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第11話 骨

読んでいただいてありがとうございます。

今日も頑張ってます

「とりあえず、風邪引かねぇうちに風呂に入るぞ」

「そうですね」


 ふと、サクラさんとくるみさんが気になったけれど、隣の部屋にいるのかな、俺たちが帰ってきたことに気付いていないのか出てこない、でも今はまだこんな格好を見られたくないなと思い、何も考えずナダさんと一緒にお風呂に行くことにした。


ナダさんだって俺のせいで一張羅が汚れちゃったよ、あとで洗濯機を借りてちゃんと洗濯しよう。


 陽の明るいうちから温泉なんてこれも旅の醍醐味、なんて贅沢なんだろう、って思うとこなんだけど。

 旅の思い出が青白い手って何だよ。


 自棄になって体を洗う、特に足首は念入りに洗った、嫌な思い出も一緒に流れて行けばいいのに。


 いったん湯船につかり温まったけれど俺は、また湯船から出て体を洗っていた、今度は一杯いっぱい泡を付けて、特に足首を更に念入りに。


 無心で洗っていると、泡まみれのタオルを取られた、ナダさんだった。ナダさんは俺のタオルを手に取り、そのまま俺の背中と足を洗ってくれた、ついでに頭まで洗ってくれた。


 今度こそ全身綺麗になって再び湯船につかる。ナダさんも一緒に入って来た。

 二人並んで見上げると青い空。風は寒いが湯船は温かい。

 沈黙が二人を包む。


「大丈夫か、痛いところは無いか?」

「はい、大丈夫です」

「ちゃんと温まれよ」

「はい、温まります」

 ナダさんの声まで暖かい。


「ナダさん……」

「あぁ?」

「幽霊って、何で服を着ているんですか……」

「は?」


「だって、幽霊は魂だけの存在になるって事なんでしょう、体はもう焼かれて無い訳ですから、なのに布地って物理的な物じゃないですか、服の布地は幽霊と一緒に現れたり消えたり、見える人にしか見えないなんておかしいじゃないですか……って思うんです」


 ナダさんが見えるという幽霊たちは、ちゃんと服を着ているんでしょう?

 するとナダさんは深く息を吸い込んで、新鮮な山の空気を体の中に循環させてからこう言った。

「そりゃぁお前、幽霊にも羞恥心はあるって事じゃねぇか?」


「本当に羞恥心があったら、あんな青白い醜い姿でおどろおどろしく出たりしたくないです」

 もし俺が死んで幽霊になったとしても、あんな形相で生きてる人間を沼に引っ張りこむようなことはしたくない。


「それくらい本当に怖かったんです……」

 とにかく怖かった。沼から顔を出したあの時の形相もそうだったし、しかも通りすがりの人を引っ張り込むだなんて、そんな羞恥心も矜持の欠片も無いような行動は俺はしたくない、絶対しない。


「本っ……当に、怖かったっ……」

 湯船の表面がふるふると震えている。胸のすぐそばでは小さな水滴の波紋が一つ二つ、もうそれも区別がつかなくなるほど、水面は波打って……

「……本当に怖かったんですから」


 語彙力も何もあったものじゃない、でもくどいようだが本当に怖かったんだ。

 ナダさんの大きな手が俺の頭の上でやさしく跳ねる、伝わる感触が心地よい。


「ナダさんはいつも見ているけど怖くないんですか、もう慣れちゃったんですか慣れるもんなんですか?」

 俺の矢継ぎ早の質問に、ナダさんは顔色一つ変えないまま静かに話し始めた。

「怖ぇよ……」


「平気そうな顔してますけど?」

「怖ぇけど、もっと怖ぇモンを見てるからな、その辺の幽霊なんざ何とも思えないほどに……」


 幽霊よりも怖いもの、なんだろう?

「生きてる人間が一番怖いって言うオチですか?」


「……そうかもしれねぇな」

 するとナダさんはふっと口元を緩める、少し目線を落としたその横顔は、前髪に隠れたせいで目の表情は見えなかったが笑っている風には見えなかった。


「おれが……」

「もうあがるぞ、これ以上居たらのぼせちまう」


 そこで俺が気の利いたことを言おうとしたが、ナダさんの勢い良く立ち上がった湯の派手な音にかき消されたし、俺もつられて勢い良く立ち上がったせいで頭がくらくらして目が回ってしまい、ナダさんに介抱されるというみっともない事になってしまったせいで、何も言えなくなった。


 脱衣場のベンチに座って脱力していると、ナダさんが冷たいタオルと水の入ったコップを手渡してくれた、水おいしい、一気に飲んだ。


 もう大丈夫になってきたので部屋に戻ろうかと思ったら、浴衣は持ってきたのにパンツを忘れたことに気が付いた、仕方ない少し頼りないが浴衣だけで戻ろうとするとナダさんが取ってきてやるよと言う、遠慮したけれど、そんな可愛いものをレディーの前に晒すなと、俺の股間を指さして言われ、数秒後に意味の分かった俺は、風呂の時以上にゆでダコになった。


 それなら仕方ない、ここはおとなしく待っていようと思ったものの、浴衣をちゃんと着ていれば下半身は見えないじゃん、それにナダさんの事だ、カバンに入っているパンツの中から一番かわいいのを持ってくるに違いない、ペンギン柄ならまだいいが、ナダさんが買ってきたフリルの付いたブーメランパンツを持ってくるかもしれない、冗談じゃない!


 立ち上がってもめまいはしない、急いで浴衣を羽織り後を追った。


 もうナダさんの姿は見えない、階段を駆け上がり廊下を駆け抜け、部屋のドアを勢いよく開けた。


 開けてから部屋を間違えたことに気が付いた、ここは隣のくるみさんとサクラさんの部屋だ、勢いすぎて通り越してしまったのだ。


 一瞬で空気が凍り付く。


 部屋の中に、布団が二組敷かれている、二つ部屋がある俺たちと違ってこっちは部屋が一つ、食事はすべて俺たちの部屋ですることになっているから、こっちは一部屋だけでいいって事なんだろうか、だからドアを開けるとそこには布団。


 その布団に、まるで眠っているかのように骸骨が横たわっていた。

 青白い手の次は骸骨――何なんだこれは‼


 隣の部屋からナダさんが飛び出してきた、サクラさんも一緒だ、どうやら俺は無意識のうちに悲鳴をあげて廊下に転げ出ていたようだ。


「が、骸骨ぅぅ、ホネホネガガガッガ……」


 壁際で腰を抜かして、ガタガタ震えながら部屋を指さして意味の解らない言葉を発していると、ナダさん俺の視界をふさぐような恰好で俺の前にしゃがんだ。


「トド……」

 ナダさんを見ると凄く困ったような表情を浮かべながら、前方に指を指したまま固まってしまった俺の指をやさしく解いてくれた、中にいる骸骨から俺をかばおうとしているのか、それとも中の骸骨をかばおうと……?


 するとナダさんの背後に人影が立った。

「ナダ、トド君も……」


 くるみさんだった、浴衣を着て、柔らかい笑顔で部屋から出てきたのだ。

「くるみさんっ、なななかに、中に骸骨が、ふとんでふっとんで、骨が布団で……」


 ナダさんを押しのけて俺はあの部屋から出てきたくるみさんの無事を確認し、さっきあの部屋で見た事を訴える、するとくるみさんは、少し泣きそうな表情を浮かべて言った。


「ごめんなさい、あの骸骨は私なの」

「え……?」


 これがナダさんが秘密にしようとしていたくるみさんの秘密?


 俺は驚いてナダさんを振り返る、バーカあれはくるみ特性の骸骨のコスプレパジャマだとか、苦しい言い訳をしそうなものを、否定も肯定もせず、ただ黙って俺を見ていた。


 言い訳なんかいらない、もう観念してほしい、すべてを俺に話して欲しい。

「ナダさんの背負っている物、俺にも見せてください!」


「半分背負ってやるとは言わねぇんだな」

「半分どころか、全部背負ってあげます!」

「ガキが、生意気言ってんじゃねぇよ……」


 話の続きは中でしようと言いナダさんが立ち上がったので俺も後に続く、俺たちの客室にみんな揃った。


「どこから話してやろうか」

「全部話してください、全部ちゃんと話してくれないと勝手に思い込みで暴走してナダさんの足を引っ張っちゃいますよ!」


 もうこうなったら自分を人質にして脅してでもすべてを知りたい、せっかく家族になったのだから共有できる部分は共有したい、もう心の準備も出来た、何が起きても怖くはないつもりだ。


 俺がそう訴えると、くるみさんが話し始めた。

「私はもう、すでに死んでいる体なの」

「うぇ……」


 想像しているより重いものかもしれない。

「私は幼いころから霊感が強くて、幽霊が見える体質だったのね、だから霊媒師をしていたの、悪霊とか地縛霊とか、どんなことでも依頼を受ければ除霊していたのよ」

「はい」


 ナダさんみたいなことをしていたのか。

「幽霊だけじゃないわ、依頼があると妖怪だって倒したわよ」

 ナダさんより凄いんだ。


「あれから……何年経ったかしら」

「二十五年だな」

「そう、もうそんなに経つの、あっという間ね……」


 くるみさんが遠くを見るような目を向けた、目線の先にはナダさんが居た。さらに話を続ける。

「二十五年前、その時私はある大きな妖怪を退治しようとしたのね、とても大きくて力の強い妖怪だったわ」


 それでもくるみさんは、その妖怪をとどめを指せる寸前まで追い詰める事が出来たのだそうな、しかし妖怪の思わぬ反撃にあい、くるみさんの体はその妖怪に真っ二つにされてしまった。


 魂と、それを支える肉体と、に。


「は?」

 どういうことだ、体が切り裂かれるとかじゃなくて?


「正しくは、妖怪が私の体を貫く直前、危険を感じた魂が抜けだしたと言った方が早いかしら?」

 余計解らなくなりました。


「本当なら私、二十五年前のあの時、妖怪の反撃にあって死ぬ運命だったのかもしれない、でもそんな運命に贖おうとする私もいたの」


「それは悪い事じゃないと思います。俺だってまだ死にたくは無いです」

「だから、二つに離れてしまったの、運命を受け入れる私と、運命に贖おうとする私とに」


「凄い芸当ですね……」

「芸とか言うな!」

 横にいたナダさんに張り倒された、確かに命がけで戦っていた人に対して芸なんて言っちゃった事は反省した。


 おかげでくるみさんの霊能力が半分以上に減ってしまった以上に、体力も激減し生活に支障をきたすようになったのだ。


 一日の半分以上は眠っていないといけない、しかも眠っている時は人の形を保てなくなってしまうのだ。


 人の形を保てなくなった姿があの骸骨だったのか。だからくるみさんが部屋に入っている時は絶対に入るなと言ったのだ。


「電車の中では辛かったわ、眠りたいのだけれど、ぐっすり眠ってしまうと大変な事になるし」

 完全に眠ってしまう前の、うとうとした状態を気力で保っていたというくるみさん、もし爆睡してしまったらナダさんは、保健室にある骨格標本を担いでいる人みたいになっちゃうなと想像したら、思わず口に出していたらしく、また張り倒された。


「でも、そうまでしてこの村に来たのは、何かわけがあっての事ですか……もしかしてその時の相手があの大クモだったとか?」


 張り倒された頭をさすりながら俺がそう尋ねると、ナダさんもくるみさんもその目で肯定してくれた。

「私が行ったところで今の私には何の力もないし何もできないけれど、ナダ一人に背負わせるわけにはいかないわ」


「仇を取るってわけじゃねぇけど、あの時は封印するだけで精いっぱいだったからよ、今度こそちゃんとやっつけねぇと」


 あの時はナダさんもいたんだ。そんなころからの付き合いなのか、凄いなこの二人。


「二つに離れたっていう事は、もう一人のくるみさんは……」

 そう言いかけて、ふと気が付いた。


「もしかして、この前の病院で見かけたたり、昨日助けてくれたあのくるみさんが、その分離したくるみさんなんですか?」


 するとくるみさんはたいそう驚いた様子でナダさんを見た。くるみさんは今まで知らなかったらしい、もう一人の黒っぽいくるみさんがうろうろしていたことを。

「どうして、教えてくれなかったの……?」


「……だってよぉ……お前をあいつと会わせる訳には、いかねぇからよ……」

 目線をそらしながらうつむき加減で口ごもるように言い訳する、いつものナダさんと様子が違うくて思わず吹き出しそうになった。まるでくるみさんに叱られて不貞腐れた子供みたいだ。こんなナダさん初めて見た。


「見つけたら、教えてねとお願いしてあったのに」

「そしたらお前、探しに行くだろうが」

「当たり前でしょ!」


 双子じゃなかったんだ、でも、それでくるみさんが探しに行って二人が出会ったらどうなるんだろう。

「私の体は、あの時から変わっていないの……見た目だけは」


「不老不死になったって事ですか?」

「その逆ね、だって体は見た目以上に衰えていっているのは解るもの、だんだん疲れやすくなってくるし、眠っている時間も増えてきたわ、私も年を取ったのよ……」


 こんな体で、いつまで持つのかわからない。くるみさんはそう言いながら自分の手を見つめる。白くて皺の無いうるおいのある綺麗な手だ。


「実際はもっとシワシワでお婆さんみたいな手なんでしょうね」

 優しい声でくるみさんはそう言うが、その目は悲しみを含んでいるように見えた。


 そんなくるみさんを見たナダさんは、まるで苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ大きく舌打ちをする。ナダさんの怒りは何に対しての怒りなのか。

 いずれにしてもこのままじゃいけないような気がする。


「じゃぁ、もしくるみさんの二人が会うとどうなるんですか?」

 元のくるみさんに戻れるなら……


「元に戻っちまう」

 戻れたらいいんじゃないのかな?


「元に、あの時クモに殺された体に戻るんだ……」

「それって、もしかして……⁉」


 あ、あぁぁ――

 言葉が出てこない、大クモ妖怪に殺されたけれど、体が二つに分かれてしまったおかげで今もこうして生きているけれど、そうか、元に戻るとは、あの瞬間に戻るという事なのか……。


 リアルなドッペルゲンガーだなんてのんきな事を言っている場合じゃない。くるみさんが死んでしまうなんてそんなの絶対だめだ!


 昨日あの時くるみさんを捕まえようとしたのは、二人を会わせるためじゃない、二人を会わせないためだったんだ。


「そんな気を使わなくてもよかったのに……」

 くるみさんはそう言うが俺は気を使ったわけではない。くるみさんを守りたいと思うナダさんが俺を止めていたのだ、最初から知っていたら俺だって全力で合わせない。


「だってこんな体トド君も怖いでしょ?」

 さっきの骸骨に驚いた時の話をしているのだ。


「確かに骸骨が寝ていた時は、強烈に驚きましたけど、でもそれは、何も知らなかっただけで、それがくるみさんだと知った今は、全く怖く無いです」


 部屋を開けて骸骨が居てももう驚かないし、何なら添い寝したって良い。大丈夫怖くない!そう心に思ったのだけれど、またナダさんに張り倒された。


「もう、何なんですかナダさんは!俺とくるみさんにやきもちですかぁ!」

「何だと⁉」


「何度も張り倒されたら俺だっていい加減怒るぞ、添い寝したっていいって言うのは言葉のあやで、それくらい大丈夫だって事です、くるみさんにやましい気持ちなんてないですからぁ!」

「当たり前だ、馬鹿‼」

「バカバカ言う方が馬鹿なんですぅ!」

「あぁ⁉」


 ナダさんに胸ぐらを掴まれて一発触発の空気になった、喧嘩なら絶対ナダさんが強いに決まっているけれど、俺だって売られた喧嘩は買ってやる!男の意地だ!


 それにナダさんの事だ相手が弱い俺だから、きっと手加減するに違いない、そこをどうにかすれば俺にだって勝機が、そう思いこのこぶしに力を込める――。


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