第13話 帰る場所
夜は静かだった。
珍しく緊急招集も無く早めに帰宅できた。
本部近くの家へ戻ると、先に帰った麗華がリビングで待ってくれている。
「……ただいま」
靴を脱ぎながら声を落とす。
「おかえり」
キッチンから返ってくる声。
それだけで、少し肩の力が抜けた。
ネクタイを緩めながらリビングへ入ると、ソファに書類が置かれている。
……俺のだ。
「書斎に置いてよね」
「……すまん」
「よろしい」
蒼真はソファへ沈み込んだ。
「……腹減った…」
「知ってる」
麗華は冷蔵庫を開けながら返した。
ガサ、と何かを取り出す音。
しばらくしてテーブルへ皿が置かれる。
「はい、ご飯」
ご飯とスープに肉とサラダが蒼真の前に置かれた。
麗華の前にはカットされたトマトだけが置かれている。
「……また?トマト最近多くね?」
「美容にいいのよ」
最近麗華はなんだかトマトばっかり食べてる気がする。
美容なんて気にしなくても、綺麗なんだけど…。
蒼真は自分のサラダのトマトを口にいれた。
冷えていて、少し甘い。
「……うまい」
「でしょ」
麗華も向かいへ座り迷いなくトマトを口へ運んだ。
一つ、また一つと妙にペースが早い。
蒼真はぼんやりその様子を眺めた。
「飽きないの?」
「食べたいの」
それだけで理由は言わない。
蒼真もそれ以上聞かなかった。
「ふーん」
疲れていて深く考える気も無く、食べ終わった食器を片付け洗うと、蒼真はそのままソファへ身体を預けた。
「お風呂入るよね?」
「……あとで」
「また寝落ちするよ」
「しねぇ」
言いながら、既に目が半分閉じていた。
麗華は少しだけ笑う。
その時、テーブルの端でスマホが震えた。
蒼真は反射的に目を開けた。
さっきまで眠そうだった男の顔が、一瞬で現場の顔へ変わると画面を覗き込む。
国家特殊武装機関【黎明】
第一特務遊撃隊 緊急招集通知。
短く息を吐き、蒼真は立ち上がった。
「……悪い」
「うん」
麗華は止めない、止められない事も知っている。
蒼真はジャケットへ手を伸ばした。
その背中へ、麗華が静かに声を落とす。
「蒼真」
「ん?」
「ちゃんと帰ってきてね」
ほんの数秒だけ蒼真は止まり、振り返ると小さく笑った。
「当たり前だろ」
そのまま扉が閉まった。
静かだった家の空気が、少しだけ遠くなった。
麗華は小さく息を吐くとソファーに深く腰掛けた。
「……行っちゃったね」
ぽつりと落として、自分の腹部へ無意識に触れると麗華は静かに目を伏せた。
「ちゃんと帰ってきなさいよ……」
誰に向けたのかも分からない小さな声。
返事は無い。
ただ、玄関の閉まる音だけがまだ耳に残っていた。
その時、麗華のスマホが音を鳴らした。
救護班からの電話だ。
「第一特務遊撃隊、黒瀬副隊長より医療支援要請です。人員が足りず…神代班長も出動願えますか」
数秒だけ麗華は目を閉じたがすぐに内容確認をする。
「内容は」
「旧地下開発区域」
「武装勢力立て籠もり」
「地下作業員、民間人多数取り残されています」
地下、その単語だけで嫌な空気がまとわりついた。
「……崩落危険は」
「高いです」
麗華は再び目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、ついさっき家を出た背中。
“ちゃんと帰ってきなさい”
言ったばかりだった。
「神代班長…」
部下の声で呼び戻され、麗華はゆっくり立ち上がった。
「搬送ライン確保、手術室も開けて輸血準備も先に回して。……私も出る」
声は冷静でもう医療者の声だった。
「了解!」
麗華は小さく息を吐くと、リビングに置きっぱなしにしていた医療隊員用ジャケットへ袖を通した。
その瞬間。
スマホから緊急アラートが響いた。
《地下区域 一部崩落確認》
国家特殊武装機関【黎明】
第一特務遊撃隊隊室
「おっせぇ」
扉を開けた瞬間、蓮の声が飛んできた。
すでに蒼真以外の全員が隊室に揃っていた。
「隊長、珍しく5分遅刻っすよ」
奏がいつもの軽口を叩く。
「うるせぇ」
蒼真はジャケットを椅子へ放り投げる。
「で、内容は」
その一言で空気が切り替わる。
さっきまで騒いでいた奏も口を閉じた。
律がモニターを操作する。
地下構造図の赤く点滅するエリア。
「旧地下開発区域です」
「現在、武装勢力が立て籠もり中。地下作業員と一般人含め、10名程度取り残されていると報告が」
「警察特殊部隊が地上制圧を開始。ただし——」
律が一瞬だけ言葉を切る。
「地下の老朽化が酷いです」
その瞬間、白石の表情が少しだけ変わった。
「……崩れるな」
「可能性は高いです」
隊室が静かになる。
地下。
老朽化。
閉鎖空間。
第一が一番嫌う条件だった。
蒼真はモニターを見つめたまま動かない。
「隊長?」
奏の声に数秒遅れて、蒼真は視線を上げた。
「……制圧は第二と警察に任せる」
「第一は地下救助優先」
「白石、医療動線確保」
「了解」
「雨宮、先行索敵」
「了解」
「奏、律は俺と潜る」
「はいっ!」
蓮はそのやり取りを黙って聞いていた。
「蓮、後方支援、現場拠点で警察と連携頼む」
「わかった」
そして小さく口を開く。
「蒼真」
「……なんだ」
「珍しく静かだな」
短い沈黙のあと蒼真は小さく鼻で笑った。
「別に」
嘘だと蓮には分かってしまう。
蒼真の様子に何となく違和感を感じたが、それ以上は聞かなかった。
「第一特務遊撃隊」
蒼真の低い声で部屋の空気が張る。
蓮は蒼真の隣へ並んだ。
三年振りに戻ったその位置へ、何の違和感もなく。
並び立つ二人の首元にはドックタグが鈍く光っていた。
蒼真は全員を見渡す。
そしていつも通り、短く言った。
「全員、帰すぞ」
その一言で。
第一特務遊撃隊が動き出す。




