第13話 買い物
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レントウェル町で行った瘴気払いの報酬を受け取り、まとまった金ができたカエは、ヴェルナードたちから借りていた金額をきっちり返した後、ほくほく顔で魔道具店を訪れた。
「えっと、マジックバッグとお財布と、魔法石とかを入れるポーチがあったらいいのよね?」
「そうだな。それと、依頼先によっては防寒具が必要になる場合がある。小さめのナイフも買っておくといいだろう。遠出する際は携帯食料もいるが、それはその時でいい」
「着替えも買っといた方がいいな。バッグ買ったら服屋に行こうぜ」
『お前さんら、ウルマとイメルにも魔法石を用意してやれ。首輪につけるといいじゃろう』
「ユキムシちゃんたちにもいるかしら?」
『つける首がなかろうに』
店先で待機しているエルカナルと会話しながら、ヴェルナードはカエでも扱える小型ナイフを、ルイドラは小柄な体格に合うマジックバッグを厳選している。カエはというと、これなんかどうかしら? と手に取ったポーチを頭に乗っているドンに見せてお伺いを立てていた。
「店主、魔法石を嵌め込めるナイフはこれだけか?」
売り場に並んでいる3本を指差して確認する白虎に、一行のやり取りを微笑ましそうに眺めていた小太りの店主が返す。
「今朝届いたばかりで、まだ値札をつけていない物がありますよ。ご覧になりますか?」
「ああ、頼む」
了解しました、と店主は店の奥に引っ込み、平たい木の箱を手に戻ってきた。カエにも見やすいよう床に膝をつき、蓋を開ける。シンプルな柄の物と、丁寧な装飾が施された物の2種類が7本ずつ入っていた。
「カエ様がお使いになられるのであれば、こちらのリファン店のナイフはいかがでしょう? 装飾がとても繊細で、若い女性に人気なんですよ」
「あらいやだ、若いだなんてお上手ね」
「カエ、今朝も鏡を見ただろう?」
「そうだった、若いんだったわあたし」
「こっちはトレスト店の物だな」
「さすが、よくご存じで。装飾は最小限ですが、長持ちするとたくさんの冒険者の方々がお求めになられる品です」
これは、それは、とヴェルナードと店主が話し始めると、3種類のマジックバッグを手に提げたルイドラがふらりとやって来た。
「なあカエ、この中だったらどれがいい? ショルダーバッグとリュックで、リュックはかっちりしたタイプとぐでっとしたタイプがあるぞ」
「そうねぇ、あたしはよく斜めがけのバッグを使ってたわ。ショルダーバッグね」
「じゃあ使い慣れてる方がいいよな。これとか?」
「あら! 昔のお医者さんバッグみたいで可愛いわねぇ。あたし、ちっちゃい頃この鞄に憧れたの」
「お、じゃあちょうどいいんじゃね? これ1色しかねえみてぇなんだが、いいか?」
「凄くいいわぁ。キャメル色大好き」
ほらよ、と斜めがけのマジックバッグをカエに手渡して、ルイドラは選ばれなかった2つをもとの場所に戻しに行く。試しに肩にかけてみた少女は、幼い頃に憧れた鞄を手に入れられることににっこりと微笑んだ。
「カエ、これを持ってみてくれないか?」
ヴェルナードに呼ばれ、カエは鞄が商品棚にぶつからないよう気をつけながら振り向いた。
「ゼニア店のナイフだ。質もいいし装飾も落ち着いているから目立たないだろう。どうだ?」
「うーん……。包丁なら毎日使ってたんだけど、こういうのは持ったこともないからよくわからないの。ヴィー君がこれがいいって言うならこれにするわ」
「そうか。じゃあお前の魔法石を貸してくれ」
差し出された手に、カエはポケットから取り出したオパールを渡す。受け取ったヴェルナードはナイフの柄にある穴に魔法石を嵌め込んだ。
「大きさもいいな。これなら調整を頼む必要もない」
ほら、とオパールが輝くナイフを差し出され、カエは刃に注意しつつ受け取った。細身のナイフが小さい掌によく馴染む。魔法石からわずかな魔力の巡りを感じると、次の瞬間にはナイフは消え、オパールだけがころんと残っていた。
「私たちの武器と同じで、お前自身の魔力を感知してナイフが出てくるようになっている。慣れるまで練習するといい」
「ええ、わかったわ。後はお財布ね?」
「お財布でしたらあちらの棚になります」
立ち上がった店主が木箱をカウンターに置き、案内しようとしたところで、
「おーい、こんなにいっぱいあるぞー」
両手にこんもりと財布を乗せて、ルイドラが小走りでやって来た。
「ボタンのとかがま口のとか、首にかける巾着もあるぞ。硬貨以外のちょっとしたもんを入れられるのもあるけど、あれはでかいからやめといた。あー、でも巾着は物取りに遭ったら危ねえよなぁ」
持ってきたはいいものの、使う本人には選ばせずに自分で品定めし始めた藍竜に白虎は呆れ、少女がくすくすと笑う。最終的にがま口の財布を選んだルイドラにカエは礼を言って、諸々の品の代金を店主に支払い、余った硬貨を早速財布に入れて、マジックバッグの内ポケットにしまった。
「財布とかの頻繁に使う物は取り出しやすい内ポケットに、それ以外の大きな物やすぐには使わない物は奥に入れるといい」
「食いもん入れたら気をつけとけよ。時間の経過を遅らせる魔術が施されちゃいるが、効果はそこまで長くねえから腐らせちまう」
「定期的に中を整理した方がよさそうね」
オパールをしまったポーチをベルトに引っ掛けるカエに、ヴェルナードとルイドラは注意点を伝える。後者に関してはルイドラがよくやる失敗の1つだ。
「あら? エルさんたちは?」
店を出ると、いるはずのエルカナルとウルマ、イメルの姿がない。周囲を見回してみても、物陰に隠れられるとは到底思えない聖獣の巨体は見えなかった。
「さっきまでいたのに、どこ行ったんだ?」
「エルカナルがカエから離れるとは思えんが……」
従魔になったばかりで、まだ幼さの残るイメルや奔放なウルマならともかく、聖獣であるエルカナルがカエを、ましてやファヴァリィの後継者を置いて姿を消すとは考えづらい。不穏な気配を感じた白虎はカーネリアンを握り締め、藍竜は少女を抱き上げた。
「チチッ?」
カエの頭の上でドンが鳴き、触角を揺らす。ドンの目線を追って、少女も空を見た。
「ウルマちゃんたち、町の外に行ったみたい。あたしたちも行きましょう」
「「わかった」」
男たちは頷き、カエが見ている方角にある南門に向かって駆け出した。途中、速度を緩めないままヴェルナードはカイオネルに連絡を取り、ギルドにいる冒険者たちを向かわせるよう要請する。
南門に近づくにつれ、町民たちのざわつきが大きくなった。困惑する者、逃げるように帰路に就く者、興奮している者と様々で、外に行こうとする子どもの手を掴み叱る親の姿もある。
ようやっと見えてきた南門は無人だった。通常内側に2人、外側に2人配置されている警備兵の姿がない。町から飛び出したヴェルナードたちは、本来ならばそこにはないはずのモノに絶句した。
ワイバーン6頭、グリフォン1頭、ゴブリンの群れとオークが複数。
人里には滅多に現れない魔獣や魔物の骸がそこかしこに散らばっており、怯え切った4人の警備兵たちが南門の柱に隠れている。遅れて駆けつけた数人の冒険者たちが、目の前の光景にあんぐりと口を開けた。
「なんなんだこりゃ……」
「嘘でしょ……、魔族の死骸がこんなに……」
「こっわ、何これ? 何があったの?」
各々の武器を構えたまま、冒険者たちが足踏みをする。ぶわりと、大きな影が現れた。
激しい衝撃音と振動に、この場にいる全員が両足を踏み締める。落下してきたのは、黒い鱗を持つリンドヴルムだった。
「ぐるにゃ!」
「きゅい〜♪」
「「「ちちぃ〜♪」」」
沈黙に支配されたヒトたちの耳に、場違いな可愛らしい声が届く。皆が弾かれたように一斉に見上げた先にはふんすと鼻を鳴らすウルマと、ウルマを乗せたイメル、ブンブンと飛び回るユキムシたち、しょんぼりしたエルカナルがいた。
『すまぬカエ……。ヴェルナードもルイドラも……、本当にすまぬ……。儂の力不足じゃ……』
よろよろと地面に下りた聖獣が、白虎たちに頭を下げる。一気に老け込んで見えるエルカナルの鼻を、カエが優しく撫でた。
「何があったの? 話してごらん?」
出会って日は浅いとはいえ、今までに見たことのない聖獣の落ち込み具合に心配そうに少女が尋ねる。それがのう、とエルカナルは口ごもった。
『ほれ、あの店でお前さんがいろいろと買い物をしとったじゃろう? それを見たあ奴らがの? 金が足らんと思うたのか、町を出て狩りに繰り出してしもうたんじゃ。とめようとしたんじゃが、既にオークとゴブリンに突っ込んでしまっとってのう』
「あらあら、なんてこと」
『その上間がよいと言うか悪いと言うか、上空でワイバーンたちとグリフォンが小競り合いしておって、そこにリンドヴルムまで加わりよったせいで……、まあ、この結果じゃよ……』
「あんらー……」
エルカナルと魔族を交互に見たカエは、困り顔で白虎たちを見上げる。ルイドラはぽかんと口を開けたまま、ヴェルナードは再び懐中時計を取り出し、発信した。
〔ヴェルナード? どうなったんだい? 大丈夫?〕
通話口からカイオネルの声が聞こえてくる。
「問題ないが、解体エリアを空けてくれないか? 今すぐ」
〔え? いいけど、どうして?〕
「ウルマたちがカエの生活費を獲ってきた」
〔は??〕
「説明は後だ。とりあえず転送するから、解体屋を集められるだけ集めてくれ」
それだけ伝えて、返事も待たずに通話を切る。カエたちに目を戻せば、エルカナルの背に白猫と白竜とユキムシたちが群がって雪景色を作っており、当の聖獣は従魔たちのやんちゃをとめられなかった自分を情けないと嘆き、少女に慰められていた。
(やんちゃな孫に振り回される爺さんみたいだな)
「なんかさ、孫に振り回される爺さんみたいだな」
ヴェルナードが心の中で呟くにとどめた台詞をルイドラが口にする。馬鹿が、と白虎は左手で顔を覆い、聖獣はじろりと藍竜を睨んでその頭にぐわりと噛みついた。




