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第14話 化身

いよいよ本編のラストまであと少し、頑張れトド君。

 そしていつしか夜も更けてまいりました。


 月も隠れて寝静まった民宿ひなたに近付いてくる黒い影。手には懐中電灯。

 足音を忍ばせていても響いてくるザクザクという足音は二つ。一人は中年小太りの男性もう一人は同じく中年のこっちは細眼鏡。


 坂道を登り切り、玄関へは向かわずに裏の勝手口の方へと回る。室外機が静かに回っている。


 外にはごみの入ったポリバケツが置かれている、中年二人はその近くにしゃがみこんで持ってきた新聞紙を一枚丸めてそこにライターで火をつける。


「なぁに、ちょっと脅かすだけだ」

 そういって火のついた新聞紙をポリバケツの近くへと寄せる。


 熱でポリバケツが黒く焦げ、くにゃりと変形してゆく、その様子をほくそ笑みながら眺めている小太り中年。


 バケツの中のごみに引火した、燃えやすいごみに混じって油物でも入っていたのだろうか火の手が大きくなる。


「も、もういいんじゃないのか……」

 一歩後ろにいた細眼鏡中年が、驚いた様子で小太り中年に声をかけている、ポリバケツの炎上が思った以上に大きくなったのか、小太り中年も、少し焦った様子で「そ、そうだな」とか言っているけれど、この二人火を消すすべを持っていないのか!


 火がひなたの壁に燃え移るとそこから先はもう誰にも止める事は出来ない。何しろここは古い木造の家だ、あっという間に火の手は民宿の中にまで広がって行った。


 転がるように逃げ去ってゆく中年二人。

 すぐそばで、まるで再現ⅤTRを見るように、全部はっきり見させていただきました、あの日の事。これ全て毎日繰り返されるあの日の事実。


「あの人は、ちょくちょくここに来て女将さんに迫っていた人です、でも女将は全く相手にしませんでしたからね、逆恨みしたのかもしれません。自分だって妻子もいるのに――情けない」


 ホント情けない、しかも一人では何もできないらしく連れを連れて来るところも情けない。


 挙句に火の手が大きくなりすぎて、助けるどころか逃げ出してしまうところまで情けない。


 挙句に思い出した。あの沼に落とされたあの記憶の中で、祠にケツをぶつけていたのもこのデブだ。


 はぁ、情けない奴……。なんて言っている場合じゃない。ちょっと脅かすだけのボヤの炎がひなたさんとひよりちゃんの命まで奪ってしまうような恐ろしい炎となって古民家を焼き尽くしてゆく。


 やがて騒ぎを聞きつけた村の人たちが駆け付け、消化が行われ、山への延焼は防ぐことができたが、消火作業をしている人たちの中に、何食わぬ顔で参加しているデブもいたので思わずその顔面にケリを入れてやった。


「いつもならこの辺りで大クモが現れます、だから僕はそこで時間を止めて、朝になればまた今日の朝をくり返すようにしているのです」


 今日はこのまま時間も止めずに、燃え盛る炎の中に俺たちは立つ。少しも熱くない。ひなたさんとひよりちゃんの魂を求めてやってくる大クモを迎え撃つのだ。


 しかし、どこから来るのだ?

 やっぱり上からか!と思い、俺は適当に落ちていた手ごろな鉄パイプを拾い上げて構えながら暗闇を睨みつける、来るなら来い!返り討ちにしてやる……ナダさんが。


「来ましたよ」

 ムカデさんが言う。


「どこに?」

 辺りを見渡すけれど、大クモの姿は何処にも見られない。


「そこだよ」

 サクラさんが俺たちの目線の反対方向を指さしている。その先に目を凝らしては見るものの、その先にはやっぱり暗い闇……。


 いや、いた!来た!


 自分たちが明るい分周りが暗く見える。そんな暗闇の向こうから、丸い赤い光がギラリと光ったかと思うと、俺たちの前にその姿を現した。


「でかっ!」

 見上げるとそこにはぶっくりと丸いボディ、その体から山型にどっしりと生える八本の太い脚、鋭い牙、大きさはそう、象のようなクジラのような、俺の体を抱えて動くことくらい平気なような大きさだ


そしてその目は完全に俺たちを捉えている。


「下がってろ、くるみ!」

 ナダさんが、懐から五鈷杵を取り出して構えている。完全に戦闘態勢に入った。


 くるみさんは、サクラさんをかばうように物陰へと隠れた。俺はとりあえず、ナダさんの邪魔にならないように後方から見守ることにした。


「来やがったな、クモ妖怪!」

 積年の恨みを晴らさんと、吐き出す息の荒いナダさん、今までもチンピラヤクザで怖いと思ったが、今のナダさんは気迫に満ちた凄味がある、眼が完全にイッちゃって無敵の強さを感じる。


 クモ妖怪は完全にナダさんをターゲットと決めたのか、トストスと突進してきた。


 その巨体の攻撃をひらりとかわすナダさん、かわされたクモは、急ブレーキをかけ、すぐに体勢を立て直して再び突進してくる。


 凄い、まるで荒れ狂う牛とそれをかっこよくかわす闘牛士みたいだナダさん頑張れ!


 するとナダさん、持っていた五鈷杵を力強く握りしめると、両端からまるで炎のように光が噴き出した。


 凄い、そんな事も出来るんだ、かっこいいぞナダさん!


 突進してくるクモ妖怪をまるで弄ぶように交わしながら、五鈷杵の光が何度もクモ妖怪のボディを打ち付けた。マウントは完全にナダさんが取っているぞ。


 何度も攻撃をされて、頭に血が上っているのか、それでもなお正面から突っ込んでくるクモ妖怪を、寸前でひらりと飛び越えると、その上空から五鈷杵を構えて「でぃああぁ!」の掛け声とともにクモ妖怪の背中に光の剣を突き刺した。


 しかし、クモ妖怪は体を震わせその剣を跳ね返した。どんだけ装甲が厚いんだよ。


 勢いで跳ね返されたナダさんは、バランスを崩し地面に着地する、その隙をついて、大クモは口から白い糸を吐き出した。その糸はナダさんの右腕を強く打ち付け、勢い持っていた五鈷杵が手から離れ、クモ妖怪の糸に絡み取られる。


 さらにもう一度吐かれた糸は、容赦なくナダさんの体を締め付け空中に持ち上げたかと思うと、強く地面にたたきつけた。


 グハッ、とダメージを受けたナダさんからうめき声が漏れる。

「ナダさんっ‼」


 助けに飛び出そうとした俺にも、クモ妖怪から放たれた糸がしなり、まるで鞭のように俺の足元を打ち付けた。


 大変だ、ナダさんピンチだ。俺もだけど。


 クモ妖怪は倒れているナダさんめがけて、体当たりを仕掛けた、このままではナダさんが危ない。


 その時、何処からともなく一本の矢が飛んできて大クモの目玉に当たった、流石に目玉は急所だろう、クモ妖怪はたまらずのけぞってのたうち回る。


 その隙に俺はナダさんに駆け寄り助け起こして、くるみさんのいる安全な場所に避難させた。


「龍市っ、大丈夫⁉」

「あ、あぁ、大丈夫、なんともねぇ、よ……」


 ちょうどいい感じの瓦礫にもたれかけさせる、口では強気な事を言ってはいるが、全身泥だらけだし、おでこや口から血が流れ出ているし、何より右手二の腕がコートごとバックり割れて、血が溢れ出ている。


 くるみさんが持っていたスカーフを傷口に巻いて応急処置をしているので、出血は何とか大丈夫そうだ。でもこれ以上クモ妖怪と対戦するのは無理だ。


 でも一体これからどうすれば……


 目玉に刺さった矢を、何とかして抜き取ったクモ妖怪は、再びこちらに攻撃を仕掛けてくるだろう、そうなるとひなたさんとひよりちゃんの魂も食われてしまうし、俺たちの命だって危ない。


「トドさん、僕に力を貸してください」

 その時、後ろにいた次郎さんが、座り込んでいた俺の脇を取り、いきなり引っ張り上げて立ち上がらせた。


「うわぁ?」

 ビックリして振り返るとそこにはムカデの姿になった次郎さんがいた、なのに驚く間もなくすごい勢いでいきなりハグされた、何が起こっているのか考える間もなく、いっぱいある脚たちに体を覆われて、そのま体の中に吸い込まれる、まるで自分の体がムカデの体の中に溶けてしまったかのような感覚だった。


 信じられないような光景だった、目線がぐんと上へと昇ってゆき、ナダさんたちと大クモまで見下ろせる。


 何が起こっているのだというのだ!

「トドさんに僕の力を分けてあげます、二人で大クモを倒しましょう」


 ムカデさんの声が俺の頭の中に響いてきた。これはつまり、次郎さんの体と俺の体が一体化したという事か?


 ちょっと待て、いきなりの展開すぎて、思考回路が付いていかない!

「大丈夫です、僕を信じて、あなたならきっと倒せる!」


 いや、そんなこと言われてもいったいどうすれば。


 その時、俺の頭の中に、龍焔寺でのあの和尚の語り部が思い出された。


 あの坂を上った事は修行とまではいかないまでも、けれど俺だってあの寺に行ったんだ、眼下には倒すべき大クモが見える、俺は今、あの寺で修業した竜の化身だ!


 ダンダンダンダン!『我こそは龍焔寺で神の力を得た龍の化身なるぞぉ!この宿の親子に悪を成す妖怪大クモよ覚悟なされぇぇぇ‼』


 燃え盛る炎の中から姿を現すかっこいい竜、ここで一気に火を噴いて大クモをやっつけるのだ!


「無理ですよそんなの」

「えぇっ、何で⁉」

「僕はムカデです、竜じゃないので火は吹けません」


 あ、そっか、つい調子に乗ってしまった。

「じゃぁ、どうすんのさ⁉」

「まずは体当たりしましょう」


「マジで‼」

 俺の意思が付いて行く前にムカデさんは体を丸めて一回転させ、その勢いで大クモの脳天に尻尾を叩きつけた、その衝撃で五鈷杵がクモの糸から外れて、地面に転り滑ってくる。


 うひゃぁ、やるじゃんカッコいい!


 感心している場合じゃない、俺だってかっこいいところを見せなきゃ。


 ナダさんの五鈷杵を拾い上げて構える。

 俺としてはこの腕に握りしめているつもりだが、ムカデに手は無いので口にくわえているのだ。


 うん、それはそれでカッコいいかもしれない。


 体勢を立て直したクモが糸を吐き出してきた、負けるもんか。


 一瞬早く尻尾で防御した。糸が尻尾に巻き付いた、すごい力で引っ張ってくる、でもムカデには足が百本あるんだぞ!


 尻尾の力を振り絞って、逆に糸を引っ張りクモを空高く持ち上げてぶん投げた、ナダさんの仇だ!辺りに地響きと砂ぼこりが舞い上がる。


 すぐに体勢を戻した大クモは砂ぼこりの中から、真っすぐこちらに向かって襲い掛かってきたところを、ひらりと交わす。


 そこを背後からのしかかって体を掴んで、下半身の力で一気に持ち上げそして頭から一気に落とす、くらえ渾身の必殺技、ジャーマンスープレックス!


 決まったぁ‼


 ダメージを受けてヒクヒクしている、とどめを刺すなら今だ。


 全集中すると五鈷杵の両端から炎に似た光が噴き出した、すごい、俺にもできたぞ!


 とどめの一撃!くらえっ、ダブルブレード・ライトセーバぁー‼


 気持ちいいくらいに、ナダさんの五鈷杵がクモ妖怪の柔らかい腹に突き刺さる、その瞬間クモ妖怪の体がまぶしく光り、俺たちの体も包み込んだ――

 


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