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第16話 寮に帰った私がひとり

 ショッピングモールから帰ってきた。手には2つの袋を握らされている。片方はスポーツショップで買ったグリップとシャトルが入った袋。そしてもう片方はお姉ちゃんと一緒に映画に行きたくて勢いで読むと宣言した本が入った袋。その袋たちを置いて一息つく。この部屋に帰ってくるまでずっと緊張していた気がする。私は部屋の浴槽にお湯を張りながら今日の出来事を振り返った。


 結果だけを見るのなら大成功だった。一緒にお店を回って、私の世界もお姉ちゃんの世界も少し共有することができた。それに大会も見に来てもらえることになったし、一緒にバドミントンもして貰えそう。あとは私がお姉ちゃんに買ってもらった小説をちゃんと読み切れば映画にも一緒にいける。


 ただ結果以外のところでは反省点が残った。私はまた距離感を誤った。普段接してる美華みかとのスキンシップだと近すぎる。


「お姉ちゃんには触れちゃいけない」


 頭で唱えた言葉に胸が締め付けられる。まだ温かい気がする左手を見つめる。意味もなく右手で握ったり、指を絡めたりして今日の思い出を反芻しようとした。虚しさに思わず視界がぼやける。


「お風呂が沸きました」


 無機質なアナウンスに意識を引き戻された。私は両の手で頬を軽くパンッと叩いて気持ちを切り替えてからお風呂の支度を始めた。


◇ ◇ ◇ 


 お風呂を済ませて一息ついて時計を確認する。まだ夜の8時、眠るにはまだ早い。私はお姉ちゃんから受け取った本が入った袋を手に取ってベッドに寝転がる。読むと宣言した手前もちろん読む、んだけれどちゃんと小説を読んだ経験がない私にとっては最初の一歩がどうしても重い。「これも映画館デートのため」なんて思いながら袋を斜めにして本を袋から滑らせると本と一緒に何か出てきた。


「栞?」


 クリップの先に紐が付いていて、その紐の先にはかわいいハリネズミの刺繍がくっついている。あれ?お姉ちゃんが抜き忘れたのかな?そんなことを考えながら本を受け取ったときのことを思い出す。


「はい小景こかげ

「ありがと、あれ?お姉ちゃんの分は?」

「私の分はブックカバー付けて貰ってもうカバンに入れたから、その袋に入ってるのは小景の分」

「そっか、ありがとう」


 そうして私はお姉ちゃんから袋を受け取ったんだった。てことはやっぱりこれは忘れ物じゃない。プレゼントだ。本だけじゃなく栞まで貰ったらしい。私は慌ててLINEを開く。


「お姉ちゃん、栞ありがとう」


 勢いで送信したけど、他のことについてもお礼言えばよかった。改めて文章を打ち込んでいると、今日の出来事が思い起こされて気持ちが溢れてくる。溢れる思いが送られるより前に既読がついて、すぐに返事が届いた。


「どういたしまして。それかわいいでしょ?私とお揃いね」


 メッセージと一緒に添えられた写真には、お姉ちゃんの本と一緒にハリネズミの刺繍が写っていた。私は打ちかけていた文の続きを作って読み返す。


「今日はすごく楽しかった。私の話もいっぱい聞いてくれたし、お姉ちゃんの話もいっぱいして貰えてすごくうれしかった。私はもっとお姉ちゃんのことを知りたい、もっと踏み込みたいし、踏み込んでほしい」


 勢いで打った文字を見つめる。こんな迷惑なこと送れない。文章を削る。


「今日はすごく楽しかった。私の話もいっぱい聞いてくれたし、お姉ちゃんの話もいっぱいして貰えてすごくうれしかった。来週の大会楽しみにしてる!」


 当たり障りのない文を作って送信した。会話を無理やり終わらせるように「おやすみ」のスタンプを送ってスマホを閉じて頭上に適当に置く。これ以上スマホを見続けてたら、本当に勢いで言ってしまいそうだった。


 あんなに楽しかったはずなのに悲しい。すべてがうまくいっているはずなのに、未だに私は何も知らないまま。堪えていた涙が限界を迎えて流れ落ちる。一度零れ始めてしまえば止まらなかった。


◇ ◇ ◇ 


 泣くことに疲れてきた私は、ただぼんやりとベッドに横たわっていた。そこに、LINEの通知音が鳴る。私は、音がした方向に手だけ伸ばしてスマホを取ると、そこには美華からの連絡が届いていた。


「小景お疲れ!今日のデートどうだった?詳しくは明日聞かせて貰おうかな」


 いつも通りの元気な声で再生される美華のメッセージ。それに対して私は、元気な文章を返せる気がしなくて、繕ったメッセージを必死に考えていた。結局何にも思いつかなかった私は


「楽しかったよ、明日話すね」


 とだけ送った。スマホを閉じて今日はもう眠ってしまおうかと思ったとき、LINEの通知が鳴った。今度はメッセージじゃなく通話の。相手は美華で私は一旦鼻をすすって涙を雑に拭ってから通話に出た。


「おつかれ、小景」


 通話越しに聞こえた美華の声はさっきイメージしていた声より落ち着いていて、どこか温かさを感じられた。


「おつかれ、美華」

「さっそくだけど、小景の部屋行っていい?」


 私たちは同じ寮に住んでいて、私も美華の部屋には何度か遊びに行っている。美華も私の部屋によく来るし、行っていいか聞かれたときは断る理由もないからいつも即OKを出していた。でも、今は――


「……えっと」


 私が答えをためらっているとインターホンが鳴ると同時に美華が話す。


「それ!なんかあったんでしょ?聞かせてよ、もう部屋の前にいるから」

「……わかった」


 とだけ伝えて通話を切り、ベッドから体を起こした。突っぱねることもできなかった私は、流されるまま玄関に向かい扉を開ける。扉の先にいた美華は、私の顔を見て一瞬固まったかと思うと、すぐにやさしく微笑みながら続けた。


「とりあえず、部屋あがっていい?」

「……うん」


 歯切れの悪い返事をしながら美華を部屋に入れ、私はベッドに腰かけた。この部屋に椅子は1つしかないので、美華にはいつも椅子に座ってもらって、私はベッドに座る。今日も同じように先にベッドに腰かける。すると美華も続けてベッドに腰かけたかと思うと、すぐさま私の腫れた目を真っすぐに見つめながら口を開いた。


「それで、なんで泣いてたの?」

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