第12話 ムカデ
「止めなさい‼」
一触即発の中、テーブルをバシンと叩く音がして、俺もナダさんもビクリとなる。
「何をそんなにイラついているの龍市!トド君は何も悪くはないでしょ!」
くるみさんだった、普段春風がそよいでいるような穏やかおっとり癒し系なくるみさんが怒っている。
「は、はい、ごめん……なさい」
いくら怒ったと言っても、そこはやっぱり春風なくるみさんだ、あまり怖くは無いが、ナダさんは素直に俺から手を放して、半ば不貞腐れながらも素直に謝った。くるみさん恐るべし。
「龍市は今は大クモを倒すことを優先しなさい、私の事はそれから考えればいいじゃない」
「い、いや、そういう訳にもいかねぇじゃねぇか……」
「そうやって何事も中途半端だと、結局何も出来なくなるわよ!」
ナダさんがくるみさんに抑え込まれて、完全にマウントを取られている。
「封印が解かれて逃げだした今、たとえ気配を感じなくなったとしてもこの山のどこかに必ずいるハズ、たとえ姿を隠していても、見つけ出せる方法がきっとあるはずよ」
「姿を現しさえすればいいんだが……」
俺に妖怪の気配を感じ取れる能力があればな、とナダさんが舌打ちしながら愚痴るけれど、普通の人間にはそんな能力無いですから、いや、霊能力すら無いですから、ナダさんの気に病むことではないですってば。
「トドを囮にする」
「それは危険です、彼には荷が重すぎます」
「はい、彼の言うとおりです、俺には荷が重すぎますよぉ」
何を言い出すんですかナダさん、俺をを巻き込まないようにすると言ったのはナダさんじゃないですか、もう十分巻き込まれていますけど。
「だよな……仕方ない、山の奥に入って本格的に探すか」
今日、祠の近辺を探ってみたけれど、大クモの手がかりは何もなかった、ならば奥まで捜索してみるべきかとナダさんは言う。
「それはよした方がいいです、山は神が宿りし場所、迂闊な行為は危険が伴います」
「山はそんなに危険なのか?」
「はい、普通の人なら何も感じないので大丈夫なのでしょうが、妖怪変化魑魅魍魎が闊歩する場所なのです、ましてこの山は今は封印が解かれたあの大クモが牛耳ってます、逆に人より能力のあるあなた方が入れば、妖怪たちの付け入るスキを与えかねません、命取りにもつながります」
「山にはそんな恐ろしい力が宿っているんですね、絶対止めた方がいいですよ!」
そんな場所に囮として使われるのは絶対ご辞退申し上げたい。
なのにナダさんは、すごく不思議なものを見るような目で俺を見た。
「お前、さっきから誰と話してんだ?」
「え?」
不思議な目で見たのはナダさんだけじゃない、くるみさんもサクラさんまで視線が俺に集中している。
「いつもの独り言にしては、誰かと会話してるみてぇだから不気味なんだが、お前の中にもう一人誰かいるのか?」
「はい?」
「二重人格者だったの?」
ナダさんにつられて、くるみさんまで俺を奇妙なものを見るような目で俺を見る。
「ちょっ、気色悪い事言わないで下さいよ、マトリョーシカじゃあるまいし、俺の中に俺以外の俺もいません!」
「じゃぁ誰と話してんだ」
誰と……そう言えば――この宿に来てからちょくちょく俺に話しかけていろんなことを教えてくれていた人がいたような気がする……。
俺はちょっと一呼吸おいて、気持ちを落ち着かせてから、確認するようにナダさんに尋ねる。
「ナダさん、この宿、女将さん夫婦が三年前にここに越してきて、民宿を開いたんですよね、でもご主人さんが亡くなってからは女将さんと娘さんが二人で切り盛りするようになったと?」
「へぇ、そんな過去があったのか、何で疑問形なんだよ」
「ナダさん、ここの女将さんと娘さんの名前は知ってます?」
「知らねぇよ」
「ナダさん、昇龍山の解説とか、ハイキングコースがあるとか教えてくれました?」
「は?」
「ナダさん、龍焔寺にあった古文書の、龍伝説の本当のオチは知ってます?」
「オチなんてあんのかよ?」
これで確信した。
「あの、落ち着いて聞いてください」
俺は居住まいを正し、皆を見回しながら俺の考えを述べる、今でも半信半疑なのだが、きっとそうだ。
「この部屋にもう一人誰かいます、それも、皆さんよりもすごく礼儀正しい人が!」
「はぁ?」
俺の言葉を聞いてナダさんとくるみさんが訝しみながら部屋を見回している、ここには俺とナダさんくるみさんサクラさん、それ以外の人の姿は見えない、気配すら感じない。しかもナダさん達にはこの声が聞こえないようだ。
「どこにいんだよ!」
「俺にもわかりません、でも声が聞こえてくるのです、こっちの方から」
声のする方向、ナダさんが座っている後ろ側に頭を向けてみた、もちろん何も見えない誰もいない。
「いえ僕はここです、あなたの右にいます」
「こっちでした、こっちにいるそうです」
俺は体を右に反転させる、そっちはナダさんと反対側、目には見えないけれど、今ので確信した、ここに目に見えない誰かがいる。いるのは分かるけれど、その正体は解らない見えない。実際その方向に手を伸ばしても何の感触も無い、ただ腕が空を切るだけだ。でも誰かいる。
「いったい誰がいるってんだ、いい加減隠れてねぇで出てきやがれぇ‼」
ナダさんは立ち上がり、チンピラモード全開にして部屋中が震えわたるような大音声で叫ぶ。
「こ、ここごめんなさい、隠れるつもりはなかったのですが、いきなり現れると驚かれると思いまして……」
「声だけ聞こえてる方がよっぽど怖いわ!」
ナダさんにつられて俺までキレそうになった、でもまだ姿は見えない。
すると、それまで黙って俺たちの話を聞いていたサクラさんが口を開いた。
「ムカデさん」
「は?」
「ほら、ムカデさんだよ」
サクラさんは、そこに仲良しの友達でもいるかのように、かわいい指を指し示してにっこりとほほ笑むが、もちろんその目線の先には誰もいない。
「はい、僕はムカデです、すいません……」
しかし、いつもの声がまた聞こえてくる。
ムカデ?ムカデってあの足が百本あるムカデか?と身構えていたら、まるで映画の特撮シーンのように俺の横に現れたのは、人間と同じ姿、黒いスーツに黒いネクタイをきっちり着こなした、歳も俺と変わらないくらいの、黒髪の青年だった。控えめな眉、すっきりと通った鼻筋、切れ長で清潔感のある目、きりりと結ばれた唇、俳優かモデルをやっていてもおかしくないような人間離れしたイケメンだった。
そんなイケメンが俺の横、と言っても真横ではなく斜め後ろに一歩引いたような距離に、まっすぐに正座なされて、しかも少しうなだれて、まるで叱られた人のような姿で控えめに座っている。
「誰⁉」
誰かいると解ってはいたけれど、そこに実際人が現れるとさすがに驚く。
驚いたのはナダさんも一緒のようで、そこに現れた男性に対して、懐から出した五鈷杵を手に身構えている。
それに驚いたのか、黒髪の青年は焦った様子で俺の陰に隠れた、ナダさんが怖いのかフルフルと震えている。
姿が見えない時は、そこに何も無かったけれど、今はこうして俺の肩に両手を置いている感触がはっきりとわかる、実体がちゃんとある。
「ごめんなさいごめんなさい、僕の話を聞いてください、どうか命までは取らないで下さいぃ~」
何だこの人、肝っ玉チキンハートじゃないですか。
「落ち着きなさいナダ、まずはこの人の話を聞いてあげなさいよ」
くるみさんが助け舟を出してくれた、おかげでナダさんも攻撃する事だけは抑えられたようで、五鈷杵を懐に仕舞い、太いため息をつきながら腰を下ろした。
「でっ、何者なんだお前は、俺たちをどうしようっていうんだ、あの大クモとどんな関係があるんだ、あぁ⁉」
「ちょっ、質問は一つずつにしましょうよ、この人も怖がっているじゃないですか」
チンピラな口調のナダさんはまだ疑っているようだが俺には判る、この人は人畜無害でいい人そうだ、何も怖くはない。だからナダさんから盾になってやろう、ムカデと名乗るこの人から話を聞く方が先だ。
「ご、ごめんなさい、僕は昔からここに住んでいたムカデです、ごめんなさい……」
「で、そのムカデ野郎が、俺たちに何の用があるってんだ⁉」
「ごめんなさい、あなた達には特に用など無いのですが……あ、いえ、もしかしたらあるのかもしれませんが、いえ……あってもいいのですが、有りそう、なら、その……」
「――んだよ、はっきり言いやがれ!」
「あ、はいっ、ごめんなさい!」
「いちいち謝らなくてもいいからさ、ちゃんとわかるように話してくれないかな?」
このままでは話が前に進まないから、ナダさんにも、いちいち突っかからないでと念を押してお願いし、ムカデさんにも落ち着いて話すよう諭す、ようやく落ち着いて来たのかあらためて正座しなおし、気弱で少しうつむき加減ながらも、ゆっくりと話し始めてくれた。
「僕はこの家の軒下で生まれたムカデです、幼い頃このお宅のお嬢さんに命を救って頂いたことがありまして、それ以来この恩を返すために、この家をお守りすることに決めたのです」
「お嬢さん、ってひよりちゃんの事?」
「あ、いえ、もっと前です、その……あなた達も生まれるもっと昔の、生活仕様も服装も今とは全然違う、そんな以前からの……」
「へー、それってもしかしてひよりちゃんのご先祖とか?」
「トドお前、人の話聞いていたか?」
何も考えず何気なく言っただけなのに、ナダさんに馬鹿にされた、そうだったこの親子は三年前にこの古民家に引っ越してきたんだった。ご先祖な訳ない。
「あ、いえ…もしかすれば、万が一どこかでDNAが繋がっている可能性も、あるかも……」
そんなフォローは止めて。
「で、それ以来この屋敷に取り憑いたってわけか?」
「そ、そうなんです……」
ムカデって、家に取り憑くような生き物なのかな?
「いえ、僕の生まれは普通のムカデでしたが、このお屋敷とお嬢さんを守りたいという強い思いから、この昇龍山の地で修業を積み、山の神から力を授かる事が出来、無事ムカデ妖怪として生まれ変わる事が出来たのです」
おっしゃる意味がよく解らない。
「人間の姿になれたり、姿を消せたり声だけが聞こえるっていうのが、ムカデ妖怪の力なのか?」
俺のかわりにナダさんが聞いてくれた、どんな生き物も山で修業をすれば妖怪の力を得る事が出来るという事なのか。
「いえ、それだけではありませんが、僕自身まだまだ至らないところもございまして、あの日も、ひなたさんとひよりちゃんを、守る事が出来なくて……」
うつむき加減のムカデさんは、膝の上でこぶしを硬く握り、体を震わせて目にはうっすらと涙まで浮かべている、いったい何の話なのだろう。
「よし、何も知らない馬鹿なこいつにも解るように、あの日何があったか詳しく説明してやれ」
「はい――あれは今から十日ほど前の話でございます」
ナダさんが言う馬鹿なこいつとは、俺の事なんだと思ったけれど、ムカデさんが俺を見て話し始めるのは、そこは謝れと思ったが、ここは堪えておとなしく聞いていよう。
「あの日もここ民宿ひなたは、普段と変わらない平和な一日でした、お客さんこそなかったけれど、次の日には一組の予約も入っているという事で、その準備もあり楽しく過ごしておりました、ところが、二人が寝静まった真夜中、……あの事件が起きたのです……」
「事件……って?」
その瞬間俺の中にさっき沼に落ちた時見せられた映像がよみがえった、とある家が炎に包まれている――あの時あれは民宿ひなたと言っていなかったか!そして昨日の夜のあの夢。
どういうことだ。
「民宿ひなたから出火し全焼、宿の親子は焼死体で発見、原因は不明だが不審火ともみられている……」
「え……?」
ナダさんが新聞記事を読み上げるように淡々と話す。なんで、この宿が火事にあっていたという事?なんで?今でも宿は立派にここにあるじゃないか、ひなたさんもひよりちゃんも。
「それが一般紙に乗っていた記事の内容だ、それが地元で発行されている新聞には、不注意による失火とされていた、建物が古かったし、配線等もガタが来ていたかもしれないと言われていたが、実際はどうなんだ、お前なら知ってるんじゃないのか!」
新聞、そうか、ここに来てナダさんが読んでいたのは、この火事の事件が載っている記事だったのか。
「実は、僕はあの日、隣の山の神に用があって宿を留守にしていたのです、すると山の間から明るい光が見えて、それがこの宿のある方角だと気付いて、急いで駆け付けた時にはもう……あの日宿を留守にしなければこんな事には……悔やんでも悔やみきれませんっ!」
はらはらと涙を流すムカデさん。
「でもっ、信じてください、あの日も出かける前にはいつものようにちゃんと家の周りも、電気の配線だってきちんと点検してから出てきたんです、この宿が悪いなんてことは神に誓っても無いはずなんです!」
勢いあまって、俺にすがり付いて訴えるムカデさん、気持ちは分かるが、この宿が原因はなんにせよ火事になったという事なのに、じゃぁ今のこの状況はどう説明するんだ。
「ナダさん~、これはいったいどういう状況なんですか?」
ムカデさんは俺にしがみついて、おんおんと泣き出して話してくれない、俺は首だけを向けてナダさんに訴える。最初から説明して欲しいです。
「そうだな、何も言わず連れてきたからな」
次はナダさんが話し始める、ここに来たのは、芝さんを通じて受け取った龍焔寺の和尚から届いた一通の手紙がきっかけだった。
そこには、この旅の目的、封印を解かれた大クモを駆除してくれと言う内容だけしか書かれていなかったが、宿もすでに手配したとして紹介されたのがここ民宿ひなただった。
「最初、この宿を見た時、すごい違和感を感じたんだが、トドは何も気づかなかったようだから、そのまま入った」
そういえば、この宿に初めて来たとき、ナダさんは俺に、ここが何に見えるかって聞いたんだっけ、俺は単純に『普通のお家のような古民家宿が実は幽霊屋敷でした』っていう意味だと思って、幽霊は見えなかったからそのままの意味で答えたのだった。
「中に入ってすぐに分かった、女将さんはすでに死んでいるんだと、もちろんその娘もそうだ」
「ど……どうして教えてくれなかったんですか!」
「そう話せばきっと、お前にはここがただの更地にしか見えなくなるだろう」
は?
「俺たちと一緒にいたからな、トドは馬鹿正直で素直なとこがあるから、先入観を持たずにいられたんだろう」
もしも、宿が怪しげなことになっていると聞かされると、俺なりにあれこれ詮索してしまい、宿の存在自体を疑ってしまうと、もしかするとここがただの空き地にしか見えなくなってしまうかもしれない、ほかのみんなはちゃんと宿にいるのに俺だけ一人空き地にいる、という何やら微妙に不思議な事になってしまうのだとか。
宿は宿でしかないので、宿にしか見えないがこんな訳ありな事になっていたとは。
宿に訳アリ、ジョージにメアリー……。
おそらく、今でもここに宿があるという事は、村の人には見えていないはず、ナダさんはそう言ってから、泣き止んで大人しくなったムカデさんに視線を向けた。
「正直に話せ、この宿の幻影を見せているのは、お前の仕業か⁉」
「――はい」
「幻影……?」
「今ここある民宿ひなたは、ムカデ妖怪が見せていた幻だったって事?」
「はい、これも修行の成果ともいえましょう」
「昨日の夜、俺が見たここの火事は、あれは夢じゃなかったんですね」
一階が炎に包まれて、その中にナダさんが立っていた、リアルすぎて夢というには信じがたいものだったが、あの時ナダさんが見ていたのは――
「お前には到底見せられねぇものだ」
ナダさんだって、あの母娘を炎の中から救い出すすべを知らない、ただ見ているだけしかできなかった。
じゃぁあの時、後ろから俺にスリーパーホールドを決めたのは誰?
「だってトド君が入って行くと話がややこしくなるかと思ったのだもの」
くるみさんでしたか!
「だからって、いきなりオトすことないじゃないですか、下手すると俺の方が昇天していたかもですよ!」
「……まぁ、その時はその時だわ、ね?」
技をかけたことをテヘペロで済ませようとしたよこの人。ね?って小首をかしげてんじゃないよ、可愛いじゃないですか!




