第14話 ショッピングモールに妹と私
日曜日、今日は小景とショッピングモールを回る予定になっている。前日に優里から「制服で行くとかやめなさいよ」と釘を刺された。もとよりそんなつもりはなかったのに、優里は私を何だと思っているのか?解せない気持ちで昨日を思い返しながら、待ち合わせ場所でスマホを眺めていると、つられて先日の優里との会話を思い出した。
名探偵優里の推理によると、小景の「ショッピングモールのことを知らない」というのは建前で本音は私のエスコートを期待している、というものだった。それを意識してか私の服選びも気が付けばそっち路線に進んでいた。
少しでもかっこつけようと思った私は、最終的にスキニーパンツにレギュラーシャツとかなりかっちりした服装になっていた。自分の服装を改めて見返していると遠くの方から私に向かって駆けてくる人影が見えた。
「お姉ちゃん、おまたせ!」
そう言いながら私のもとにたどり着いた小景に私は思わず言葉を飲む。高校に入ってから私が見た小景はいつも、肩より少し長い髪をポニーテールにしてまとめ上げていた。
でも今日は違う。そのきれいな髪はまとめられることはなく、緩く巻かれている。そのカールを追うように目線を下げていくと、デコルテが見える白の綺麗なブラウスに、ベージュのロングスカート。靴もベージュのウェッジヒールで、いつもは私の肩くらいにある小景の目線が今日は少し高い。
確かに小景はかわいい系だとは思っていたがまさかここまでとは。思わず全身を舐めまわすように見ていた私に小景は少し恥ずかしそうに尋ねる。
「……どう?」
もちろん。
「かわいい、すごくかわいい」
それ以外ありえない。私の感想を聞いた小景は満足そうに続ける。
「ありがと、お姉ちゃんはかっこいい系なんだね」
「そうだね、あんまりスカートって気分じゃなくて」
そう、私の頭には"エスコート"が駆け回っていたから。
「立ち話もあれだし、そろそろいこっか」
「うん」
そうして私たちは歩き出した。梅雨真っ只中にしては珍しく雲一つない快晴で、夏の始まりを蒸し暑さから肌で感じていた。これからもっと暑くなる、恐ろしいことだ。
「ねぇ、来週ねバドの大会が始まるんだ。私も出るの」
「へぇ、そうなんだ。って小景1年でしょ?もう大会出れるの?」
「ほら、バドってシングルもあるから。仮に団体戦のレギュラーじゃなくても個人戦は出られるんだよ」
小景の言い方になにか引っかかった気がした。けれど、私がその正体に気付けないうちに小景は言葉を続ける。
「それでね、良かったらなんだけど大会見に来てくれない?美華はバスケの方で大会があるから来られなくって」
「わかった、予定空けとくよ。優里も誘っていい?」
「うん、先輩が迷惑じゃないなら来てくれると嬉しい」
「でも、私バドミントン詳しくないよ?なんなら何点取ったら勝ちなのかもわかんない」
「大丈夫大丈夫!最終的に喜んでる方が勝ちだから」
「そんなもんでいいんだ」
「そう、そんなもん。ちなみに21点先取ね」
こういう時、比較的一般常識寄りの知識を持っていないと少し恥ずかしくなる。私はスポーツ関連の知識に特に疎い。来週までに少しくらい勉強しておこうかな。などと話している間にふたりはショッピングモールの前に着いた。
「ついたね、何から見て回る?」
「スポーツショップに行きたい!大会前にグリップ替えようと思ってて、それとシャトルも補充しておきたくって」
「そっか、でも私ここのスポーツ用品店とか行ったことないな。ちょっと待ってねフロアマップ見てくる」
「大丈夫だよ。2階にあるから」
あ、どうやら小景は完全に忘れているらしい。スポーツショップの位置ではなく設定を。小景は来たことがないっていう設定だったはずなんだけど、せっかくだし少しつついてみよう。
「小景詳しいね」
「うん?ほら!行こ」
「わかったわかった、エスカレーターどっちだっけ?」
「あっちだよ」
もう建前は完全にどこかへ行ってしまったらしい。それだけ今に夢中になってくれているんだろうか。それは姉としてとても微笑ましい。
思えば小景とふたりで出かけたのなんていつが最後だったかわからない。小景は中学に上がってからバドミントンに首ったけだった。部活だけでなく、地域のクラブチームにも所属していつも帰りが遅かった。部活にも入っていなかった私はずっと家にいた。あの家に――あいつにとって小景のバドミントンは都合がよかったんだろう。
暗い記憶が私を覆う。腕を抱く手に力が入り、背中にはじんわりと冷や汗をかいていた。最近は忘れていた感覚がよみがえる――
「お姉ちゃん?どうかした?」
小景に呼びかけられる。どうやら歩くペースが遅くなってしまっていたらしい。小景が少し先の位置から私に尋ねる。私は笑顔を作って答える。
「ううん、なんでもないよ」
「……そっか、じゃあほら」
そう言って小景が私に手を伸ばす。
「――っ!」
私はこちらに伸ばされた手を見て思わず後ろに身を引く。
「あっ、……ごめん」
私の反応を見た小景が慌てて手を引く。その顔には、あの時みたいに後悔の色が滲んでいた。きっと今小景は私のせいでよくないことを考えている。私のせいで。私も少し頑張らないといけないのかもしれない。そう思いながら私は、右手を小景が引いた左手に伸ばして手を取った。
「こっちこそごめん、ちょっとくらっとしただけだから。ほら行こっ!」
握った手は震えている。この震えが私のものなのか小景のものなのかわからない。
「そういえば小景、この前LINEでここ来たことないって言ってたのに、めっちゃ詳しいじゃん!」
「え?あ、そんなこと言ってたっけ」
歯切れの悪い小景に私は次々と話を投げかける。
「そうだよ、いつ思い出すかな~って泳がせてたの」
「なんか、イジワル。じゃあなんで言っちゃうの?」
「それは……ほら、小景のかわいい顔が見たいから」
「?」
「そんな悲しい顔しないで。お姉ちゃんがついてる」
まぁ悲しくさせてしまったのもそのお姉ちゃんなんだけど。私は空いている左手で小景の頭をなでる。今日のために整えられた髪を、流れに逆らわずにゆっくりと。小景をなでながら私は自分に誓う。
いつか、自分の中で整理がついたら。小景にもちゃんと話そう。過去のこと、家族のこと。だから、もう少しだけ待っていてほしい。
「……はずかしいから、もう大丈夫」
そう言って小景はひざを軽く曲げて頭の上にあった私の手をすり抜けて前を歩きだす。ふたりの手は繋がったまま。




