第12話 梅雨の始まりに私と美華
6月の上旬、テストが終わって数日が経った。勉強会を1回したからといって私の頭が劇的に良くなるなんてことはなく、平均点を少し超えるくらいの点数を大体の教科でとることになった。1つ意外だったことといえば、優里先輩に教えて貰った数学の点数が一番良かったこと。やっぱり先輩の教え方は上手だったらしい。
テスト期間で休止していた部活動も再開して、私と美華はそれぞれの部で毎日のように遅くまでトレーニングや練習をこなしていた。私はバドミントン、美華はバスケとそれぞれ活動場所が体育館ではあるんだけど、梅雨のじめっとした空気は外の部活動でなくても気分を下げてしまう。私はラリーをしながら対面のコートにいる先輩に話しかける。
「こうも毎日雨だと気分が落ちちゃいますね」
「まぁ外の部活動生よりはましなんだろうけどね」
「確かに、バド部とバスケ部のアドバンテージってところですか」
「外の部活なんかトレーニングくらいしか今はやることないからな」
「こうして普通に練習できるのも、体育館競技の特権ですね~」
そんな雑談を交わしながら私はちらっと横のバスケ部を見た。視線の先では美華が先輩たちと練習試合をしていた。1年で既に上の学年の練習に混ざっているのは中学の頃から変わらないな。そういえば、私と美華が知り合ったのもちょうどこのくらいの季節だった。
◇ ◇ ◇
美華と知り合ったのは中学の頃、同じ中学校だった私たちは最初、半分に分けた体育館でそれぞれの部活にいる同学年の生徒くらいの認識だった。
中学から始めたバドミントンに想像以上にハマった私は、地域のクラブチームに所属して夜遅くまでバドミントン漬けの日々を満喫していた。その甲斐もあって自分で言うのも憚られるが、同学年の中では頭一つ抜けた実力になっていた。
そして、それは美華も似たようなものだった。美華は小学校からバスケを習っていて、入学した時点で既にかなり注目を集めていた。いつの間にか私は美華のことを「同じ体育館にいる運動部の1年」から「体育館の反対側にいる私の分身」くらい勝手に好感度を上げていた。そんなある日。
「ねえ、林さんだよね?バド部の」
給水所で水を飲んでいる私に美華の方から話しかけてきた。うちの中学校は給水所が屋外と屋内にそれぞれあって、梅雨のこの時期はその日の天気にかかわらず屋外の給水所は人がほとんどいなくなる。1年にあまりなじめていない私はいつも狙って屋外の給水所に水分補給しに来ていた。
「バスケ部の小池さんでしたっけ?」
でしたっけ?ととぼけてみてはいたけれど私はばっちり知っている。だって勝手に「分身」とまで思ってモチベーションの1つにしていたんだから。私は内心焦りに焦っていた。ちらちら見てたのがばれたんだろうか?怒られる?そんな悪い想像ばかりしている私をよそに小池さんは続ける。
「美華でいいよ。林さんって小学校からやってたの?」
小池さんの距離の詰め方がすさまじい。小学校からバスケを続けていて、現在もその実力を買われているという圧倒的自信からくる遠慮のなさ。失礼な子というわけじゃなく、行動力と踏み込む歩幅が大きい子。そんな小池さんに私は有名人にでも会ったかのような変な緊張をしながら答える。
「い、いえ、中学から始めました」
「敬語もいらないじゃん。私たち同学年でしょ?」
「そうで――うん」
「へぇ、にしても中学からだったんだ。1年の中でも目立ってたから、てっきり私と同じで小学校からやってるもんだと思ってた。ねぇ、友達になろうよ」
「な、なんで?」
友達、私にとっても大歓迎なことだったのに、緊張してばっかりの私は首を縦にふるどころか理由を尋ねていた。
「え~なんでって言われてもなぁ」
そりゃそうだ、友達なんて席が近いからとか部活が同じだとかそんな何てことないどうだっていいような理由から始まることがほとんどなんだから。私の無茶な質問に首をかしげて考え込んだ小池さんは少しした後に答えた。
「同じ1年で、周りの同学年の子達より断然実力もある。だから部活の中だと先輩とかの方が話すことが多くて、1年で基礎トレとかしてると少し気まずい。別に嫌われてるってことはない、かといって輪に入れてもらえるほど好かれてもない。ねぇ、今自分のことだと思ったでしょ?だからだよ」
そう言った小池さんは少し寂しそうに見えた。確かに小池さんは上の学年に混ざってずっと練習している。バスケ部として彼女という期待の新人を最大限活用した結果なわけで、本人もそれを望んでいる。小池さんはさっき「嫌われてるってことはない」って言っていたけど、実際は黒い感情を向けられているはずで、彼女もそれをわかっている。でもそれを言うようなことはしない。それが彼女の、美華の優しさなんだろう。私の気持ちは既に美華の人柄に惹かれ始めていた。
「わかった。これからよろしく美華」
私は手を差し出した。差し出された手を美華はぽかんと見つめていた。え?握手はやりすぎだったかな?慌てて手を引っ込めようとした私の手を美華が捕まえる。
「林さん!よろしくね!」
「……小景」
「?」
「私の名前、林 小景。私も美華って呼ぶんだから、小景って呼んでよ」
「小景!あらためてよろしく」
「うん、よろしく」
◇ ◇ ◇
「――林、お~い林!」
「っ!はい!」
先輩の声で私は思い出から現実に引き戻された。
「すみません!ボケッとしてました!」
「なんだ?テストの結果が悪かったか?」
「いえ、むしろ良かったです!」
「じゃあ、集中しろ!」
「はい!」
先輩に軽く怒られて私は気合いを入れなおす。視界の端に映っていた美華は私が怒られた姿を見て笑っているようだった。




