第13話 団らん
「感心してる場合じゃねぇ、何でそんな事しやがる、おかげでこの親子の魂はここから抜け出せず毎晩炎に焼かれてんだぞ‼」
ナダさんの怒りのこぶしがテーブルをたたく、恐ろしいほど大きな音が響いた。
「毎晩⁉」
民宿ひなたが火事にあって全焼し、親子は死んでしまう、しかし朝になると何事も無かったかのように、元通りに再現される。しかしそれはムカデ妖怪が見せる幻の光景。そして夜になるとまた火事になって……。
「なんで、そんなひどい事するんですか……」
俺も、怒りと悲しみのまじりあったような軽蔑の目をムカデ妖怪に向けた、いくらこの家を守るためとはいえ、これはあまりにも酷い仕打ちだ。
「貴方たちの怒りはよく解ります、僕だって、この親子を早く天に昇らせてあげたいと思っているんです、でも……」
「でも、何だよ!」
ムカデが勝手に抱いたこの屋敷と母娘への未練なのか、このまま繰り返しているといつかは生き返ると信じているのか!どんな言い訳をしようが、俺は許すつもりは無い。
「ひなたさんとひよりさんの魂が、狙われているんです、大クモ妖怪に」
「は?」
あの火事は、眠っている間に起きた突然の事だったから、ひなたさんもひよりちゃんも、自分たちが死んだことに気付かなくて、しばらくこの地にとどまっていたのです――ムカデ妖怪はあの当時の事を思い出しているのか、辛そうに話し続ける。
「なので、僕が二人を説得して、天に昇るお手伝いをしたのです、ですが、そこに大クモ妖怪が現れて、二人の魂を狙っているのに気付いて、それで……」
人間の魂、特に純粋な乙女の魂を好んで食べる妖怪だったのよね。とは、くるみさんの解説。
最初、くるみさんがこの大クモを退治しようとしたきっかけは、昇天しようと天に昇る魂を片っ端から食べていたからだったそうで。
「僕の手が届いて守れるのにも限界があります、それ以上に高く昇った時、二人の魂は大クモに喰われてしまうんです」
「だから、あの日を繰り返すことで、魂をここにとどめていたのか」
「はい、僕の下でまだ生きていることを装っている間は、クモ妖怪も手は出せませんから」
ムカデさんを許さないとか言ってごめんなさい。
そして俺は知っているかもしれない、大クモの封印が解けたきっかけを。
今日沼の中で見た光景がよみがえる。
民宿ひなたが火事になった、犯人とされた人が、村の連中によって沼に落とされる、その時に誰かのケツが当たって大クモの祠が倒され、封印が解ける。
「結局悪いのは村の奴らだってことか」
でも、犯人とされたあの青白い手の人は犯人じゃない気がする、炎を見ながら親子の事を心配していたし、沼に落とされたことをものすごく恨んでいたし、落とした村人たちを許さないと言っていた、それに村の人たちも犯人だと思うなら突き出すのは警察であって沼じゃない。
するとムカデさんは座ったままの状態から後ろへ一歩下がり、畳に両手をついて頭を下げた。
「どうか、お願いです、あの親子を、ひなたさんとひよりちゃんを、どうか守ってください、無事に天に昇らせてあげてください‼」
おでこまで畳に付けてお願いします!と何度も口にするムカデさん、俺もナダさんを振り返ると、
ナダさんは、素知らぬ方を向いて頬杖をついていた。
「ちょっとナダさん!」
こんな時に何知らん顔してるんですかと言いかけたけれど、ナダさんはちらりとムカデさんを見てから「はーか」と一言。
「てめーに言われなくとも、最初からそのつもりだ」
あ、照れてるんだ。
そう思っただけなのに、「うるせー」と言いながら、ナダさんに頭をわしづかみにされた、痛い。
「とにかく、この宿が奇妙な事になっていた理由はよくわかった、って事は、大クモの野郎は今夜もここに来るって事なんだな?」
「はい、奴は執念深いので、二人の魂を喰らうまで何度でも来ます」
ちょうどその時、ノックの音が聞こえ「失礼いたします」との上品な声とともに部屋のドアが開いた。
ひなたさんだ、ひよりちゃんと一緒に夕飯の支度に来たのだ。
二人は昨日と同じ豪華な夕食を、昨日と同じようにセッティングしてゆく、昨日と同じようにてきぱきと準備を整えてゆく母娘からは、普通の人間と同じ体温を感じる、とても死んでいるとは信じられない。
でも、昨日と違ってここにもう一人増えているのに気にも留める様子はない。ムカデ妖怪の事が見えていないのか、いやもしかすると俺たちのことだってちゃんと見えてはいないのだろう。
すごいな、目の前の料理の数々、これ全部ムカデ妖怪が見せた幻影なんだ。ちゃんと美味しいしおなかもいっぱいになる。
「はい、そこは頑張って本物です」
食べてもいいんだ、大丈夫なんだ、妖怪の力すごい。
「まぁ食え、これが最後の夕飯になるかもしれねぇ」
「はい」
ありがたくいただくことにしよう。
みんな揃って頂きますをして、箸を取る。
あ、ムカデさんの分が無い。
「僕はいいですよ、皆さんで食べてください」
ムカデさんはそう言うけれど、一人だけお預けにして、俺達が食べて良いはずがない。
「ちょっと待っててね、下の厨房でお箸をもらってくるから、よかったら先に食べていてください」
俺は立ち上がり、部屋を出て階段を降りる、一階の厨房までの道のりは凄く静かだった。
俺はまず、フロントから奥に声をかけてみた、返事がない。フロントカウンターのすぐ向かいにひなたさんが居るのに。
俺の方がまるでそこに存在しないかのように、書類を手にパソコンのキーボードで何かを打ち込んでいる。
だから俺はその向こうにある厨房へと入って行った。入り口にはスタッフオンリーと書かれた札が掛けられていたが構わず入って行く。
厨房と言っても、少し古さは感じるものの一般家庭と同じような普通の台所だった。そこではひよりちゃんがシンクで洗い物をしていた、もちろん声をかけても反応は無い、洗い物が終わった頃、横に置かれたポットではお湯が沸いたらしく、ひよりちゃんは急須にお湯を注ぎ二つの湯飲みにお茶を注ぎ入れる、お茶のいい香りが厨房の中に広がった。
「お母さん、お茶が入ったわよ~」
ひよりちゃんのかわいい声が聞こえたのか、むこうから「はーい」というひなたさんの声が返ってくる。
一息つこうと厨房に入って来たひなたさん、テーブルに向かい合って座る二人。
美味しくてほっこりする暖かいお茶と、二人の温かい会話。
普通の家族の、普通な日常。
窓の外はもうすっかり暗くなっていたが、ここは温かい。この暖かい母娘が何であんな目に合わなきゃいけないんだ。
俺はやり切れぬ思いを抱えて、洗い終わった箸と取り皿とか、ムカデさんの分を失敬して部屋に戻ることにした。
先に食べていてと言ったのに、みんなは俺の事を待っていてくれた。
今度こそみんな一緒にいただきますして、豪華な夕食に箸をつける。昨日と変わらない美味しさだったが、今日は格別だった。
今気づいた、昨日矢がぶっ刺さって穴が開いた畳が綺麗になっている、昨日確かに、修復不可能なレベルで畳が大変な事になっていたのに、やっぱり朝が来ると元通りになるんだ。
「ムカデさんは、この家を守るようになったきっかけって、何なんです?」
要求されたご飯のおかわりをナダさんに差し出しながら、ムカデさんに聞いてみた、この人は今人間の姿なのでそうは思わないが、正直ムカデというのは気持ち悪くて忌み嫌われる存在というイメージが強いし、俺も苦手だ。命を救われたと言っていたが、何があったか想像できない。
「はい、僕も生まれてからそれまで、散々嫌われて生きてきました、そんなある日、廊下を這っていたところに、急に目の前が真っ暗になって、人間の足に踏まれそうになったわけなんですが、その直後大きな振動がして、人間の大きな体が見えて、でも僕は無傷で無事だったんです」
押しつぶされて死んでいたかもしれない僕を、この人は身を挺して庇ってくれた、とムカデさんは言った。
それって、廊下を歩いていたらムカデを踏みつけそうになって、慌てて足をどかせたら勢いで転んでしまった、とも考えられるが……?
「正直、素足でムカデは踏みたくねぇな」
ナダさんの言葉を聞いて、唖然とした表情を浮かべたムカデさん、箸から煮物がポロリと落ちる。
「やっぱり、そっちでしたか……」
がっくしとうなだれる、うなだれながら、そうですよねやっぱり僕もそうじゃないかとも思っていたんですが、などと小声でブツブツ言っているよ。
「イヤイヤ、ムカデさんがそう思うならそっちじゃなくていいんですよ、あの時踏まれていたら今のムカデさんはこの世に存在しなかったわけなんだし」
ある意味命の恩人じゃないですか、とフォローしてあげたが、ショックは大きいようだ、いかんいかん、ここは話題を変えて気を紛らわせてあげよう。
「っていうか、ムカデさんって名前はあるんですか?」
「名前……?」
きょとんとされたよ。
「ほら、ムカデというのはその種類の事でしょ、俺や皆にもそれぞれ名前があるから、あなたにも名前があるのかなって」
するとムカデさんは、しばらくの間深く何かを考えていたようだったが、やがて顔を上げ。
「か……」
「か、何?」
「考えた事も無かったです」
なんだそりゃ。
「だって、今まで誰かに名前で呼ばれるなんてことが無かったわけですから」
それもそうか、だったらムカデさんに名前を考えてもらおう。いつまでもムカデ呼びより名前がある方がいい。
「だったら、名前を決めてくださいよ、俺たちになんて呼ばれたいですか?」
「そんな、急に言われましても……」
ムカデさんは、困った様子で俺たちの顔を見ていった、助けを求めているのだろうか、でも大切な自分の名前だ、よく考えてほしい。
「むかでじろう」
すると突然、笑顔のサクラさんが可愛い声を上げた、サクラさんが考えたムカデさんの名前なのか?
「ムカデ次郎?」
「ムカデ次郎……」
「次郎」
よりによってムカデ次郎さんって。苗字がムカデで名前が次郎って事なのか。
「ムカデ次郎……ですか?」
ほうら、ムカデさんも戸惑っているよ、もっとかっこ良い名前にしてあげた方が。
「それが、俺の名前……」
頬を赤らめて、照れくさそうにニヤけているよ、何気に嬉しそうだ、まんざらでも無いみたい。
「自分に名前なんて、持てるなんて思ってもみなかったから、すごく嬉しいです」
満場一致で決まった、ムカデさんはムカデ次郎さん。
美味しい食事も完食し、ごちそうさまがすむと、それぞれの中に静かな緊張感が漂ってくる。
今夜は決戦――。
ナダさんは食べ終わってから、固く腕を組んでじっと静かに目を閉じたままその場を動かない、やがて大きく息を吐きだすとゆっくり眼を開いて次郎さんを見た。
「次郎、お前の戦闘力はどのくらいある?」
ナダさんは、次郎さんも大クモ退治に協力させようというのか、でも強いかもしれない、妖怪だし。
「え、えっと……」
次郎さんは少し驚いた様子で、おどおどと目線を泳がせながら答える。
「ぼ、僕は特に何の力もございません、ただ、元の姿に戻れば、その……少しは……」
それは本当に何の力も無いのだろうか、それともただ遠慮しているのか。
「ムカデに噛まれると痛いです」
俺は正直噛まれたことは無いけれど、噛まれると思い切り痛いと聞く。大クモへの攻撃にも効くかもしれない
「そっか、喧嘩の経験はねぇみたいだな」
ナダさんは、そう言うと膝からゆっくり立ち上がる、その場で来ていた浴衣を脱ぎ始め、引き締まった胸板を見せつける、くるみさんはともかくサクラさんも見ている前で。
そして、赤地に派手な柄のシャツを着る。それがナダさんの戦闘服なのだろう、黒のジーンズを履きながら俺と目が合った時、何か言いたそうな目をしたから、何も言うなここは俺から言おう。
「俺の戦闘能力は0です」
「知ってる、だがお前も着替えろ」
「はい」
俺も浴衣を脱ぐ、ナダさんほどではないけれど、俺だって腹筋は割れているんだ!と見せびらかそうとしたが、いつの間にか、フリルの付いたブーメランパンツをはいていたことに今気が付いた。
骸骨を見た一件の時、どさくさに紛れたナダさんに渡されて履いていたのだった。
「あら、可愛いパンツ」
皆に見られた。
ちきしょう!後で覚えとけよ‼
「くるみ、サクラの事見てやってくれ」
「わかったわ、でも無茶だけはしないでね、気を付けるのよ龍市」
「あぁ……」
二人が見つめあい会話するたびに不思議なオーラを感じる。やっぱりこの二人の間には俺なんか入り難いような、深い絆があるのだろう。
だって、二十五年来の関係――。
ちょっとまて、二十五年⁉なんだそりゃ!
くるみさんは、そのあの時から年を取っていないと言うが、ナダさんは?
そのあの時ナダさん何歳だ!今三十二歳だから――
俺はこの時改めて自分ってなんて無頓着で愚かで馬鹿なんだと思ったよ。
「ナダさん!」
全身から変な汗が出たのを感じながら、ナダさんのコートの袖を引っ張る。
大人のくるみさんと七歳のナダさん、どんな年の差カップルなんだよ。
だからそうじゃないんだ。
「だとしたら何で二人の苗字が違うんですか!」
ナダさんは「何だ、今頃気付いたのか」と馬鹿にするような目で俺を見てから改めて向き直ってまっすぐ俺を見るとはっきりと言った。
「錦灘は、俺が画家をしている時の名だ」
「は?」
「本名は、熊谷龍市、正真正銘、くるみとは血のつながった親子だ」
どうだと言わんばかりに運転免許所まで見せてくれた。本当だった。
あの時、七歳の龍市少年は見たんだ、くるみさんが大クモに殺されるところを、それから二十五年間ずっと、歳をとらないけれど半分死んでいる姿の母親と過ごしてきたんだ。
「きつ」
家族の事なら俺だって色々大変だったとは思うけれど、それは思春期のカネメシネルのレベルだ、想像の域を軽く超えるナダさんの人生に比べれば、月とスッポンひょうたんに釣り鐘、駿河の富士と一里塚!
「ナダさん、さっきはやきもちとか言ってごめんなさい、俺にできる事があったら何でもしますから、遠慮なく言ってください、頑張ります!」
鼻息荒く訴えると、ナダさんは「何だそれ」と、少し照れたように首の後ろに手を回した。
ナダさんが嬉しそうにしていると俺も嬉しい。
「まぁ、お前が頑張ったところで何の力にもならねぇと思うが、まぁ、無茶だけはすんな、あと『ひょうたん』じゃなくて『ちょうちん』だからな、間違えんじゃねぇぞ」
「は、え?」
はい。一つ賢くなりました……。




