第17話 帰せた
地下通路が悲鳴みたいに軋んでいた。
その形を保つのはもう限界だった。
「急げ!!」
雨宮が先頭を走る。
奏が作業員を抱えたまま後ろを振り返った。
「隊長!!」
蒼真が遅れている。
右脚を引き摺りながら、それでも懸命に走っていた。
崩落から仲間を守るその位置はいつもの蒼真だった。
「前見ろ!!」
怒鳴り返す声は強い。
だが呼吸が荒く、足音も重い。
ゴゴゴ……ッ!!
また天井が崩れてくる。
蒼真は反射的に残っていた鉄骨を蹴り飛ばし落下軌道をずらす。
コンクリート塊が奏達のすぐ横へ叩き付けられた。
「っ……!!」
「走れ!!」
蒼真の怒声に奏は歯を食いしばりながら前を向く。
その瞬間、地下奥から光が見えた。
「出口!!」
地上から律の声が響いた。
救助隊と警察のライトが差し込んでいる。
「こっちだ!!」
外から隊員達の声が飛ぶ。
雨宮が最初に飛び出し、奏も作業員を抱えたまま出口へ駆け込む。
その時、蒼真の背後で嫌な音がした。
ミシ……ッ
全員の視線が蒼真の頭上に向けられた。
蒼真の真上。
巨大なコンクリート塊が崩れかけていた。
「隊長!!」
奏が叫んでいた。
逃げてくれ、早くそこから。という奏の視線が蒼真も分かっていた。
だが蒼真は動かなかった。
いや、動けなかった。
右脚が完全に沈みこみ、崩れた床に挟まっている。
「っ……チ……」
蒼真が顔を歪めながら必死にもがくが、痛みで思うように力が入りきらない。
天井が落ちる。
間に合わない。
「蒼真ッ!!」
蒼真の耳に蓮の声が響いた。
外に居たはずの男が、迷いなく地下へ踏み込んでくる。
蒼真の目が見開かれる。
「蓮!! 来んな!!」
「うるせぇ!!」
蓮は蒼真の装備ベルトを掴み、右脚を無理矢理引き上げた。
「ッアア…!!」
右脚に激痛が走り蒼真の息が一瞬、止まるとともに叫び声が響く。
蒼真の叫びと共に轟音と巨大なコンクリート塊が、ほんの数秒前まで蒼真が居た場所へ叩き落ちた。
地下全体が大きく揺れる中、蓮が叫ぶ。
「っ、走れ!!」
蓮が蒼真の左肩を支える。
蒼真は右脚を引き摺りながら、それでも前へ進んだ。
その背後で地下通路が完全に崩落した。
地上へ飛び出した瞬間。
冷たい夜風が蒼真の肺へ刺さった。
「隊長!!」
「担架!! 急げ!!」
救助隊が一斉に駆け寄ってくる。
奏と雨宮は作業員を引き渡した。
律も子供を抱えたまま膝をつく。
全員、土と粉塵まみれだった。
だが生きている。
「蒼真!!」
蓮が肩を支えたまま呼ぶ。
蒼真はようやく外へ出た事を確認すると、小さく息を吐くと右脚から力が抜けた。
「っ……」
膝が落ちる。
蓮が即座に身体を支えた。
「おい」
「……平気」
ー本当は全然平気じゃない。
右肩は完全に死んでいる。
右脚もまともに立てない。
呼吸する度に胸が痛む。
また、麗華に怒られる…。
白石が駆け寄ってきた瞬間、顔色が変わった。
「はぁ!? 隊長それ——」
「いい」
蒼真は白石の言葉を切った。
視線は地下入口へ向いている。
「全員……出たか」
その一言で、周囲が沈黙に包まれる。
救助隊員。
警察。
消防。
全員が一瞬止まった。
白石が短く息を呑み、告げた。
「……全員生還です」
その瞬間だった。
蒼真の肩から、ふっと力が抜けた。
「……そうか」
小さく笑う。
本当に小さく。
蓮だけが、その顔を見ていた。
昔、雪山で自分を探していた時と同じ顔だった。
薄れて霞む意識の中で自分の名前を呼んだ蒼真の顔だった。
“帰せた”そう確認した顔だ。
その時規制線の奥で怒号が飛んだ。
「待て!!」
警察側だった。
全員の視線が声の方へ動いた。
拘束されていた武装勢力の一人が、血だらけのまま笑っていた。
逃げ場は無く、包囲もされている。
なのに、そいつは笑っていた。
蓮の顔色が変わる。
「……っ」
男の手は何かを握っている。
小型起爆装置。
「伏せろォォォォ!!」
蓮の怒声が響いた、次の瞬間。
世界が、白く弾けた。
爆音。
衝撃。
熱風。
一瞬で空気が吹き飛んだ。
「っ——!!」
耳が潰れる、視界が白い。
だけどそんな中で、誰かの叫び声が蒼真の耳に届いた。
その瞬間、蒼真の視界に小さな影が映る。
避難誘導中だった子供が爆発方向に立っていた。
考えるより先だった。
蒼真は残っていた左腕でその子供を抱え込み、地面へ叩き伏せた。
同時に爆風が背中へ直撃する。
「がっ……!!」
肺から空気が全部抜けた。
身体が浮く。
何かが折れる音。
右脚。
左脚。
肋骨。
分からない。
熱い。
痛い。
それでも子供だけは離さなかった。
次の瞬間、蒼真の身体はコンクリートへ叩き付けられた。
「蒼真ぁぁ!!」
蓮の叫び声が聞こえる気がする。
視界が揺れて耳鳴りが酷くて何も聞こえない。
呼吸が上手く出来ない。
「っ……は……っ」
肺が焼ける感覚。
息を吐くと共に血の味がする。
右肩はもう感覚が無い。
右脚も動かない。
全身が痛む。
周囲では怒号と悲鳴が飛び交っていた。
だが蒼真はまず腕の中を確認する。
子供が泣いている。
生きてる。
「……よ、かった……」
掠れた声が出た瞬間、真っ赤な液体が口から吹き出した。
その瞬間、蓮が駆け寄ってきた。
「蒼真!!」
蒼真はぼやけた視界の中で蓮を見た。
珍しく蓮が焦ってる。
その顔を見て、少しだけ蒼真は笑った。
「……全員」
呼吸が上手く出来ない、口の中も気持ち悪い。
それでも蒼真は言葉を紡いだ。
「……帰った、か……?」
蓮の顔が歪む。
「喋るな!!」
怒鳴りつける蓮の声は震えていた。
白石も滑り込んできた。
その瞬間、顔色が変わる。
「っ……隊長!!」
右脚。
不自然な方向へ曲がっている。
右肩脱臼。
全身裂傷。
呼吸音もおかしく、吐血。
白石の手が震えた。
「酸素!! 担架急げ!!」
周囲が一気に動く。
その騒音の中、蒼真だけが、ぼんやり空を見ていた。
黒い夜空。
煙。
赤色灯。
その中で。
小さく、本当に小さく笑う。
「……帰せた」
そのたったひと言で
蓮は何も言えなくなった。




