第5話 月
読んでくださってありがとうございます。
頑張って書きました。
ナースセンターで錦灘氏が要件を告げると、話はすでに通っているようで、すぐに奥へと通された。
そこは医師や看護師が休憩できるようなスペース、そこに一人の医師が俺たちを待っていた。
少しメタボが気になるような体格の、立花さんという優しそうな人だった。この人がサクラさんの主治医だという。
錦灘氏はチンピラなビジュアルなのに、恐れられる事も無く温かく迎えてくれた。
診察してもらう時に座るような丸い椅子が用意されてあった、俺たちはそこに座る。
「そうですか、あの絵はあなたたちが引き取ってくれたのですね」
ここへ来た経緯を簡単に説明しただけなのに、あの絵の話をすると嬉しそうに「いい絵でしょう」と言った。
「サクラさんが、仕事場で倒れてこの病院に来た時にはもうほとんど手おくれの状態でした、若いから進行も早かったのでしょうが、ここに来るまで本人もかなり苦しんだと思います」
「手遅れ?」
「悪性のリンパ腫でした、血液の癌です」
「癌……」
殴り殺されたんじゃないんだ。
「暴力を受けたことは直接の原因じゃないですね」
うわ、また思ったことを口に出していた。
「検査して、すぐ入院しなくてはと言ったのですが、最初は彼女から断ってきました」
「断る――金銭的なものが大きかったのでしょうか?」
「それが一番あったと思います、何しろ健康保険を持っていなかったですからね」
だから、笹島夫婦に来てもらい、話をさせてもらって、やっと入院できる運びにはなったという。
「あの夫婦が入院させてくれたんですか?」
何だよ、なんだかんだ言いながら、やっぱ姪っ子が大変な時にはちゃんと助けてくれるんじゃないか、そりゃそうだよな。
俺が感心していると、立花医師は少し苦い表情になって。
「いや、それが、あのまま家で死なれると後々面倒な事にもなりかねないとか言って」
――はい?
どれくらいの入院するのかとか、入院費はいくらかかるのかとか、あまり金のかかる治療は避けてくれとかそんな事ばかり気にして、サクラさんの病状を気遣うそぶりすら無かったそうだ。
ものすごい勢いで前言撤回。
そこまで言うか普通、なんて酷い奴らだ。
説明が終わって帰る時も、どこまで面倒掛ければ気が済むんだとか、散々文句ばかり言ってましたよ、挙句に「でもどうせすぐ死ぬんだし」と言っていたのも聞こえたとの事。
それ以来あの夫婦は一度も顔を見せなかったという。
「まぁ、来たところで、周りも不愉快な思いをするだけですし、来なくてよかったです」
温和な立花医師にそこまで言わせるとは、どんだけ。
俺は思った、あとで錦灘氏にお願いして、タチの悪いお化けたちをもっと送り込んでもらおう、何なら総動員して最強のホーンデットマンションにしてやってもいいぞ、俺が許可する!
「さっき、仕事場で倒れたとおっしゃいましたが、それはどういう?」
錦灘氏の質問に立花医師は。
「仕事、と言うか、アルバイトでしょうね、コンビニの制服を着ていました」
搬送された時間も平日の昼間だという、やっぱりサクラさんは高校には行っていないという事なのか。
「でもあの絵のサクラさんは、高校の制服を着ていましたよね」
「そうなんですよね」
立花医師は知っている、あの絵を描いた人を――
「憧れていたんでしょう」
憧れ……高校に行きたくても行けなかった、だからせめて絵の中だけでも、と。
なんとも切ない。
コンビニでバイトをしていたという事は、もしかしたらその制服を着た生徒たちも買い物に来たかもしれない、可愛い制服に身を包むのが当たり前のような顔で楽しそうにお菓子やジュースを選ぶ女子たち、そんな時彼女はどんな思いでレジを打っていたのだろう。
「でもサクラさんは、入院している時も、いつも笑顔で辛い治療にも耐えていましたね、治療と言っても私達にできる事は何もありませんでしたが」
病気の進行を少しでも遅らせて、痛みを和らげてあげるしか、と悲しそうに言う立花医師。
「それでも往診に来た僕や、ナースたちにいつも感謝の気持ちを伝えてくれたり、自分だって辛いはずなのに同室の患者さんの背中をさすってあげていたり、これから手術だという人にやさしく励ましていたり」
あの絵のサクラさんを思い浮かべると、その様子が容易に想像できた。
「小児科の子供たちにも優しくて、絵本を読んであげたり、絵を描いてあげたりして、子どもたちからもとてもよく慕われていました」
「芯の強い子だったんですね」
錦灘氏が言う、優しくていい子だけじゃないんだ、ちょっと境遇が悪いからといってすぐにグレるとか言っている俺は、彼女の足元にも及ばない。
「子供たちに描いてあげた絵が、とても上手だったもので、色々話をするうちに絵が好きで、特に油絵が好きだという事が分かりましてね」
中学の時美術の授業でやったきりなんですけど、すごく素敵だなって思ったそうで、でも部活に入れるほど余裕も無かったからと彼女は言う。
部活のための画材費すら出してくれなかった、ここでも彼女に立ちはだかる叔父叔母非人道夫婦。
横で錦灘氏の肩が静かに震えている、絵が好きなのに、思うように書けない辛さは、人一倍理解しているに違いない。絵心の無い俺だって怒りがこみあげてくる。
「だからみんなで協力して、揃えてあげました、画材一式」
――あぁぁ。
「最初はびっくりしていましたけど、すごく喜んでくれましてね」
立花医師は楽しそうに話してくれた、新しい絵の具に新しい絵筆、綺麗なカンバス。
今まで辛いことだらけだった彼女、どんな小さな願いでも出来る限り叶えてあげたい。
それから絵を描き始めたサクラさん、最初は椅子に座っていたのが、だんだんと辛くなってきたら、ベッドに座ったまま描けるようにと、特製のカンバス台を作ってあげた。
「いやぁ、俺はただ日曜大工が得意なだけで」 材料を調達して、トンカンしてくれた医師が照れながら言った。
絵の具が足りなくなったら、買いに行ってあげた。
「私も趣味で絵を描いているからね、画材の事は任せて頂戴!」明るい看護士が胸を張った。
「絵を描いている時のサクラさんは本当に生き生きして、とても楽しそうでした」
みんなで絵が完成するのを楽しみにしていたんです、お祝いしてあげようって、計画まで立てていました。
「なのに……」
――なのに、なんですね。
「絵は完成したのですが、私たちの計画が実行されることは叶いませんでした、それが残念でなりません」
窓の外はいい天気、青い空に白い雲が気持ちよさそうに浮かんでいる。
「あの日はまだ、今日よりもっと暑い日でしたね」
独り言のようにそうつぶやく。
「自分の持てる力をすべて出し切ったかのような最後でした」
「そうでしたか……」
錦灘氏もゆっくりと息を吐いた。
時間というのは、ゆっくりだけど静かに残酷に過ぎてゆく、俺はただ頭を下げる事しかできなかった、もう言葉が出てこない。
これまでの彼女の人生を想うと涙が出そうになった、まだ若いのに、今まで辛い事ばっかりだったのに、でも最後はみんなのやさしさに触れて、少しは救われただろうか。
いや、彼女なら知っていたはず、世界はこんなつらい事ばかりじゃないと。
人並みの平凡な幸せとはかけ離れた人生を呪った日もあったかもしれない、でもどこかで何か暖かいものを感じ取れることもあって、その何かを信じていたからこそ芯の強いやさしい人になれたんだと思う。そしてそれはやっぱりあって。
でもできる事なら違うカタチで、病気じゃなくて、生きて元気でいてずっと変わらず触れていてほしかった。
「サクラさんが亡くなった後、病室の片付けに来たあの夫婦に、絵を持って帰られてしまいましてね、残念に思っていたのですが、良かった」
俺はもう涙が後から後から溢れてきて止まらないまま先生にお礼を言っていた。
錦灘氏はそんな俺の頭をポンポンしながら「一つ聞いてもいいですか」と立花医師に聞く。
「先生は、サクラさんはあの絵に、どんな想いを込めていたのだと思われますか?」
「想い、ですか……」
立花医師はしばらく考えてから。
「どうなんでしょう、感謝の気持ち――だけではないかもしれませんね」
立花医師は静かに目を伏せて、彼女の姿を細かく思い浮かべているようだった。
「あの子はいつも、誰かの役に立ちたい、何かをしてあげたいと考えていたようなので……」
そう言った立花医師の眼はとても優しい。
「誰かの役に」
錦灘氏は立花医師の言葉をかみしめるように繰り返した。そして真っすぐ立花医師を見て。
「あの絵は、ギャラリー芝を通して、この病院に寄贈してもいいかなとも考えたのですが」
「ええぇ⁉」
びっくりした、何を考えているのですか、あの絵をですか、あのサクラさんごとですか⁉
しかし錦灘氏は変わらず笑顔で。
「しかし、あの絵を、あの絵のサクラさんが必要としている人がいるので、それは許してもらえますか」
「構いませんよ、それがサクラさんの望みなら」
立花医師は、最後にと、木目のアタッシュケースを出してきた。中を開くと油絵具のセットが入っていた。
「サクラさんが使っていたものです」
絵の具は中身が少なくなっていたり、筆やパレットも少し汚れが付いていたりと使った形跡はあるけれど、全体に綺麗で道具も几帳面にそろえられていた、サクラさんの性格が窺える。
「これはあなたが持っていてください」
「いいんですか?」
託された錦灘氏も驚きが隠せないようだ、見るからに高そうな道具セットだし、それにもし今後油絵好きな患者が現れた時のためにも。と思ったが。
「その時はまた、その子のために揃えてあげますよ」
立花医師は最後まで笑顔だった。
ログハウスに戻ってきた。
リビングではソファーに座って編み物をしているくるみさんと、サクラさんは床にうつぶせてスケッチブックにクレヨンで絵を描いていた。
「おかえりなさい」
ふんわりした笑顔で出迎えるくるみさんに思う事はあったが、帰りの車中で、錦灘氏から病院で黒いくるみさんに会ったことを本人に話すなと、固く口留めされた。
「ただいまです」
だから俺は何事も無かったように振舞う。
サクラさんは、相変わらず何も言わずにっこり微笑んだ、可愛い。
錦灘氏は、くるみさんと向かい合うようにどっしりと座って、今までの話を聞かせてあげた。
「そんな事がこの子にあったのね」
「正確にはこの絵を描いた笹島サクラと言う少女の話だがな」
この子はそんなサクラさんの絵からあふれ出した彼女の想いが偶像化したものだと錦灘氏は説明するが、俺にはよく解らない、でも一つだけ言えることは。
「どうだ、それでもまだ怖いか?」
錦灘氏の言葉に俺は首を横に振る。
ましてや除霊するなんてとんでもない、サクラさんは死んだんじゃない、魂がここに宿っているんだ。
「俺は最初、こいつはサクラの心残りだと思ったんだが、案外そうでもなさそうだ」
人から愛される事を知らずに育った少女だけど、誰かを愛したい誰かの役に立ちたい、その想いをすべてこの絵に込めた。
「だから、この子は、こんなにも楽しそうなのね」
絵は、リビングの壁に飾られた。地べたに置いておくなんて可哀そうだ。
しばらくその絵を見ていた錦灘氏は、何か思う事があったのだろう、サクラさんの画材セットを取り出してきて、中身を物色し始めた。
「……ここの色はサーモンピンクか、影の部分に少しだけ淡く濃い色にしてあるだけで陰影はあんまり付けてねぇから清楚なイメージが強くなるんだな……」
と、何やら唱えながら絵の具をパレットで調合している。
「ちょっと失礼するぞ」
そう言って錦灘氏は、あろうことかサクラさんの絵に、絵の具の付いた絵筆を乗せていった。
「えぇ、ちょっ、いいんですかそんな事やって!」
完成した人の絵に、しかもいわくつきの絵に、これってとんでもないことになるんじゃないですか!と俺が止めるのも聞かず、錦灘氏は筆を進める。
「よし、これでどうだ」
描きあがったのだろう、錦灘氏は絵筆を置いて、俺やくるみさんにではなく、サクラさんに振り返った。
意味が解らず、少しきょとんとしていたサクラさんだったが、修正が施された絵を見て、驚いたように目を見開いたが、すぐに破顔した。
絵に描かれたサクラさんの唇が、すまし顔で閉じられていたその唇が、微笑むように少し開いている。
その絵を見たサクラさんの体が、微妙に震えだした、いったい何がどうなってるのかと思いながら見ていると、その小さい口元がかすかに開いた。
そしてゆっくりと動き出す。
「……ト、ド……」
すげぇ、マジか、しゃべった!しかも俺⁉
普通の少女の発する声と何ら変わりない、可愛い声だった。
声帯が呼び起こされて動き出したのだ、錦灘氏のおかげで。
「ト、ド……おは、よ」
サクラさんのダークブラウンに輝く綺麗な瞳に俺が映っているのが見えた。
「お――おぉ……」
もう俺の方が声にならなかった。
朝、俺が絵に向かっておはようって言ったから、サクラさんもおはようって言いたかったんだね、涙でぐしょぐしょになりながらだけど俺だって頑張って言うぞ。
「おはよう、サクラさん」
家族が増えた。
今夜はごちそうだ、サクラさんも好き嫌いは言わないタイプらしい、何でもおいしく食べてくれた、嬉しい。
夜も更けて、部屋は三つしかないが、流石に俺と同じ部屋はまずかろうということで、くるみさんの部屋で寝ることになった、錦灘氏が明日サクラさん用のベッドを買いにつれて行ってくれる。
くるみさんとサクラさんが部屋に戻って行ったあと、いつものようにさっさと自室に戻るかアトリエに籠るはずの錦灘氏がリビングに戻ってきた。
俺はまだ食器の片づけをしていると、何をするでもなくリビングのソファーに座り、テレビをつけてくつろぎ始めた、俺を待っているような気がする、何だろうと思いながら夕食の後片付けをしていたけれど、やっぱり終わった俺に声をかけてきた。
「トド、ちょっとツラかせや」
うわ、何だ⁉
チンピラに拉致られる、怖い怖いと思いながら、アトリエに向かう錦灘氏の後を追う。
錦灘氏のアトリエ、この広いログハウスの半分以上をこの敷地が占める、広い部屋だが使用前や使用済みのカンバス、事務所にあるような引き出しのたくさんついた収納ボックスや大小様々な物が治まりそうな棚の存在を無視して乱雑に散らばった色とりどりな画材や道具たち、なかにはスコップや脚立など、一見絵画とは関係なさそうなものまでごちゃごちゃと置いてあるし、変なオブジェまである、俺が入るのを許されるのは掃除のときだけ、それも画材や細かい道具には一切触れないという前提で。
木の素材を生かした壁に、床は大理石柄のタイルが敷かれている、これだと丈夫だし汚れも落ちやすいので掃除はしやすい、これでもう少し整理整頓してくれればといつも思う。
そんなアトリエに、今日は仕事抜きで入った。
大きな掃き出し窓の上に、光を取り入れるためのはめ殺しの窓があり、そこに青くて丸い月が映っていた。
「きれー」
窓枠が額縁になって、まるで絵画のようだ、思わず声がもれる。
「なぁトド」
月を見上げている俺に、後ろからゆっくりと近付いてきたナダさんの大きな暖かい手が両肩に触れた。
静かな薄暗いアトリエに、錦灘氏の声が耳元から響く。
「抱かれてみねぇか」
「 ――は?」
錦灘氏の言葉の意味を理解するまで約三十秒。
「この月のせいで今、創作意欲が湧いてきてるんだわ、協力してくれ」
「え」
び――っくりした……、ホントびっくりした。
つまりは、この綺麗な月の下で、将来は世界に名をはせんとする芸術家錦灘龍市画伯のモデルをしろと、そういうことね。
「モデルをやる人にはいつもそうやって口説いてるんですか⁉」
びっくりした反動で、ぷりぷり怒りながら錦灘氏の指示で服を脱ぐ俺に「雰囲気は出たじゃないか」と悪びれる様子も無い。
窓の下には、俺が座る用にと、四角い黒い木の椅子が用意された。
そこに上半身裸ジーンズ姿の俺が座るのだ、ただ座るわけではない、錦灘氏から細かいポーズの指示が出る。
椅子の背もたれを前にまたいで座り、腕を組んで背もたれに乗せ、その手の甲におでこを付けるという、一見何かに悩んでいるような、どこかアンニュイな若者像が出来上がった。
照明は必要なだけに落とされ、蒼白い月の灯が俺を照らす――なるほど、月に抱かれる、か――芸術だなぁ、こういうの好きだ。
錦灘氏はこれをどんな作品に仕上げてくれるのかな、楽しみだ。
そんな俺の姿をカンバスに収めていくカリカリと言う音だけが聞こえてくる。
静かな夜だ。
俺は薄暗い中、自分の引き締まった腹を見ながらじっとしている。どれくらいじっとしていればいいんだろう。暖房が効いているので寒く無いのはありがたい。
「今日は、色々あって疲れただろ」
錦灘氏が話しかけてきた、もちろんカリカリの音は止まっていない。
「え、あっ、はい……」
そうだ、今日はびっくりしたことがいっぱいあったよな、心臓が飛び出るほど驚いたし、今まで経験したことのない出来事の連続だった、いっぱい怒ったり泣いたり、感情も忙しい一日だった。
「俺たちが、こういうタイプの人間だと、黙っていて悪かったな」
「そう、ですね……」
確かに、絵から人が出てきたり、幽霊が見えるからと五鈷杵を持ち歩いていたり、ラインの送信感覚で矢を放つ人というのを初めて見た。
「教えてくれたとしても実際この目で見るまでは信じられそうになかったですし」
「そうだよな、話をしても気のおかしい奴だと思われて、逃げられるかと思ったしな」
「そんなに、家政夫が必要だったんですか?」
「……まぁ、そんなところかな」
今の間は何だったんだ、でもまだ何か隠してることありそうだよな、例えば。
「くるみさんの事とか、聞きたいこともまだいっぱいあるんですが、あとサクラさんの事も」
どこまで詮索していいのか解らないけど、聞きたいと思う、病院で見たくるみさんは誰なのかとか、サクラさんはこの先どうなるのかとか。
「サクラは、あのまましばらく様子を見ようと思う、今はいいが一年後はどうなってるのか、十年後は大丈夫なのか、俺にもわからねぇ」
「そうですか、サクラさんは実際には絵ですもんね……でも俺には、サクラさんも皆さんも大切な家族です」
ふふっと、錦灘氏の口から変な息が漏れたのが分かる、照れてるのかな、照れてるんだろうな。
「くるみの事は……ありがとな、昼間見た事を黙っていてくれて」
「いや、それは……」
錦灘氏に初めて礼を言われた気がする。それもちょっとびっくりした。
「くるみの事は、お前を信用していない訳じゃねぇけど、その時が来たらちゃんと話してやる。今は何を聞いても驚かねぇようにいろいろ経験して心の準備をしておけ」
「これからも、オカルト要素がいっぱい起こるってことですか?」
「そうかもしれねぇ、だがお前は何も心配するな、そっちの世界の事は全部俺が何とかする、お前は家政夫の仕事をしっかりやってくれればいい」
頼もしいお言葉だ。でもそれを聞いて完全に安心できない俺が居た、また今日みたいに驚かされる出来事がいっぱい起こるんだろうな、そんでもって俺も巻き込まれるんだろうな。
「あぁ、巻き込んじまうだろうな、その時は許せ」
「――また俺口に出しちゃってましたか」
「あぁ、でけぇ独り言だよな、思わず返しちまった」
そういえば俺がまだガキの頃「俺の考えてることが全部わかるお前は超能力者なのか?」と本気で友達に問いただした事があったな、そいつも調子に乗って「うんオレ超能力者!」って言ったものだから俺も「うわぁすげぇ!」ってなった。本気であいつすげぇって思ったものだったが、何の事は無い、俺が全部無意識にしゃべっていたんだ。何が超能力者だふざけんな。
「テレパシーって、使えます?」
「俺か、それは専門外だな」
「スピチュアルはエスパーを超えられないんですか?」
「……難しい事を聞く奴だな、何をもって超能力というかは知らねぇが、俺は幽霊は見えるが、触ってもいないものを動かしたり、空を飛んだり瞬間移動したり、カードに書かれた記号を当てる事は出来ねぇ」
「俺は何にも出来ないです」
「上手い飯は作れるじゃねぇか、俺やくるみには出来ねぇことだ」
褒められた、嬉しいな。
「じゃぁ、もう一つ聞いていいですか?」
「あぁ、何だ?」
「先生は、くるみさんとは恋人なんですか?」
錦灘氏のカリカリ音が止まった。
俺のこのポーズからだと錦灘氏の様子が見えないのだが、しばしの沈黙。
何だ、聞いちゃいけない事聞いちゃったのかな。もしかして過去の事だったとか、一方的な片思いか、古傷に触ったか、地雷踏んだ、俺死亡フラグ⁉
どうしよう、どうやってこの空気の流れを変えよう、話題を変えようか、昨日スーパーでドジ踏んだ話とか。
どうしようとあれこれ頭をグルグルさせていると、錦灘氏は静かに、でもいつもと変わらない声で言った。
「そんな風に見えていたか?」
「あ、いえ、全然そんな感じじゃない……かった、かも、でも、一緒に住んでいるんだし、二人並ぶと、とってもお似合いかな、とかも思ったりなんかして……ハハッ」
「そんな関係じゃねーよ」
「そう、なんですか?」
何とかごまかして適当に流そうかと思ったら、スパッと切るように否定された。ただの同居人、にしてはさっきの間は何だ。
そして錦灘氏は、何事も無かったかのように、さらりとさりげなく言った。
「俺は女には興味ねぇんだ」
「男が好きなんですか」
だから俺は何も考えずさらりと聞いた。
「あぁ、そうだ」
さらにさらりと返された。
「はぁ⁉」
あまりのさりげなさに驚いて思わず顔を上げてしまった、今日一番の衝撃だったかもしれない。
カンバスの向こうにいる錦灘氏はいつもと変わらないチンピラ錦灘氏だ。
「こら、動くんじゃねぇ!」
怒られて再び元のポーズに戻る。
「マジっすか?」
「おう」
いつもと変わらないトーンで答えてくれた。俺は冗談のつもりで言ったのにあっさり肯定されてしまった、どう突っ込んでいいのか解らない。
錦灘氏はそっち系の人間だったのか、だからくるみさんも安心して同居していたのか、成程。
――……。
成程と納得していいのか俺?
「あぁ、安心しろお前は対象外だ」
手を出したりしねぇよ、と言いながら、楽しそうに俺の裸体をカンバスに収めている。
勿論俺はそんな趣味はありませんし、そんなつもりもありませんから!
第一俺はまだガキだし、大人な錦灘氏と年齢差もあるし、俺の事なんか眼中になくていいです。
しかし錦灘氏はポツリと独り言のように呟く。
「あぁ、でもあと五年違っていりゃぁ、どストレートだったかもしれん、お前意外にいい腹筋してるし、射程距離に入ってもいいんじゃねぇか」
しっかり聞こえてきたよ。
「いや、この程度の年齢差なんて関係ねーよな、俺の好みの顔してるし、有りかもしれねぇ、うん、有りだな」
「何がですか先生!」
「その先生って呼び方は止めろ、龍ちゃんって呼んでくれて構わねぇ」
何だそれ、画家なのだから先生と呼ばせていただいたのだが、確かに錦灘氏に先生という呼び方はビジュアル上どうかとも思ったが、それでもいきなり龍ちゃんは無いだろ。
「……せめてナダさんって呼ばせてください!」
「連れねぇなぁ、今日の泣いてるお前、可愛かったぞ」
可愛いって言われても嬉しくねーよ!
「今日は本当に月が綺麗だ、俺も虎になれそうな気がしてきた」
「もう月はどっかに行っちゃいましたから!」
フフフンと歌うように俺を見るナダさんの笑顔が怖いです、つか眼が色っぽくて本気っぽいです。
「安心しろ俺はテクニックには自信あるんだ」
安心するとこそこじゃねぇ!
ギャァァーっ!幽霊でも誰でもいいから、だれかこの人を止めてくれぇー‼
少しBLっぽくなってしまったかもですが、このお話にBL要素は(ほんの少ししか)ございませんのでご安心を
次回新展開お楽しみに




