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まだ名もなき怪物達 第3部ー断翼の誓ー  作者: HANA


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第19話 失いたくない


病室へ入ってきたのは、天音、橘、葛城の三人だった。


ドアが開いた瞬間。

蒼真は嫌そうに顔を歪める。

「……なんでフルメンツ」

「見舞いだ」

即答した天音に、蒼真は露骨に嫌そうな顔をした。

「帰れ」

「患者が偉そうにするな」

天音が容赦なく言い返す。

その後ろでは葛城が静かにため息を吐き、橘はカルテを見ていた。


そして。

「馬鹿が」

低い声が飛び、蒼真は目を逸らした。


「……はい」

珍しく蒼真は素直だった。

橘はカルテを閉じる。

「肩脱臼、右脚複雑骨折、左大腿骨骨折…肋骨複数、肺挫傷、全身打撲、裂傷」

「ついでに吐血」

「何をしたらこうなる」


「……爆発?」


疑問形の答えに葛城が頭を抱えた。

「報告書書くこっちの身にもなれ……」

天音は呆れたように息を吐く。

だがその目は、蒼真を静かに見ていた。

酸素チューブ。

固定。

まともに動けない身体。

そこまで確認してから、ようやく口を開く。


「……で」

病室の空気が少し変わった。

「今回の件で、お前の名前がさらに上へ行く」

蒼真の表情が少しだけ消えた。


総統候補。


その言葉を、わざわざ口にはしない。

だが全員分かっていた。

葛城が腕を組み続けた。

「第一の生還率、警察消防との連携」

「生体反応デバイス、今回の地下救助」

「……上は完全にお前を次で見てる」


蒼真は静かに目を閉じた。

予想していなかった訳じゃない。

でも実際に言葉にされると重かった。


橘が低く言う。

「当然、面白くない連中も出る」

病室が静まる。

蒼真はゆっくり天井を見た。


幹部の裏切り。

内部崩壊。

血の匂い。

全部まだ覚えている。


天音が小さく息を吐く。

「黎明は綺麗な組織じゃない」

「お前も、もう分かってるだろ」


蒼真は何も返さなかった。

返せない。

理解しているから。


葛城が静かに続ける。

「蓮や俺ならまだいい。だが、お前は違う」

「お前は現場でも結果を出し過ぎた」


それは誉め言葉じゃない。

危険性の話だった。

結果を出す人間は、崇拝もされる。

同時に……妬まれる。


蒼真はそこで初めて小さく息を吐いた。

「……救護棟」

蒼真はぼんやり天井を見たまま続けた。

「麗華、前出るタイプだから」

「圧力掛けられても、絶対黙らねぇし」

葛城が眉を寄せた。

その未来が容易に想像出来る。


蒼真はゆっくり目を閉じる。

地下崩落か爆発より。

今の方が嫌だった。


「……巻き込みたくねぇ」

静かな声だった。

天音はそんな息子をしばらく見ていた。

そして

「なら、お前が決めろ」

低く言った。

「守る側に立つなら、中途半端は許されん」

その言葉だけが、静かに病室へ残った。

蒼真は静かに目を閉じて眠ってしまった。




白い天井がぼやけて見えた。

規則的な電子音、薬品の匂い。

目が覚めると毎日こうだ。

嫌になる。


「……っ」

息を吸った瞬間、胸に鋭い痛みが走る。

反射的に顔を歪めた。

いつまで経っても全身が痛い。


「……起きた?」

静かな声だった。

視線だけ動かした。

窓際の椅子へ座ったまま、麗華がこちらを見ていた。

私服姿だった。

蒼真は少しだけ目を見開く。


「……来てたんだ」

掠れた声。

麗華は小さく息を吐いた。

「よく寝てたから」

蒼真はそこでようやく小さく笑う。

だが笑っただけで肋骨が痛んだ。


「っ……」

「まだ痛いでしょ…薬、増やそうか?」

麗華が呆れたように立ち上がる。

そのままベッド横へ来ると、水を少しだけ飲ませてくれた。


数秒、静かな時間が流れ、蒼真はぼんやりと天井を見た。

「……なぁ、麗華」

「ん?」」

蒼真は少し黙った。

呼吸音だけが部屋へ落ちていた。


「……黎明、辞めてくれ」


空気が止まった。

麗華は何も言わない。

蒼真は視線を向けないまま続けた。


「現場だけじゃない」

「……もう、救護棟も安全じゃねぇ」

「俺が総統候補に名前上がってるの、知ってるだろ」


麗華は静かに蒼真を見ていた。

蒼真は目を閉じたまま、小さく息を吐いた。

「蓮や葛城さんなら問題ねぇ」

「でも……俺を良く思ってない連中はまだ居る」

「昔みたいなのが、また起きない保証は無い」


息を吸おうとすると胸が痛かった。

傷なのか、心なのか分からない。

それでも蒼真はゆっくり続けた。


「麗華さ…何かあったら絶対、黙って従わないし…みんなの事、守るだろ」

そこで初めて麗華が小さく笑った。

「そうだね」

蒼真はようやく視線を向ける。


その目は真剣だった。

地下崩落でも、爆発でも。

見えたことがない種類の怖さだ。


「……失いたくないんだ」

静かな声だった。

隊長じゃない。

総統候補でもない。

ただの、一人の男の声だった。


麗華はしばらく何も言わなかった。

病室には、心電図の電子音だけが静かに響いている。

蒼真は視線を逸らさず、逃げない。

だけど、どこか怯えているみたいだった。


「……怖かった?」

麗華が静かに聞くと蒼真は少しだけ眉を寄せた。

「何が」

「今回」

蒼真は天井を見上げた。


爆発。

崩落。

吐血。

蓮の叫ぶ声。

全部まだ身体に残っている。



「……死ぬのは、別に」

麗華の表情が少し曇る。

「そう思ってた。守れれば、帰せれば、自分はどうなっても」

蒼真はそこで目を閉じた。


「麗華と……子供が居なくなるのは無理だと思った」


その瞬間、麗華の呼吸が止まった。

蒼真はゆっくり続ける。

「内部の連中が本気で動けば、麗華を狙って来るはずだ」

「…安全な場所にいて欲しい」


それは命令ではなく懇願だった。

蒼真らしくないくらい。


麗華は小さく俯いた。

「……辞めたら」

「蒼真は少しは安心する?」


蒼真は即答しなかった。

数秒、呼吸を整えるみたいに沈黙した。


「……する」

その答えがあまりにも正直で。

麗華は小さく笑った。

「ズルいわね」

「何が」

「そんな顔で言うところ」

蒼真は意味が分からないみたいに眉を寄せた。


だけど麗華は知っている。

今の蒼真は本気で怖がっている。

自分が傷つく事じゃない。

“失う事”を、それが分かってしまった。


麗華はゆっくり蒼真の左手を握る。

「……分かった」

蒼真の目が少しだけ開いた。


「黎明、辞める」


その瞬間、蒼真の張っていた空気が少しだけ緩んだ。

「……ごめん」

「ホントにね」

麗華は呆れたみたいに笑った。

その目は、少しだけ優しかった。

「その代わり」

「蒼真、ちゃんと帰ってきてね」

「私とこの子の為に」

麗華はそっと腹部へ手を当てた。



「……うん、帰ってくるよ」






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