第7話 薬草採取
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ギルドの掲示板に張り出される依頼の内容は様々だ。
商人たちが品を運ぶ際の護衛や町の警備など、比較的引き受けやすいものが大半だが、モンスターの討伐やダンジョン内にある宝石の回収といったものも少なくはない。
そういった依頼の中でも難易度が低く、知識さえあれば子どもでも引き受けられるのが、近場に自生している薬草の採取である。
依頼を受けるには冒険者としての登録が必要だが、保護者の承諾があれば1日限定の仮登録が可能であり、その時出されている低難易度の依頼を紹介される、といった流れだ。
依頼主は町医者や魔術師がほとんどで、彼らはその忙しさゆえに自分で採集に行くまとまった時間をなかなか作れない。引き受けるのは貧しい家庭の子どもが主だが、祭りの前になればお小遣いを貯める名目でギルドに来る子らが増える。
町の大人と子どもがお互いに利益を得られる人気の依頼ではあるものの、近場とはいえ町の外には魔物や人攫いの危険がある為、指定された人数以上での集団行動と、一定の年齢を超える者が最低2人同行するのが大前提だ。
子どもたちの安全を考えた決まりであり、その2つを満たさなければギルドは依頼を紹介しないが、極稀に例外も存在する。
「この歳になって薬草採取に出る日が来るとは……」
「ギルドの奴らに変な目で見られた……」
燦々と降り注ぐ太陽の下、エンヴァス町の南門から出てすぐの丘で、白虎は項垂れ藍竜は天を仰いでいた。
事の発端はカエである。たくさんの依頼が張り出されている掲示板を見たカエが、マントのお金と宿代を払いたいから依頼を受けたい、と言ってきたのが今朝のことで、普段からそれなりに貯えているヴェルナードたちはいらないと首を振ったものの、少女はそれをよしとしなかった。
払わせて、払わなくていいと、お互いの主張が平行線を辿る中声をかけてきたのが受付嬢たちのリーダーであり、高ランク冒険者が2人同行するなら問題ないと言って、手早く発行した仮登録証と依頼書をカエに手渡したのだ。
ようは、ここで騒ぐなとっとと出ていけ、と追い払われたのである。
「最低収穫量が日光草20束と、蕾が多くついたルピナ草15束か。可能であればエテルの実を小サイズの巾着2袋……。報酬は銅貨5枚だが、これは妥当な額なのか?」
「ギルドが通してるんだから妥当じゃねえの? つか子ども用の依頼でぼったくろうとする奴なんてそういねぇだろ」
昔じゃねえんだから、と続けるルイドラに、そうだな、とヴェルナードは頷いた。
正面の雑草の中を、ガサガサと音を立てながら中腰のカエが横切っていく。人目がないからとフードは脱いでおり、オレンジの花に埋もれるようにドンが頭に陣取っている。
「ドンちゃん、これも日光草かしら? ちょっと色が違うけど」
「チチッ、チッチッ」
「あらそう、薹が立っちゃってるのね? じゃあこっちは?」
「チッ、チチチッ」
「こっちは若すぎる、と。あ、これがちょうどいい色ね?」
「チッ!」
色味がわずかに異なる日光草を指差し確認する少女に、ドンが楽しげに鳴いた。周囲には数匹のユキムシが忙しなく飛んでいて、それぞれが熟したエテルの実を両前脚で掴んで丁寧に運び、地面に置いてある巾着の口に放り込んでいる。
まるで蜜蜂が舞う花畑のような光景に少々心を和ませつつ、ヴェルナードはここ数日口にしなかった質問をルイドラに投げかけた。
「お前、これからカエをどうするつもりだ?」
「は? どうするって?」
質問の意図がわからず顔を向けてくる藍竜に、白虎はこちらに背を向けている少女をちらりと見やって、ルイドラに視線を戻した。
「私たちは冒険者だ。魔物の討伐やダンジョン攻略の依頼を受けて生計を立てる身である以上、危険な場所に赴くのは必須。ユキムシたちがいるとはいえ、戦う術のないカエを連れて歩くわけにはいかないだろう」
単体でドラゴンの喉を凍てつかせるほどの氷魔法を使えるユキムシが味方であるなら心強いが、カエ本人は非常に無力だ。依頼先によってはユキムシたちの同行が難しい場所もあるだろう。気に入っているからといって、危険に晒すわけにはいかない。
「あー、ギルマスに預かってもらうとか?」
「引き受けてはくれるだろうが、頻繁には無理だ。カイオネルも多忙なんだぞ」
「じゃあ託児所? ギルドに併設されてんじゃん?」
「……本当かどうかはわからんが、孫がいると本人が言っているんだ。託児所など嫌がるだろう」
「なら受付嬢の誰かとか? 仕事中はギルドに連れてきてもらって、終わったら一緒に家に帰ってくれれば……」
「通勤中に拐われんとも限らん。危険すぎる」
出す案を全て却下され、どんなのなら納得するんだよ、とルイドラは苛立ちを見せる。何かいい案はないかとぶつぶつ呟いていたヴェルナードは、不意に静けさに気づいてハッと顔を上げた。
草を掻きわける音が、飛び回る虫の翅音が、歌うような鳴き声が聞こえない。白虎の異変に即座に反応した藍竜が周囲を見回し、前方を指差した。
肩に届くほどの高さがある雑草の只中で、こちらに背を向けたままのカエが立っている。その正面に、苔生した角を持つ牡鹿がいた。
ヴェルナードですら見上げねばならないほどの巨体と少女が見つめ合っている。息を呑んで駆け出そうとしたルイドラの腕を掴み、白虎は首を横に振った。
「エルカナルだ……」
声をひそめる白虎に、藍竜は目を見開いた。
破魔樹の新芽であるファヴァリィの発芽と共に現れ、枯死と共に去る聖獣エルカナル。ファヴァリィが葉を繁らせる間は2本の神樹の袂でまどろんで過ごすと言われる聖獣がなぜここにいて、何をしようとしているのか。ヴェルナードはルイドラを抑えつつ、聖獣の動きを注視した。
最初に動いたのはカエだった。集めていた日光草を足もとに置き、背伸びをしながらエルカナルに両手を伸ばしたのだ。応じるように頭を下げた聖獣は、フスフスと鼻を鳴らして少女の掌に頬擦りをして、足を折り曲げて腹這いになると、うっとりと目を細める。
そこらを飛んでいたユキムシたちが集まってきて、次々とエルカナルの枝角にとまり始めた。苔色の角が満遍なく白く染まり、太陽を浴びてきらきらと煌めく様は雪が積もった冬の枝と見紛うほどに寒々しく美しい。
『ほれ、そこの子らもこっちにおいで』
エルカナルが目線を寄越す。初老を思わせる、少し掠れた声だ。
敵意を微塵も感じさせない、穏やかな、幼子を呼ぶかのような声色に目配せをした白虎と藍竜は、警戒を解かぬまま近づいていく。ようやく間近まで距離を詰めた頃には既に、カエは聖獣によじ登り跨ってしまっていた。
「ねえねえ2人とも、この仔ったら筋肉凄いわよ! でも艶々の毛並みの内側がふわふわだから全然痛くない! 乗り心地最高だわ!」
「わかった、わかったからいっぺん降りようぜ? な?」
ほら、と手を差し出すルイドラには目もくれず、カエは楽しげに両手を使って聖獣の背中を手櫛で梳く。くすぐったいのか、エルカナルはまた鼻をプルルと鳴らした。
リン、とヴェルナードの魔道具が鳴る。白虎がポーチから懐中時計を取り出して見ると、カイオネルからの着信だった。
「ヴェルナードだ。どうした?」
〔ああ、出てくれてよかった。急いで帰ってきてほしいんだけど、いいかな?〕
焦った様子の灰梟に白虎は眉をひそめる。
「何があった? 簡単でいいから説明してくれ」
聖獣を視界の端に捉えつつ尋ねれば、カイオネルが一呼吸置く音が聞こえた。
〔そうだよね、いきなり言われても困るよね。えっと、ついさっき王都から各ギルドに緊急の連絡が入ったんだけど、どうやら聖獣のエルカナルがいなくなったらしいんだよ。今朝までは神樹のところにいたのを神官たちが確認してるし、まだそう遠くには行っていないはずだから探してほしいんだって。君たち2人出れる? カエちゃんは僕が預かるから〕
「……あー」
なんと答えたらいいものか。ヴェルナードは少しばかり悩んだが、隠すことではないだろうと口を開いた。
「……その件だが、王都の方に問題はないと伝えてくれないか?」
〔え? どうしてだい? 何か知ってるのか?〕
「知っているというか……。目の前にいるんだ……、エルカナルが……」
〔………………は?〕
しばらくの沈黙の後、間の抜けた声が返ってきた。
〔目の前にいるって? 聖獣が? 今? どうして?〕
「わからないが、本当にここにいるんだ。もっと詳しく言えば、カエが背中に跨ってユキムシたちが角に群がっている。ルイドラが降ろそうとしているが、全く意に介していない」
〔ええ……? カエちゃん聖獣に乗っちゃってるの? ユキムシ君たちも? 許されてるの?〕
「怒ってはいないぞ。私とルイドラにも近くに来るよう声をかけてきたぐらいだからな。今はすぐ隣に立っているが、カエを降ろせとも言われないから、まあいいんだろう」
〔え? 呼ばれた? エルカナルに? 聖獣って喋るの?〕
「喋らないのか?」
〔初耳だけど?〕
なんで? どうして? と繰り返すカイオネルに、こっちが知りたい、と言葉にはせずにため息を吐いたヴェルナードだったが、ぐいと体を後ろに引かれて息を詰まらせた。
いつの間にか立ち上がっていたエルカナルが、防具の首根っこを噛んでいる。状況を理解できないままに、白虎は聖獣の背に放り上げられた。
『お前さんも乗りなさい』
目の前の出来事にぽかんと口を開けていたルイドラは、エルカナルに呼ばれていそいそとヴェルナードの後ろに跨った。3人が同時に乗ってもまだ余裕のある巨体に、じわりと魔力が巡り始める。
『では、行こうかの』
言い終わると同時に、聖獣が宙を踏む。3人とユキムシたちを乗せたまま、エルカナルは空を駆け始めた。




