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まだ名もなき怪物達 第3部ー断翼の誓ー  作者: HANA


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第4話 帰る場所

本部へ戻った頃には、雨はようやく弱まっていた。


長い一日だった。

いや——二日か。


「……はぁ」

車両から降りた瞬間、蒼真は小さく息を吐いた。

身体がやけに重く、腕はまだ上がりそうにない。


「報告書、明日でいいか……」

ぼそっと呟くと蓮が横目で蒼真を見た。


「珍しいな」

「今日は無理」

蒼真は即答だった。


「マジで無理」

「顔色悪いぞ」

「気のせいだろ」

そう言って歩き出した瞬間——

ぐらり、と視界が揺れた。


「……っ」

足がもつれ、倒れそうになる蒼真の腕を蓮が掴んだ。

「おい。……だから言ったろ」

「……平気だって……」

蒼真の声は弱く、明らかにいつもと違う。


その時だった。

「何が平気なの」

低い声が響いたが振り向くまでもない。

「……麗華」

「座って」

いつもの有無を言わせないやつだ。


蒼真は反論する気力もなく、その場に座り込んだ。

麗華は額に手を当てる。

「……熱あるじゃない」

「ねぇよ」

「ある。……しかもそこそこ高そう」

「……マジか」

「マジよ」

ため息をつきながら、麗華は蓮を見た。

「連れてくね」

「頼みます」

麗華の車まで蓮と麗華が支えながら行き、蒼真を乗り込ませた。



——その夜。

麗華の部屋のベッドに横たわる蒼真は、完全にダウンしていた。

「……最悪だ……」

布団に潜りながら呟く声はかすれていた。


「自業自得」

麗華は冷静に答えた。


「二日連続、びしょ濡れで無茶すればそうなる」

「無茶してねぇって……」

「してる」

即否定する麗華。いつものやり取りだが今日は反論が弱かった。

「薬、飲も」

「苦いのヤダ」

「我慢しなさい」

「……はい」

素直な蒼真は完全に弱って居る時だ。

薬を飲ませ、水を飲ませる。

その間も、蒼真はぼんやりと天井を見ていた。


「……なぁ」

「なに」

「今日の人達…」

「ああ、全員無事」

麗華が短く答える。

それを聞いて、蒼真は少しだけ目を閉じた。


「……そっか」

助けた人の命が助かったならそれで良かった。


麗華は一瞬、手を止めた。

「あなたね」

少しだけ声が柔らかくなる。

「自分のことも気にしなさい」

「してる……」

「してない」

「……してる」

「してない」

同じやり取りを繰り返し、麗華はそっと、蒼真の髪に触れた。

「ちゃんと帰ってきたのは偉いけど」

少しだけ間を置く。

「倒れるまでやるのは偉くない」

蒼真は返事をしなかった。

代わりに、小さく息を吐く。


「……眠い」

「寝なさい」

「……麗華、いる?」

目を閉じたまま言う蒼真。

麗華は少しだけ驚いた顔をしたがすぐに、いつもの表情に戻る。


「いるわよ」

「……うん」

それだけ言って、蒼真はそのまま意識を落とした。

静かな寝息が部屋に広がる。

麗華はしばらくその顔を見ていた。

そして小さく呟く。

「……ほんとに、無茶するんだから」

怒っているようで少しだけ、安心した声だった。


朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。

静かだ。

昨日までの雨音が嘘みたいに消えている。

「……ん」

蒼真がゆっくり目を開けた。

視界がぼやけてるけど、見慣れた天井だ。


「……あー……」

蒼真は額に手を当て昨日の事を思い出した。


雨に打たれて、濁流を進んで倒れたんだ。


「起きた?」

横から声が落ちる。

視線を向けると、麗華が椅子に座っていた。

腕を組んで、完全に見張りの体勢だった。


「……いたの」

「看病」

「……ずっと?」

「途中で寝たけど」

「……そっか…悪ぃ…」

「そう思うなら早く治す!」


いつも俺たちの会話は短い。

でも、それだけで成立する。

それが居心地がいい。


少し沈黙が流れ、蒼真はゆっくり身体を起こそうとしたが

「……無理だ」

そのままベッドへ沈み込んだ。


全身がだるい。

特に腕。


「当たり前でしょ」

麗華が立ち上がり、額に手を当てた。

「まだ熱あるんだから」

「……麗華の手、冷たくて気持ちいい」

「なんか、素直だね」

さらっと返すと、そのまま麗華はキッチンへ向かい、

用意して置いたトレーを持って来てくれた。


「はい、朝ごはん」

「いらない…」

「食べる」

「……はい」

スプーンを持たされたが、力が入らず落としてしまった。


「……腕、終わってる」

「知ってる」

一拍の間があった。

「ほら」

スプーンが口元に差し出されると蒼真は固まった。


「……いや、それは…」

蒼真の顔が赤くなったのは熱のせいだけでは無さそうだ。


「何」

「自分で食える」

「腕、終わってんでしょ」

「……それは…」


言い訳できない…。

数秒だけ蒼真は考えたが観念して口を開けた。

「……あー……」

「はい」

一口、飲み込む。

普通の粥なのに、やけに美味く感じた。


「……うまっ」

「当たり前」

麗華はちょっとだけ得意げだ。


蒼真は一昨日からまともなご飯を食べていなかった事を思い出した。

そのまま数口、食べさせてもらう。

静かな時間が流れていた。

外は昨日までの雨が嘘のように晴れていた。


「……平和だな」

蒼真がぽつりと呟く。

「そうね」

麗華も窓の方を見る。

ほんの少しだけ、空気が柔らいだ。


「……なぁ」

「なに」

「今日、休み?」

「あなたは強制休み」

「俺じゃなくて、麗華が」

「午後から」

「……じゃあ」

一瞬迷った蒼真。

出掛けようか。と言おうかと思ったが、きっと怒られる。


「一緒に寝よ」

「……そうだね」

最後の一口を食べさせ終えると、麗華はスプーンを置いた。

「よし」

「終わり?」

「終わり」


少しだけ満足そうに蒼真はそのまま枕に沈む。

「……眠い」

「片付けて来るから、寝て待ってて」

蒼真は小さく頷いて、そのまま目を閉じた。


すぐに寝息が聞こえてきた。

麗華はしばらくその顔を見て、小さく笑った。


「……ご褒美、これでいいでしょ」


誰にも聞こえない声で呟き、蒼真の額に唇を落とした。




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