第6話 鍋
読んでいただきありがとうございます。
私も鍋料理は好きです、特にアンコウは毎日食べてもいいくらい好き。
秋も深まってきました。
ナダさんのアトリエ兼住居であるこの大きくて立派なログハウスにも本格的に紅葉の季節がやってきました。
ログハウスの周りでも風に吹かれて赤い大きな落ち葉が舞い降りてまいります。
おかげで掃除が大変だ。
玄関先の落ち葉を箒で掃き集めていると、時折足元を小さな風がクルクルと、せっかく集めた落ち葉を撒き散らかしていきます。
北風小僧がやってくるのはもう少し先ですが、今日は寒いです。
こういう日は、お鍋にしたいな。
暖炉の灯が柔らかく灯る暖かいリビングであったかいお鍋を囲む、何鍋がいいかな、肉もいいなぁ、でも旬の魚も美味しいだろうな、すっかり味のしみた白菜と火を通しすぎないお魚を取り分けてあげよう、くるみさんが可愛くハフハフと頬張る、サクラさんには少し冷ましてあげないといけないから、ふうふうしてあげようかな、ナダさんは熱燗もつけてあげると喜んでくれる、〆はおじやかなうどんもいいな、あぁー素敵な一家団欒だぁ、炬燵あったかしら、無かったらお願いすれば買ってくれるかな?
「炬燵でお鍋、いいですねぇ、わたしもご一緒したいです」
突然後ろに立たれて声を掛けられた。
「うわぁぁっ‼」
何の気配もなく近付いたので、持っていた箒を放り投げてしまうくらい驚いて声を上げてしまったじゃないですか。
「そこまで驚かれるとさすがの私も落ち込んでしまいます、こう見えて人畜無害で優しさの権化と呼ばれているのがわたしの唯一の自慢なのに」
さりげなく和服姿の芝さんだった、この近くにギャラリーを構えるオーナーさんだ、でもただの画商さんではない事を俺は知っている、なにしろライン感覚で手紙のかわりに矢を放つ人だから。
「こ、こんにちは芝さん、急に後ろに立たれたから驚きましたよ……」
心臓がまだドッドドと喚いている、俺はひと呼吸置いて気を静める。
「ナダさんは、今日は御在宅かな、先日はたいそう驚かれたことでしょう、なにしろ前代未聞の衝撃的な経験をなされたみたいですし、もともとの原因は私の説明不足からくるんでしたよね、本当に申し訳ありません、ご迷惑をおかけいたしました」
淡々と話す芝さん、この人、表情筋をあまり動かさずに話をする人なんだ、しかも無表情というよりも少し困り顔で愛嬌のあるお面をかぶって話しているみたいだ、それが地味に面白い。
「いえ、あの時は驚きましたけど、もう大丈夫です。ナダさんは家に居ますよ」
「そうですか、それは何よりです、ナダさんも安心されたことでしょう、では早速お邪魔させていただきましょう、今日は是非お聞きしていただきたい情報をお持ちしましたので」
両腕を前で揃えて小股で静かに、そそそと言った効果音が似合いそうな歩き方をする、遠慮のない慣れた仕草で玄関へと進んでいった。
そういえば芝さん今日は手ぶらだ、新たないわくつきの絵を持ってきたわけじゃないんだ。
すると芝さんは足を止めて俺に振り返った。
「わたしが持ってくる絵をそんなに楽しみにしていたのですか、今のところはまだ無いのですが、見つけ次第いつでも持ってきてあげましょうね」
……心臓が飛びあがりそうに怖いのは遠慮したいが、ナダさんの話にあったしゃべるひまわりの絵は見てみたかったな。
芝さんが玄関に立って一声かけるとすぐにアトリエにいたナダさんが出てきた。
「おう、何だお前か、今日はどんな物騒なもん持ってきたんだ?」
ゆったりしたスウェット姿のナダさんは、口ぶりこそぶっきらぼうだが、表情は穏やかだ、芝さんとの仲の良さが窺える。
「お鍋を御馳走になりに来ました、今日はお鍋にするそうなので」
「は?」
誰もまだ鍋にするとは言ってない、鍋の季節だなーって思っただけで。
芝さんなりのジョークのつもりだったんだろう、俺が横で首をブルブル振りながらそう言い訳したのだが、ナダさんも「鍋かぁ、そういえば長いこと食ってねぇなぁ」と言い出したから、今夜は鍋にすることになった。
では、今日は少し奮発していい食材を買って来よう。
「大きい土鍋と卓上ガスコンロってあります?あと、炬燵があれば最高なのですが」
「ねぇな」
ホームセンターにも立ち寄ろう。ナダさんの大きな車を借りれば余裕で積める。
俺があれこれ鍋セットと大きい炬燵セットをどっさり買い込んで戻ってくると、リビングに全員集まっていた。
コーヒーカップ片手に芝さんを中心に和やかに話が盛り上がっているようだった。
車から荷物を運び出し、炬燵を組み立てるのはナダさんがやってくれた、広いリビング、そこに炬燵を置くこと自体造作も無い事。
「トド、なにかてつだうよ」
俺はキッチンに立って野菜を切っていると。サクラさんが来た。
サクラさんは絵の中から飛び出してきた女の子、ちょっと絵の具の香りがするだけで、見た目も感触も普通の女の子と変わりはない普通の女の子だ、水に濡れても多少は大丈夫なようにナダさんが防水加工をしてくれたからご飯は普通に食べるし飲み物も大丈夫ではあるが、火に当たると簡単に燃えてしまうんじゃないだろうかとの不安はあるし、修復能力は人より弱いんじゃないかなとはナダさんの見解だった。もし切り傷を作ったら、糊でくっ付くんだろうか……。
だから台所仕事は気を遣う、でも手伝ってくれる気持ちはすごく嬉しい、ここは無難な作業をやってもらおう。
「ありがとう、じゃぁあそこの食器を運んでくれる?」
「はぁい」
サクラさんは、組み終わった炬燵に早速座り込んでいる連中の元に、人数分のとんすいとお箸やレンゲなどをせっせと運んでいる、
「はい、どうぞ」
サクラさんは享年十七歳で高校の制服を着ているが、小柄で百四十センチに満たない身長のせいか、見た目は小学生だ、会話の内容も簡単なものだし、舌足らずな喋り方のせいもあるかと思うが、中身もまだまだ幼いかもしれない。
だから一生懸命お手伝いをしてくれる姿がけなげでかわいい。
ナダさんの熱燗も温まり、準備も整ったところで鍋パの始まり。
ふたを開けると、ぐつぐつといい音を立てて色とりどりの具が美味しそうに煮えている。
今日は今が旬のあんこう鍋にした、ちゃんと肝を空炒りして特製の出汁に加えたからきっと美味しいはず。
出汁のうまみをこれでもかと吸い込んだ白菜、十字に切り込みを入れた椎茸、青味の水菜、花形に切った赤い人参、つやつやのマロニーちゃん、キレキレダンスを踊る白い豆腐。
皆もそれぞれ思い思いの具をとんすいに取り美味しそうに頬張っている。
至福の時だ。
芝さんが一番食べているような気がするけど、まだたくさんあるからいっぱい食べてほしい。
くるみさんがサクラさんの分のアンコウをほぐしてあげてフーフーしてあげている、冷めたアンコウを小さなお口に運んで「美味しい?」「うん、おいしい」と言いあう二人、まるで親子のようなくるみさんとさくらさん、そしてその様子を目を細めて見つめるナダさん。
この二人恋人のようで、でももしそうじゃないとしても、何かただ事ではない秘密を持っているんだろうな、俺なんかが入る隙も無いくらいに……。
〆のおじやまで綺麗に平らげて、デザートのリンゴも食べ終わり、片付けも済ませ、しばし歓談の時間、テレビを付けるとニュース番組をやっていた。
「あら、これトド君じゃない?」
くるみさんが画面を指さした。
何で俺がテレビに⁉と驚いていると。俺がこの間勤めていた本屋が映っていた。
アナウンサーの後ろに、スマホの投稿画面らしき映像が映る、顔は隠されているけれど俺だと解る店員と、同じように顔は隠されているけれどお客だった妊婦さんの姿と、床に倒れている何の修正も施されていない男性と、体半分だけ映っている派手なシャツはナダさんだ。
どうやらあの万引き事件の時、たまたまあそこに居合わせた客の一人が、事の一部始終をこっそり映像に収めて、それをSNSに投稿していたらしい。
県会議員の家族が絡んだスキャンダラスな映像だ、炎上するのも早い。
このガキが捕まるところから始まって、ドアの向こうに消えた店長やこの子の母親の会話まで全部綺麗に撮れていて、字幕付が付いているおかげもあってヒステリック母の声がはっきりと漏れ聞こえてきた、 どんだけ声の大きいオバさんだったのか。
ヒステリック母が息子を連れて無罪放免で出て行くところで、この映像は終わっているのだが、なぜこの映像が今ニュースで取りざたされているのか理由が分かった。
あの店長が死んだのだ。
きっかけはもちろんこの広まったSNS、それを見た一般市民の攻撃はこの県会議員一家だけにとどまらず、この書店にも及んでしまった。
店の前には誹謗中傷や、店万引き大歓迎!と書かれた張り紙がっ勝手に張られたり、抗議の電話などの嫌がらせが続いたり、オレらを捕まえるってんならあの息子も捕まえろよな~と屁理屈をこねながら堂々と行われる万引き、普段から少なかった客がさらにいなくなり閑古鳥状態。
挙句店は閉店の危機に追い込まれ、ノイローゼ気味になった店長は店の中で首を吊ってしまったのだとアナウンサーは伝えていた。
気の毒としか思えない。
あの時は、店長に対して恨みつらみあったけれど、今はただ静かに冥福を祈りたい。
「今は誰でも自由に映像を撮れる時代なのねぇ、怖いわねぇ」
「うん、こわいこわい」
くるみさんがまるで、時代に取り残された人みたいに言っているよ。つられてサクラさんもくるみさんをまねている。
そういえばくるみさんは携帯もスマホも持っていないんだよな、不便は無いのかな、家には備え付けの電話があるけれど、スマホを持っているのはナダさんと俺だけだ。
「芝さんは何で電話とかスマホを持たないんですか?」
そう、この人は固定電話すら無いというのだ。
「電話ですか?そのような恐ろしい物、わたしには扱えませんよ」
恐ろしいって何だ、受話器からお化けが出てきたり、しゃべれば吸い込まれるとか思っているのか?
「芝さんは昔から機械が嫌いでしたものね」
そう言うくるみさんだってスマホ持っていないでしょうが。
「そんなもの持たなくとも、以前はのろしで十分連絡はとれていましたからね」
「のろし⁉」
のろし。火を焚いて煙を立たせることで、遠くからでも現在地が分かるというあれ。
あれで何がどうわかるというのか?
「芝さんののろしはその辺の焚火とはわけが違うんだよ」
「どう違うので?」
「のろしを見て、大体の内容が解る、今日何時に行きますとか、展示会の打ち合わせとか、あとはギャラリー芝の宣伝やら、ちょっとした世間話ものろしで済ます時もあったな」
それは凄い、何がどうすごいのか解らんが、そんなのろしを焚く芝さんも、それを読み取るナダさんも。
「わたしはのろしの方が便利でいいんですが、最近は焚火とのろしの区別がつかない人が多いですから、ご近所さんに怒られるんですよ、町内会長さんにもいくら言っても理解してもらえない」
「それは町内会長さんが普通の人間だからですよ」
だから直接出向いたり矢を射らなくちゃいけなくなりました、と芝さんが当たり前のように言う。
「ナダさんはすぐにわたしの、のろしの技術を覚えてくださったのに、他の人は全く覚えようとしてくれない、最近の人間は根性がなくて困ります」
町内会長さんにも教えようとしたのか?
「でもさぁ、ナダさんとは連絡が取れるからいいとして、他の人たちとはどうやって連絡とってるのさ、電話が無いとギャラリー芝としてはやっぱ困るんじゃね?」
画商をやっているのなら、連絡手段は絶対必要だろう、のろしや弓矢以外の方法で。
俺の疑問に芝さんは、自信満々に言った。
「その時はその時です、何とかなります」
ほんとかいな。
「よしっ、今日はここでお開き、明日に備えて早く寝よう!」
ナダさんが膝を叩いて立ち上がった、時計はもう、よい子は寝る時間になっていた。
お開きなのはわかるが、明日に備えろとは?
「明日、温泉に入りに行くぞ!」
「はぁ?」
それは俺が鍋パーティセットを買いに行って留守にしていた時の話、芝さんが一通の手紙を出してきた、芝さんの古い友人からだった。
そこには、彼の住む村に異変が起きたこと、そしてそのせいで山に封じ込められていたという大グモの封印が説かれてしまった事、大グモが暴れだすと以前のようなとんでもないことが起こる。などと書かれていたらしい。
芝さんの友人って何者、仙人なのか?
で、その話をナダさんに持ちかけて、ナダさんはその山に行こうというのか。
「ナダさんって、クモ退治もするんですか」
「あぁ、今回はな、ちょっと訳ありなんだ」
「訳アリ」
壁に白アリ、大クモに訳アリ。
害虫退治なら業者に任せればいいのに、ナダさんを頼ってきたという事はただ事じゃない事態だ。
「俺なんかが付いて行っていいんですか?」
「嫌なら留守番していていいんだぜ?」
クモ退治ならナダさんだけでいいのにと思うのだが、なぜかくるみさんも一緒に行くと言っている。ナダさんが反対しないとこを見ると何か理由があるのだろう。
くるみさんが行くと言っているのに、俺が家でのほほんと過ごすわけにはいかない、ここは男の意地だ、俺も一緒に行かなければ!
だとすればサクラさんを家に一人残しておくわけにはいかない。
「心配するな、大グモを退治するのは俺だけで十分だ、お前らはゆっくり温泉につかっていればいい」
そうは言っても、俺も巻き込まれるんだろうな。




