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第5話 世界樹と破魔樹、その新芽

ご閲覧ありがとうございます

 魔族との戦争で勝利を収めた神々が、荒れた大地に種を1個植えたという伝説がある。


 水の替わりに涙を、太陽の替わりに歌を、海のごとく大きな愛を注がれ続けた種は、やがて1個の内から2本の双葉を芽吹かせた。


 1本は、星を癒し潤す世界樹ティナヴァル。


 1本は、害悪な魔族からティナヴァルを守る破魔樹ヴィファヴァ。


 ティナヴァルは世界樹の名のごとく、太く、高く、たくさんの葉を茂らせ、実をつけぬ花を咲かせた。


 ヴィファヴァはティナヴァルの幹を抱き締めるように細枝を伸ばし、実をつけぬ花を咲かせながらも、数百年に一度1本の新芽を芽吹かせた。


 ファヴァリィと呼ばれるその新芽は、芽吹いた時代の大神官の手により育てられ、ある程度の聖力を蓄えた頃、最も魔族の被害が大きい地域に植樹される。


 ファヴァリィが植えられることにより、その地域には神樹の聖力が分け与えられ、魔族の侵略を防ぐことができるのだ。




 ✾ ✾ ✾ ✾ ✾




「ファヴァリィは短命でな。木なのに100年ぐらいで枯れちまうんだが、その間に蓄えた聖力を全部地面に移すから、しばらく魔族は近づけなくなるんだ」


「あなたたちが追っ払ってくれた、あの真っ赤なドラゴンってのも近づけないの?」


「近づけなくなるのはあくまで悪意、害意を持つ魔族らしい。あのレッドドラゴンみたいに自分が生きる為に獲物を探してるような奴は防げないぞ」


「あら、だったら安全とは言い切れないわねぇ」




 残念そうな顔をするカエに、そうでもないぞとルイドラが返す。




「ファヴァリィは気を鎮める波長を出すから、手負いでない魔獣なら大抵は暴れなくなるんだ。だからドラゴンだろうがフェンリルだろうが、こっちが接し方を間違えなければ怪我はしないぞ。そうだよな、ヴィー」


「ああ。魔獣だけでなく、何かしらの企みを持っている魔人も進んで近づくのは避ける。一種の見極めにもなるな」




 空の端が白み始めた早朝、そのような会話を交わしながら、白虎たちは駿馬に跨り薄暗い平野を駆けていく。


 リンドブルムが渓谷の底を通り過ぎたのは日付が変わる頃で、安全が確認されたのはそれからさらに数時間が過ぎてからだった。


 ようやく解放された橋を、寝ぼけ眼のカエを連れて渡ったヴェルナードとルイドラは、馬たちの体調を気遣いつつも速度を緩めない。




「だけど、気を鎮める力があるのなら、どうして新芽は折られてしまったの? 神官とやらはひとかけらの悪意も持たずにそんなに大切な新芽を折っちゃったの? うっかりとか?」




 正面からの風で脱げないよう、フードの縁を両手で掴みながらカエが首を傾げる。ルイドラからプレゼントされたばかりの、子ども用のマントだ。




「人間や亜人であればファヴァリィの効果は発揮されないんだ。神官の種族は公表されていないが、おそらくそのどちらかなのだろう。手折った理由の調査は神殿や、王命で動く者たちに任せればいい。私たちの役目は他にある」




 クンと、ヴェルナードは風に混ざるにおいを嗅いだ。


 ファヴァリィの枯死は魔族による被害の拡大に直結する。本来新芽を植樹する予定であった地域には想定以上の人員を割かねばならず、他の地域の守りが手薄になれば、魔族は必ずそこを突くだろう。


 自分たち冒険者が今後どのように立ち回るべきなのか。それを話し合う為にも、一刻も早くギルドに戻らねばならない。


 その一心で馬を走らせていた白虎だったが、不意に眉間にしわを寄せて舌打ちをすると、手綱を引いて急激に速度を落とした。




「おい、どうしたんだよ?」




 追い越してしまったルイドラが戻ってくる。合流した時には既に、ヴェルナードは下馬していた。


 藍竜の耳が空を切る高い音を拾うと同時に、白虎が魔法石を剣に変えて素早く振り下ろす。駿馬の足を狙った矢が真っ二つに切断され、地面に突き刺さった。


 路傍の草が激しく揺れ、武器を持った男たちが飛び出し白虎たちを取り囲む。オブシディアンを手に取ったルイドラは、ぽかんとしているカエにしっかりと手綱を握らせ、馬から降りた。




「獣人狩りか……」




 憎々しげにヴェルナードが唸る。リーダー格であろう体格のいい男が歩み出て、見るからに重たげな剣をルイドラに向けた。




「その竜人を寄越すなら見逃してやるよ」


「言うと思った」




 ルイドラは鼻で笑い、ヴェルナードの隣に立ちながら装着した鉤爪の先で折れた左角をつつく。




「竜人はドラゴンより狙いやすいからな。お前らみたいに集まらねえと戦えねえ奴らからしたらいい獲物なんだろ?」


「ああ?」




 挑発に乗りかけた男をリーダー格が制する。その口もとには下卑た笑みが浮かんでいた。




「何も命まで取ろうって言ってんじゃねえよ。残ってる角と、そうだな、ちいとばっかし血をわけてくれりゃあ俺たちは満足なんだ」


「許すと思うか?」




 白虎が剣を構え、離れた場所に待機している男たちが弓の弦を引き絞る。直後、激しい馬のいななきと鈍い衝突音が起こり、ヴェルナードとルイドラは振り返った。


 酷く興奮しながら後ろ足で空を蹴り続ける馬と、その背後で胸や頭を押さえて倒れている2人の男。苛立つように鼻を鳴らすもう1頭の前足にしがみつくカエのフードは完全に脱げてしまっており、夕日色だったはずの頭の花は黄色に戻っている。


 目配せをし合った弓兵たちが一斉に矢を放ち、リーダー格率いる数人の剣士が斬りかってきた。その目線はヴェルナードたちを見据えてはいるが、よそに意識を向けているのが見て取れる。


 戦闘能力の高い藍竜から、逃げることもままならない異形の少女に標的を変えたのだ。




「ルイドラ!」


「わかってる!」




 剣身から噴き出した炎で全ての矢を焼き落とし、リーダー格の一撃を受けとめたヴェルナードが叫ぶ。鉤爪による雷撃で剣士たちを戦闘不能にした藍竜がカエのもとへ駆け出すと、草陰から飛び出してきた男たちが少女に迫っていた。


 馬たちがいななき、硬直していた少女が目を瞑る。再び鉤爪に魔力を込め始めたルイドラの頬を、ひやりと何かがかすめて追い抜いた。




「ぢぢっ!!」




 威嚇の声を上げた1匹のユキムシが、カエに最も接近していた男の頭に体当たりした。虫特有の爪がある脚で顔面にしがみつき、蜂のような翅音を立てて翅を震わせる。




「ぢッ!!」




 一際大きく鳴いたユキムシの、綿のような体毛がぶわりと膨らんだ。突然現れた虫に驚き武器を振り回していた男の動きがぴたりととまる。硬直している少女を抱き上げた藍竜は、眼前の光景に目を見張った。


 水を払う犬のごとく、ユキムシは体を震わせて体毛を撒き散らした。男の全身にまとわりついたそれは、空気中に漂う魔素を吸収して氷の膜へと変化する。


 パキパキと高い音を立てながら、男は氷像へと変わり果ててしまった。




「うわぁぁぁぁぁ!!」




 氷像がごとりと倒れるのを目の当たりにした男が1人、悲鳴を上げて逃げ出すが、空から現れたもう1匹のユキムシが追いかけ、後頭部に貼りつき新たな氷像を作る。


 その1匹を皮切りに、続々とユキムシが飛来して男たちの頭やら胴やらに貼りついた。




「なんなんだこの虫どもは?!」




 次々と作られていく氷像と冷えていく空気にリーダー格の男が怒鳴った。男の剣を押し返して距離を取ったヴェルナードの耳が、低く、鈍い翅音を拾う。音の主を探して頭上に視線を巡らせると、忙しなく羽ばたきながら宙に停止しているユキムシを見つけた。


 他のユキムシよりふた回りは大きいそれは、リーダー格の男以外全員が氷像にされたのを確認したかのように、急降下を始めた。


 剣を構えた男に落下の勢いで迫る綿の体を氷が覆う。氷塊と化したユキムシは剣をへし折り、男の脳天に直撃した。


 なんの抵抗もできないままに、人間の頭部ほどの大きさがある氷塊を喰らった男は白目を向いて、直立の姿勢のまま後ろへと倒れ込んだ。




「ヂッ!」




 氷の鎧を脱ぎ捨ててどかりと男の腹に乗ったユキムシが鳴くと、ちちちっ! と他のユキムシたちから大合唱がわき起こった。剣を握ったまま呆然としている白虎のもとに、少女を抱き抱えた藍竜が駆け寄ってくる。




「出番なかったな、ほとんど……」


「……ないに越したことはないのだが」




 獣人狩りの一団を虫が倒したなどと説明して、誰が納得するというのか。虫の形をした魔獣は確かに存在するが、物理的にヒトを倒せるのはアラクネを始めとする大型種だけで、ほとんどの虫型魔獣は毒で獲物を弱らせるか、仕留めてから捕食する。


 氷魔法を操る虫など、ヴェルナードは見たことも聞いたこともなかった。




「ドンちゃーん!」




 抱えられたままのカエが声を張ると、大きなユキムシはとどめと言わんばかりに男を蹴りつけて舞い上がり、ふわりと飛んできてルイドラの頭、角の間にすっぽりと収まった。




「おい、俺を凍らせるなよ?」




 身構えながら言う藍竜に、ヂッ! とユキムシが返事をする。くすくすと笑っているカエにヴェルナードは問いかけた。




「こいつには名前があるのか? ドンと呼んでいたが……」


「そうそう、言い忘れてたわ。このコだけ名前をつけてるのよ」




 ぽふりと、少女は小さな手でユキムシの頭を撫でた。




「このコね、ユキムシちゃんたちの親分なの。親分って言ったらドンでしょ? だから親分(ドン)ちゃん」




 ぴったりな名前でしょう? と微笑む少女に、そうか、と白虎は天を仰ぐ。


 遠くの山から太陽がこちらを覗き見る。陽が差して、氷が溶ける前にこいつらをどうにかしなければ、いやそもそもこの氷は溶けるのだろうかと、ヴェルナードは痛む頭を悩ませた。






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