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第6話 ドラゴンの解体

ご閲覧ありがとうございます

「ドラゴン討伐の後に獣人狩りに出会すなんて、災難だったね」


「全くだ」




 王都を守護する役割を持つ町エンヴァスの北区、冒険者ギルド〈銀の嘴〉にある解体エリアの隅で、ヴェルナードは相槌を打った。




「イバシー町の近くで助かった。もう少し離れた場所だったら奴らを連行するのは骨だっただろう」


「引き返しやすかったのは幸いだ」




 ほんのちょっとね、と続けるのは、〈銀の嘴〉のギルドマスターである灰色の羽色を持つフクロウの魔人(ストラス)、カイオネルだ。




「報告は受けたけど、まだ信じられないよ。こんなに小さなユキムシ君たちがヒトサイズの生物を凍らせたなんて。しかも全員生きてたんでしょ?」


「ち?」




 ギルド内の各所に設けられている、樹木を模した止まり木の上でバサリと翼を広げた灰梟は、違う枝の上で寛いでいるユキムシの頭を羽根先ではらりと撫でた。




「こんなに可愛らしい見た目なのに強いだなんて驚きだ。機会があればぜひその力を見せてほしいよ」


「ギルドにこもっている内は無理だろうな」




 出不精め、とヴェルナードは鼻を鳴らす。ホッホッホ、とカイオネルは笑って目を細め、正面に顔を向けた。




「まあ、ユキムシ君たち以上に驚いたのは彼女だよ。長く生きてはいるが、あんな子は見たことがない。何者だろうね?」




 金色の眼が捉えるのは、ルイドラに肩車されているカエの背中だ。マントは着たままだがフードは脱いでおり、蔓の髪と頭の花が丸見えになっている。ギルド内でも決まった者しか訪ねない解体エリアなら問題ないだろうと、先ほど藍竜が脱がせたのだ。




「綺麗なオレンジ色だね。だけど、もとは黄色い花だったって?」


「ああ、出会った時は黄色だった。その後オレンジに変わったんだが、獣人狩りに襲われた際には黄色に戻っていたな。……もしかしたら、花弁の色は感情に左右されるのかもしれない」


「その可能性はあるね。オレンジの今は落ち着いてくれているのかな?」




 だと嬉しいけど、と首を傾げるカイオネルに、ち! とユキムシが返す。心なしか複眼がきらきら輝いて見えるユキムシの表情は、そうだよ、と語っているようだった。




「ヴィー! これから逆鱗を剥がすんだってよ! 見ねえのかー?」




 カエを肩車したままルイドラが振り返る。




「はぁぁ〜、解体屋の人たちって凄いのねぇ。魚なら何匹も捌いてきたけど、あたしなんて比じゃないわ。孵りたてのひよっこだわ。雛よ雛」


「チッ」




 藍竜の角を掴んでいるカエと、角の間に収まっているドン。パレードを見に来た三兄妹のような微笑ましさを感じる光景だが、実際に彼らが眺めているのはレッドドラゴンの解体である。




「私はいい。カエを落とすなよ」


「誰が落とすか!?」




 そう吠えて、藍竜はレッドドラゴンに向き直った。


 ドラゴンの解体にはかなりの時間がかかる。硬い鱗に刃物を入れるには経験と勘の良さが必須だが、まず始めに血抜きを完璧に行わなければ部位の解体には移れない。


 ギルドに送られたレッドドラゴンは腐食が進まないよう温度管理をされながら数日をかけて血抜きをされ、ヴェルナードたちが戻ってきた日にちょうど解体作業が始まるとのことで、一行は見学に訪れたのだ。




「ルイドラはかなり彼女らを気に入っているみたいだね」


「珍しいことにな。途中立ち寄った町や村でも常に肩に乗せていた。また暴漢たちに狙われたら大変だと」




 やれやれと、白虎が肩をすくめる。ポンと、灰梟は転移魔法で喚んだ分厚い本を開いた。




「植物を祖とする魔人は確かに存在するけど、カエちゃんはどの種とも合致しないなぁ。アルラウネは二足歩行しないし、ドライアドは長距離移動できないし、マンドラゴラだったら僕たちとっくに死んでるはずだし……。というかあの子、植物だけなのかな?」




 ぶつぶつと呟きながら、カイオネルは魔法で浮かせた本のページをめくる。どういう意味だ? と問うヴェルナードに、灰梟はうーんと唸った。




「植物系の魔力の中に、別の魔力を感じるんだよ。しかもヒトが持つものとは別の魔力だ。だけど植物の魔力にほとんど隠れてしまっていて、なんなのかがよくわからない。知ってると思うんだけどなぁ……」




 右に90度、左に90度と首を傾けながら唸り続ける灰梟を、早く思い出せと言わんばかりに白虎は睨みつける。そんな2人の間でくしくしと顔を掻いていたユキムシが、ちっ! と声を上げて止まり木から飛び立ち、藍竜たちを飛び越して、レッドドラゴンの首もとに降りた。




「あらあら、駄目よユキムシちゃん。お兄ちゃんたちの邪魔しちゃ」


「ほら、こっち来い」




 刃物を扱っているところに飛んできた虫に解体屋たちが作業の手をとめる。焦った様子でカエが声をかけ、ルイドラが駆け寄りユキムシを拾おうと手を伸ばした。




「チチッ!」




 ドンが鳴いて、藍竜の角の間からレッドドラゴンに飛び移る。大きいとは言えない爪で、鱗の凸凹を器用に掴みながら太い首の上を這い回った2匹は、ある一点でぴたりととまった。


 たった今剥がされたばかりの逆鱗の反対側、鋭い棘が生えている首のつけ根に向かって、ちち、チチ、と鳴いている。やがて、カリカリと鱗を引っ掻きながらゆっくりと頭部に進み始めた2匹は、力なくくったりと開いている口に辿り着いて牙の隙間に体を突っ込んだ。




「あれま!」




 目をまんまるに見開いたカエが落ちる勢いで藍竜の肩から滑り降り、レッドドラゴンの上顎を掴んで押し上げようとしたが、大型魔獣ゆえの重さと低身長が相俟って叶わない。ルイドラと、解体屋の1人が手を貸すことでようやっと持ち上がった。




「ちぃ〜……」




 レッドドラゴンの口内から1匹、ユキムシが這い出てきた。ふわふわのはずの体毛は唾液で濡れ、翅は萎れて歪んでいる。見るからに弱り果てている様子に、元気なユキムシとドンが心配そうに触覚を揺らした。




「あんた、迷子になってたコだね? なんでまたそんなところにいるんだか……。あぁあぁこんなに汚れて、可哀想に」




 弱り切ったユキムシをすくい上げるように両手で持ち上げたカエが、悲しそうに眉尻を下げる。レッドドラゴンの喉奥を覗き込んだ解体屋が、怪訝な顔でカイオネルを見た。




「ギルマス、このドラゴン喉が凍っちまってるぞ」


「本当かい?」




 止まり木から離れ、解体屋の肩に降りた灰梟も喉を覗く。後を追って近づいてきたヴェルナードが、ルイドラの隣に並び立った。




「お前、こいつを狩る時に喉をやられているからブレスを吐けないと言っていたな」


「ああ。けどあの時は呼吸音が変だったから気づけただけで、凍ってるのまでは見えなかったぞ」




 白虎と藍竜の目線が下がり、少女の掌に蹲(つくば)うユキムシを捉える。カエを守る為に小さな身を呈したのだと悟ると同時に、炎を宿すドラゴンの喉さえも凍てつかせるのかと驚きを隠せない。





「ヴィー君、ルイ君、申し訳ないんだけど、どこかでこのコを休ませてあげられないかしら? すっごく疲れてるし、なんかこう……、べたべたしてるし……」




 においもちょっと……、と眉を寄せるカエに、それなら、とレッドドラゴンを注視したままカイオネルが軽く翼を振る。




「僕の部屋の隣室を使うといい。あそこなら日当たりもいいし、誰も来ないから人目も気にならないよ」


「ギルマスの部屋の隣室……」


「おっさんが巣にしてる空き部屋じゃねえか」




 白虎と藍竜が思い起こしたのは、灰梟がギルドマスターとして使っている部屋からのみ出入りできる小部屋だ。カイオネルが許可した者しか立ち入れないので部外者にカエの姿を見られる心配はないのだが、控えめに言っても汚部屋なのだ。


 床に散らばった資料、ついばんだまま放置された種の欠片、木の洞の替わりに寝床として整えられたクローゼットの足もとに積もる木屑、羽繕いで抜き取った古い羽根など、挙げてみれば切りがない。


 孫がいるとはいえ、幼子の姿をしているカエをそこに連れて行くの少々気が引けるが……。




「……今は安全を第一に考えた方がいいかもな」


「カエがユキムシを綺麗にしてる間に俺たちで部屋を片付けようぜ」




 埃は舞うだろうが、数時間滞在した程度では深刻になるほどの健康被害は出ないだろうと、ヴェルナードたちは判断した。




「カイオネルさん、ありがとうねぇ。お言葉に甘えさせていただくわ」


「構わないよ。好きなだけ使っておくれ」




 感謝を示して頭を下げた少女に、にこりと灰梟が微笑む。それじゃあ行くかと、ルイドラがカエに手を伸ばした瞬間──




「ぢぢぃっ!!」




 弱っているユキムシが鋭く威嚇した。




「ぅお! なんだ?!」


「あらあら、ユキムシちゃんどうしたの?」




 ルイドラが慌てて手を引っ込め、駄目じゃない、とカエが宥める。それでもなお藍竜を睨み上げて威嚇を続けるユキムシに、ヴェルナードははっとした。




「そういえばお前、レッドドラゴンを討伐する時雷魔法を使ったよな?」


「あ? 使ったぞ? それがどうした?」


「……そのユキムシはブレスを封じる為にレッドドラゴンの喉に貼りついていたんだろう? ということは……」




 そこで言葉を区切った白虎に、ああ〜、と灰梟が頷く。




「そのコ、ルイドラの雷受けちゃったんだ。ビリビリー! って」


「は?! いやいるなんて知らなかったし! 知ってたら雷魔法なんて使わなかったって! それにヴィーだってレッドドラゴンの喉に剣突き刺してただろ! 俺だけじゃねえじゃん!?」


「……私も威嚇されるのだろうか?」


「されるだろ! されちまえ! 不公平だ!」




 ぎゃあぎゃあとルイドラが喚き、しばらく近づかないようにしようとヴェルナードは心の中で誓う。


 カエの手で体毛を綺麗に整えられたユキムシは、お詫びの品として用意された林檎の蜜を満腹になるまで吸い、一晩ぐっすり睡眠を取って目を覚ました翌朝、ようやっと藍竜たちに腹を撫でるお許しを出したのだった。






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