第4話 雪の虫
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エルビシュの森を出て早2日。早馬に跨りギルドへの帰路を急いでいたヴェルナードたちは、イバシーという町で足留めを食らった。
「今朝方なんですけど、突然渓谷の底から魔物の声がすると報告が上がりましてね。現在調査中なので、橋は通行止めにしてあるんです」
渡っている誰かを狙って魔物が橋を落としたらたまったもんじゃありませんからね、と疲れた様子で続けたのは、下馬して状況の確認に行ったヴェルナードに応対するイバシー町の警備兵だ。
「あら、町の中に渓谷があるの?」
馬の背、ルイドラの腹にもたれかかるように跨っているカエが尋ねれば、そうだぞ、と藍竜が答えた。
「あんたがいた森から続いてる渓谷なんだ。でかすぎるのと深すぎるせいで、これぐらい離れてないと橋をかけられなかったらしい」
「はぁ〜、自然って凄いわねぇ」
感心したように言うカエは、ヴェルナードが貸したマントを羽織ってフードを目深にかぶっている。異質な姿を隠す為だ。
「手伝えることがあれば言ってくれ。急ぎギルドに帰らなくてはならないんだ」
「すみませんねぇ。おそらく今日中には何がいるのかわかると思うんで、明日には橋も渡れるはずですよ」
たぶんですけど、と警備兵が笑う。小さくため息を吐いたヴェルナードは、己が乗っていた馬とルイドラたちを乗せたままの馬の手綱を握り、引いた。
「宿を探すぞ。厩舎が空いていればいいが……」
「あたしお金持ってないの。野宿できるところあるかしら?」
「気にするな」
申し訳なさそうに言う少女に白虎が返し、風を受けて脱げかけたフードを藍竜がかぶせ直す。
3人を見送った警備兵に、もう1人の警備兵が近づいて耳打ちした。
「あれってAランクのヴェルナードとBランクのルイドラだよな? 〈銀の嘴〉所属の」
「ああ。何日か前にルフル町に行くって橋を渡っていったばっかりだったはず……」
「あの子どもは誰だ?」
「さあ。女の子なのは声でわかったが、顔はよく見えなかった」
こそこそと交わされる会話に、白虎と藍竜がちらりと目線を合わせる。
「丸聞こえだっつの。獣人の聴力舐めんなよ?」
「全くだ」
ルイドラが舌を打ち、ヴェルナードは眉をひそめる。あっ、とカエが声を上げ、前方を指差した。
「あっち! あっちがいいわ! 急ぎましょう!」
「は? ぅわ!」
「な!」
少女の言葉に応えるように2頭の馬が駆け出した。突然のことにルイドラは慌てて右手で手綱を握り締め、小さな体が落馬しないよう左手で支える。
危うく手放しかけた手綱をかろうじて掴み直したヴェルナードだったが、改めて跨る余裕はなく、駿馬の小走りに遅れないようもつれそうな足で必死に追いかけた。
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「いやーよかったよかった。馬房がちょうど2部屋空いてる宿が見つかって? 空き部屋が最後の1部屋で? 4人部屋だからベッドも余るし? 渓谷のすぐ側だから何かあったら駆けつけやすいし? 隣には名物料理が美味い酒場があるし? 足留め食らった割にはいい宿取れたよなぁ。ほんっっっと俺たちって運がいいよなぁ。……で、あれ何?」
大袈裟に両手を広げながらくるりと部屋を見回した後、窓辺を指差しつつ振り返るルイドラに、ヴェルナードは眉間を抓みながら、知るかと返した。
「ちちち、ち、ちち」
「ちち! ちちち、ちち!」
「あらそうなの? みんなで宿を探してくれてたのね? 助かったわぁ。ありがとうね」
「「ちち!」」
「うんうん、みんなにありがとうって伝えてね? とっても嬉しいわぁ」
「ちちち、ちち?」
「うんうん、うんうん……。あら、1匹いなくなっちゃったの? それは心配ねぇ」
明け放たれた窓に寄せた椅子に膝立ちをするカエと、窓の縁に乗って不思議な声で鳴く、奇妙な姿の2匹の虫。
白い綿に似た体毛が生えた掌サイズの虫と少女が会話をしているような様を見て、なんと答えればいいというのか。
本当に会話ができているのか、その虫がなんなのかを確認したくても、声をかけていいのかすらわからないまま男2人が立ち尽くして数分。ちっ! と一際大きく鳴いた虫たちは半透明の翅を広げ、空へと飛び去っていった。
「気をつけて帰るんだよ〜」
虫たちが雲の白に隠れて見えなくなるまで手を振っていたカエが、よいしょと椅子から下りたところで、ようやくヴェルナードは口を開いた。
「あー、カエ。今のが何か聞いてもいいか?」
「今の? ユキムシちゃんたちのことかしら?」
どうやら虫には名前があるらしい。
「ユキムシっていうのか。どっちがユキムシなんだ?」
ルイドラが聞けば、
「どっちとユキムシちゃんよ?」
カエが答える。
「今いたのは2匹だけだけど、あの白いコいっぱいいるのよねぇ。1匹1匹に名前つけてたら大変だから、みんなまとめてユキムシちゃんなの。ユキホタルって呼ぶ人たちもいるんだけどねぇ」
「言葉がわかるのか?」
「なんでかわかっちゃうのよ。ほんとびっくりだわぁ。まあ一番びっくりなのは大きさよね。あたしが知ってるユキムシはゴマみたいにちっちゃくって、ごみを焼いた時に舞う灰みたいなもんだったのに。でもあれね、あの大きさだと愛嬌があって可愛いわよね」
そう言いながら、カエはフードを脱いだ。あれ? とルイドラが首を傾げる。
「なあカエ、あんたの頭の花って黄色くなかったか?」
「……オレンジ色に変わっているな」
フードに隠れていた花は、かぶせる前は確かに黄色だった。しかし今はオレンジに色を変えており、少女の体躯には重めの布で押さえつけられていたにも関わらず、その花弁は瑞々しさを保っている。
「あらそうなの? まあ咲き始めと咲き終わりで色が変わる花もあるし、そういう種類なんじゃない?」
「いやいや、自分に咲いてる花だろ? なんで知らないんだ?」
「自分のことって意外とわからないものよ? いくつになっても新発見があるのっていいわよねぇ」
人生って楽しいわぁ、と笑うカエに、白虎と藍竜は呆れた様子で肩を竦めた。
「ああそれと、ユキムシちゃんたちが言ってたんだけどね?」
脱いだマントを両腕で抱き締めるように抱え、すそをひきずらないようえっちらおっちらとベッドに向かって歩きながら、少女が言う。
「あの渓谷の底、りんどぶるむ? っていう大きな蛇が移動中らしくて、夕方には通り過ぎるらしいわ。体が岩場に引っかかって苛々して唸っちゃった声を町の人たちは聞いたみたい。穏やかなコだから手出ししなかったら害はないんだってさ」
ベッドによじ登ってマントを広げたカエは、全身を使って丁寧に畳み始めた。ヴェルナードが目配せをして、頷いたルイドラが部屋を出る。
ベッドに近づいた白虎は、少女の体が跳ねないよう、そっと隣に腰を下ろした。
「ユキムシとやらとは仲がいいんだな」
「そうねぇ。あたしが森で目が覚めて、しばらくしたら近くにいるようになったわ。何匹いるのか数えてはないけど、30匹ぐらい集まってるのを見たことがあるの。食べていい木の実とか、近づかない方がいい場所とか教えてくれてすごく助かったわ。あの大っきくて真っ赤なとかげはいきなり飛んできたから避けようがなかったんだけどねぇ」
真っ赤なとかげ、という単語から、レッドドラゴンが思い浮かぶ。
「あれはドラゴンだ。いくら賢くても、虫が適う相手ではない」
「どらごん? なんか聞いたことあるわね……。ああそうだ、孫が昔持ってた裁縫道具に描かれてた、黒いとかげとおんなじ名前だわ」
「……孫?」
見るからに幼気な姿から出てくるとは思えない単語に眉をひそめたヴェルナードだが、自分と見た目の年齢が変わらないエルフの友人に曾孫が生まれたという話を思い出し、出かけた疑問を飲み込む。
「はい、貸してくれてありがとうねぇ。どこかでお仕事見つけるから、お金が入ったら改めて洗濯するからね」
「気にしなくていい。既に使い古しているし、そもそも汚れる物だからな」
綺麗に畳まれたマントを受け取り、ベッドの端に置いた白虎の丸い耳が、部屋の外、廊下の向こうの騒がしい音を拾う。
しばらくして、数人の冒険者が確認の為に渓谷を下りていったとルイドラが報せに戻ってきた。どこか焦った様子の藍竜の手には、子ども用の真新しいマントと号外が握られている。
手渡された号外に大きく書かれた文字に、ヴェルナードは目を見開いた。
【破魔樹の新芽、枯れる。若い神官が手折ったか。大神官怒りあらわに】




