を握ってくれた。でもお姉ちゃんの手すごく震えてて、私のために無理してた。お姉ちゃんらしくもない元気な声で私を慰めてくれて、その時はそれにつられて元気になってた」
話しながら小景の瞳には涙が溜まっていく。私は相槌を打つ以外、何もしてあげられなかった。
「でもここに帰ってきたら色々考えちゃって。私はもっと普通に手を繋いだりしたいけど、それはお姉ちゃんを怖がらせちゃう。そのことを実際に拒絶されるまで気が付かない自分も許せない。それに何より――」
小景が鼻をすする。既に腫れた目からさらに涙が零れ落ちる。見ていられなくなった私は小景をゆっくりと抱き寄せた。小景は私の腕の中で続ける。
「お姉ちゃんがあんな風になってるのに未だに何も知らない自分が許せない。お姉ちゃんが出て行ってから1回も連絡をくれなかったのは、私が何も知ろうとしなかった結果。当然だよね、調べようと思えば当時からいくらでも調べられたはずなのに」
「小景、でもそれは――」
今の小景にはどうしようもない。今になってしまえば探ることこそがお姉さんを傷つける行為であって、知らない自分を今さら悔いることは、残酷な言い方をするなら無意味でしかない。
「わかってる。今さら私にできることは何もない。知ることも、触れることもできない。でも――」
知りたいし、触れたい。おそらくそう言おうとした小景は止まる。それは自分勝手な欲望でしかない。そう思ったんだろう。小景は言葉を続けない代わりに、私の肩により深く顔を沈める。
小景の頭を撫でながら私は考えていた。ここに来てからずっと引っかかっていることが1つある。それは、普通の姉妹はこんなになるまで相手のことを想うものなんだろうか?ということ。これは、私が一人っ子で姉妹がいないから分からないだけなのかもしれないが、私の感覚で言えば、これは普通を超えている。これじゃまるで――
失恋みたい――いやいや、ふたりは付き合っているわけじゃないし、そもそも姉妹どうしだ。そういうのじゃない。じゃあ執着?依存?どれも今の私にはピンとこない。でも小景をこのままにしておくわけにはいかないし、それは私もつらい。小景には何かに夢中になってもらう必要がある。私は一番最初に思いついたものを小景に提案する。それはその場しのぎのつもりだった、悪魔みたいな提案。「今」を苦しんでいる小景に、少し先を見てもらうためだけの黒い誘い。
「ねぇ小景、前に言ってた情報収集。覚えてる?」
「?」
「小景がお姉さんに謝りに行った日に話してたこと。お姉さんのことを知ってそうで話してくれそうな人を見つけて、教えて貰うってやつ。あれ、本格的に始めよう。私も手伝う」
なんてバカな真似をしてるんだろう。前の私はこの提案を止める立場だったはずなのに。私は提案した身でありながら、小景が拒否してくれることを願っていた。
◇ ◇ ◇
しばらく黙り込んだ小景の頭を撫でているとふいに小景がつぶやく。
「優里先輩」
優里先輩。お姉さんのクラスメイトでおそらく一番の友達。私と小景は一度お姉さんの家で勉強を見て貰っている。きつめの言動のわりに面倒見がいい先輩だった。なんて思い出していると小景が話を続けた。
「先輩ね、多分お姉ちゃんの昔のこと知ってる」
「どうして?」
どうしてそう思ったんだろう?確かに私は過去、調査対象にお姉さんの友人を挙げていた。でもそれは当時はお姉さんの人となりをあまり知らなかったから。あの大人しい性格から考えると、自分の話、ましてや暗い話題を友達に簡単に話すような性格には思えなかった。そう思っている私は、これからおばあちゃんに当たる方針で話を進めようとしていた。
「先輩とお姉ちゃんの家で3人だけになったときあったでしょ?その時に先輩から聞かれたの。『どうしてこの学校に?お姉ちゃんがいるって知らなかったでしょ?』って。普通の姉妹ならお姉ちゃんが通ってる学校を妹が知らないなんてありえない。でしょ?」
「……うん」
「それなのに先輩はそうやって聞いてきた。お姉ちゃんが私に進学先を教えてないことを知っているから」
「でも、それだけじゃお姉さんの過去を知ってるってことにはならないんじゃない?ただそこだけ知ってるかもしれないじゃん」
確信を強めていく小景を恐ろしく感じた私は、何か小景の確証を崩せないかと質問を投げかける。
「確かにそうかもしれない。でもね、ふたりで話したときにね、遠回しに警告されたんだ。だから私ね――」
続きを聞きたくない。私が誘った道に堕ちていく小景を、私は抱きしめることしかできない。
「優里先輩と友達になる」
そう宣言した小景は私の耳元で囁いた。
「美華、ありがと」




