第18話 タイミング
「隊長、聞こえますか!!」
白石の声が飛ぶ。
蒼真の視界はもう半分以上霞んでいた。
酸素マスクが押し当てられる。
呼吸は浅く、肺が上手く動いていない気がする。
「SpO₂落ちてる!!」
「右肺音弱い!」
「担架!!」
「挿管準備も!!」
周囲が騒がしいのに蒼真には、どこか遠く聞こえた。
耳鳴りが酷い。
爆発の影響だった。
「蒼真!!」
蓮が顔を覗き込む。
その瞬間。
蒼真は少しだけ眉を寄せた。
「……うる…せぇ」
掠れた声しか出せない。
蓮が息を呑む。
白石が思わず叫ぶ。
「喋んなって言ってるでしょうが!!つーか、喋らせんなっ!!」
珍しく本気で蓮にもキレていた。
だが蒼真は小さく笑う。
「……悪…ぃ」
その笑い方があまりにも“終わった後”の顔で。
蓮の顔色が変わる。
「蒼真」
低い声だった。
「寝るな」
蒼真はぼんやり蓮を見る。
「ダメだ」
視界が揺れる。
蓮の顔が霞んでいく。
頭も痛くて身体の感覚がどんどん消えていく。
「……全員、生きてんだっ」
蓮は言葉を詰まらせた。
「お前が死ぬな!」
全員生きてるか質問が来ることが分かっていた蓮は蒼真に喋らせないように先に告げていた。
蓮のこんなに切羽詰まった顔は初めてだな。と蒼真は薄く笑った。
白石が処置しながら怒鳴る。
「肋骨複数!! 肺挫傷!! 右脚多分…複雑骨折!!」
「肩も外れてる!!だからホントに喋んな!!」
だが蒼真は、そこでようやく少し安心したように目を閉じかけた。
その瞬間。
「蒼真!!」
新しい声が飛び込んできた。
麗華だった。
救護班のジャケットを羽織ったまま、息を切らして駆け込んでくる。
その顔を見た瞬間。
蒼真の目が、少しだけ開いた。
「……麗、華…?」
麗華は蒼真の状態を見た瞬間、表情を消した。
右脚。
右肩。
呼吸。
全身裂傷。
一目で分かる重傷。
だが、声だけは冷静だった。
「白石、輸液追加」
「酸素流量上げて、挿管キット来たらすぐ挿管する」
「はい!!」
麗華の指示で即座に動き出す医療班。
その中で蒼真だけが、ぼやける視界の中で麗華を見ていた。
だが、その目は虚ろだ。
ー来てくれた。
それだけで少し呼吸が楽になる。
「蒼真」
呼ばれた声で、蒼真の目が少しだけ光を戻した。
「挿管しちゃうと蒼真、話せなくなるから」
麗華は泣きそうなのを隠すようにほんの少しだけ笑った。
「……家族、増えるよ」
時間が止まった。
白石が固まり、奏も律も動きを止める。
蓮は静かに目を見開いた。
蒼真は何も言わない。
いや、言えなかった。
呼吸すら忘れたみたいに麗華を見つめた。
「……は?」
掠れた間抜けな声だった。
麗華が少しだけ笑う。
「だから」
「赤ちゃん出来たの」
その瞬間。
蒼真の思考が完全に止まった。
地下崩落。
爆発。
骨折。
肺挫傷。
全部耐えた男が。
そこで初めて固まった。
白石がとうとう顔を覆った。
「今かよっ!!」
「タイミングゥゥゥ!!」
奏が半泣きで叫ぶ。
蓮は数秒黙った後、小さく笑った。
本当に小さく。
「……そりゃ止まるか」
蒼真はまだ動かず、何も喋らない。
数秒後、麗華を見たまま口を開いた。
「……マジ?」
「マジ」
「……俺」
「うん」
「父親?」
「そうだよ」
その瞬間。
蒼真の目から、力が抜けた。
安心したみたいに。
張っていた糸が切れたみたいに。
「っ、おい!? 隊長!?」
白石が叫ぶ。
蒼真はそのまま意識を落とした。
挿管キットが麗華に手渡され、手際良く麗華は挿管する。
「……お疲れ様、蒼真」
奏の半泣きしながらの「タイミングゥゥゥ!!」
作者も書きながら思いました。
しかし、麗華は決してふざけていません。
蒼真の状態を見た瞬間、
「今伝えなければいけない」
そう判断しています。
蒼真がまだ聞けるうちに、
まだ返事ができるうちに
医師ではなく、妻として伝えたかっただけです。




