第14話 洞窟へ
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次の瘴気払いに選ばれたのは、海沿いの町クロストの近くにある洞窟だった。大海を望む崖の下、絶えず海水が流れ込む縦に裂けたそこに向かう陸路はない。船で行くか、水棲の従魔の力を借りるかの二択になるのだが、エルカナルがいるヴェルナードたちにとって荒波や絶壁など妨げにもならなかった。
「数日前、洞窟から瘴気が流れ出ているのが確認されたらしい。放っておけば漁業に影響が出るから対処してほしいとのことだ」
「俺たちは洞窟の奥に棲み着いてるバジリスクの討伐だったよな」
「暗い上に死角も多い場所だ。充分に気をつけろ」
クロスト町で1泊したヴェルナードたちは、日の出前に聖獣に跨り、上空から目的地である洞窟の位置を確認していた。
「バジリスクって確か、猛毒の蛇だったかしら?」
「知っているのか?」
「ドラゴンは知らなかったのに?」
「孫が遊んでたゲームに出てたのをちらっと見たことあるわ。毒状態になっちゃって、文句言いながら何回もやり直してたもの」
苦労してたわぁ、とカエが当時を懐かしむように言った。この世界でいうゲームはカードを使ったものが主なので、ゲームで毒状態という聞き慣れない状況にヴェルナードとルイドラは首を傾げるが、情報源が異世界生まれだから考えても仕方がないと自分を納得させた。
『バジリスクは生息地や幼体の頃に食べた餌の魔力量によって大きさが異なる魔獣じゃ。この地域では小型なモノがほとんどじゃが、稀に巨大化する個体もおる。丸呑みにされんよう気をつけるんじゃよ』
エルカナルの言葉にカエは頷き、ウルマはそっぽを向いて、イメルはやる気満々といった様子で鼻を鳴らす。周囲を飛ぶユキムシたちが鳴き合って群れを3組にわけると、ドンの号令を受けて1組は空へ、もう1組は海へ散り、最後の1組は洞窟の中へと飛び込んていった。
先行するユキムシを追い、エルカナルは降下する。うねる海面に立つと、波紋を広げながら洞窟の中へと足を踏み入れた。
奥へ進むにつれ、視界が暗くなっていく。ヴェルナードは懐中時計を取り出して蓋を開け、円形に12個空いている穴の内3時の位置に指を差し込み、魔力を注ぎ込んで0時までくるりと回した。
懐中時計の文字盤から魔法陣が浮かび上がり、薄暗かった洞窟内が昼のように明るくなる。その流れを見ていたカエは、まん丸に開いた目で魔道具を見上げた。
「その時計、いろんなことに使えるのねぇ」
「穴の底に転送や通話といった魔術を施した魔法石を嵌め込んである。持ち主の魔力の波長に反応して、0時の位置まで回せば発動するんだ」
「どんな魔法石を嵌めるかは持ち主次第だから、ヴィー専用の懐中時計って感じだな。火魔法とかの攻撃用のを嵌めてる奴もいるし」
『儂も何度かそれを使って魔獣と戦うヒトを見たことがあるのう。しかし、使いようによっては危険では?』
「作られた当時は悪用する馬鹿が多かったらしい。だから今は身分のしっかりした者や、そういう者から認められたヒトにしか使用の許可は下りないんだ」
「結構魔力も吸われちまうから、貧弱な奴はそもそも使えねぇしな。でもカエなら使えるんじゃね?」
「そうだな。帰ったらカイオネルに相談してみるか」
話しながら進んでいると、岩肌の地面が見えてきた。岸にぶつかる波の飛沫が洞窟内を湿らせている。狭いとはいえ陸を確認できて安堵したヴェルナードは、ドンが乗っているカエを抱えて聖獣から降りた。
波に近い場所ほど厚い藻に覆われ、靴が滑る。白虎に続いて地面に立った藍竜は、聖獣に片手を添えて足もとを確認しながらウルマを肩に乗せ、イメルを腕に抱いた。
「早く終わらせよう。この光も長くは保たない」
魔道具で周囲を照らす間、ヴェルナードは魔力を消費し続ける。帰り道を考えると、あまり時間はかけられなかった。
「ランプも買えばよかったわねぇ」
「あー、前は使ってたんだが、使い勝手が悪くてな。それに、俺たちは夜目が利くから普通ならいらないんだ」
虎とドラゴンを祖先に持つ2人は、星明かりのようなわずかな光源さえあれば深夜でもはっきり物が見える。ふだんであれば洞窟内を満遍なく照らすほど光量を強くはせず、手もとをぼんやり明るくする程度にとどめて魔力を温存するのだが、今回はそうはいかなかった。
視力に問題はないものの、少女の目は人間のそれと変わらない。明かりがなければまともに歩くこともままならないカエに自分たちが合わせるのは、2人にとってもはや当然のことになっていた。
「ちちー!」
懐中時計の明かりが届いていない奥から、ユキムシが1匹戻ってくる。一行の周りを一回りしたユキムシはエルカナルの枝角にとまり、そっと翅を閉じた。
綿の体毛がほんのりと青白く光り出す。半透明の翅の網目が光を乱反射させて、魔道具よりも強い輝きを生み出した。
『それはいらんようじゃな』
「ああ、助かる」
懐中時計の蓋を閉じてポーチにしまい、カーネリアンを取り出す。カエを抱えたまま、ヴェルナードは魔法石を剣に変えた。
「凹凸の隙間や岩の陰に注意しろ。バジリスクはどこに潜んでいるかわからないからな」
「はいよ」
返事をしたルイドラも、鉤爪に変えたオブシディアンを装着する。全方位を注意しつつ、一行は洞窟の最奥を目指して歩き出した。
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洞窟を進んでいると、地面の窪みに瘴気が溜まっている箇所を複数見つけた。その度にカエが瘴気払いをして、浄化し切ってから奥へと進む。途中いくつかの分岐点があったものの、まるで目印のようにユキムシが天井に貼りついてくれていたおかげで一度も行き止まりに出会すことなく、引き返さずに済んだ。
道中でバジリスクの姿は発見できなかったが、向かう先から漂ってくる魔力の気配が強まるのをヴェルナードたちは感じ取っていた。白虎は抱えていた少女を聖獣の背に戻し、ウルマを呼ぶ。藍竜の肩からぴょいと飛び移ってきた白猫を支えて角を曲がると、大地が大きく陥没したような大きな空洞と、どす黒い水面が目の前にあった。
海水が流れ込んでいるのか、淡水が湧いているのかはわからないが、セムダ湖と同じく黒く染まった水が風もないのに揺らめいている。発光するユキムシたちが水面すれすれを飛ぶと、かすかだか何か動くモノが見えた。
『これはまた、見事に育ったのう』
どこか感心した様子でエルカナルが言うと、水面が大きく盛り上がった。静寂に包まれていた洞窟に飛沫の音が反響する。飛び交うユキムシたちに照らし出されたのは、ヴェルナードたちが想像していたよりもはるかに巨大なバジリスクだ。
鈍く光る蛇の目がこちらを睨む。ウルマは威嚇の声を上げ、ルイドラの腕から抜け降りたイメルが尻尾で地面を激しく打ち、宙に舞った。
真っ先に動いたのは藍竜だった。高く飛び、雷撃を放つ。閃光はバジリスクに直撃したが、まるで蓮の葉に降った雨粒のようにするりと滑り落ちてしまった。
水面から突き出た魔獣の尾が藍竜に迫る。未だ宙にいるせいで身動きが取れないルイドラは衝撃を覚悟したが、ふと足もとに落下への抵抗を感じ、反射的にそれを足場に跳躍した。
空中で一回転して、再び宙を踏む。エルカナルが空間内に魔力を生き渡らせているのを肌で察した藍竜は、そのまま宙を駆けた。
聖獣が作り出した足場にヴェルナードも飛び乗り、駆ける。バジリスクの頭部の後ろに回り込み、反撃される前に首の付け根を斬りつけて距離を取った。
剥き出しになった肉にウルマの氷剣が突き刺さる。貫くまではいかなかったが、旋回していたイメルが急降下して柄にしがみついた。
「きゅい!」
白竜が主に合図を送る。従魔が何を求めているのか悟った藍竜は、イメルに向かって雷撃を放った。
全身で受け取った藍竜の雷撃を、白竜は体内で膨らませる。倍以上の威力となった雷が、ウルマの氷剣を通じてバジリスクに流れ込んだ。
瞬きにも満たないほんの一瞬で決着が着く。長大なバジリスクの体がぐらりと傾き、水飛沫を上げて水面に倒れた。
「っしゃあ! やったなイメル!」
「きゅっきゅい〜♪」
宙を踏んだまま、ルイドラは飛んできたイメルを受けとめて勝利に破顔する。階段を下るように水面に立ったヴェルナードは、バジリスクが息絶えているのを確認してクロスト町のギルドに転送した。
「助かった、エルカナル。まさか私たちでも歩ける足場を作れるとは思わなかった」
『ほっほっほ、お安い御用じゃよ』
陸に上がった白虎が礼を言えば、聖獣は目を細めて笑った。ねえねえ、と少女が上を指す。
「空中を歩くのってあたしにもできる? ちょっとそこまで行きたいんだけど」
『お前さんはやめておきなさい、危ないから。ヴェルナード、連れていってくれるかのう?』
「ああ」
ウルマをエルカナルの背に下ろし、入れ替わりにカエを抱き上げて天井に向かう。触れられるところまで近づくと、少女は亀裂のような窪みに小さな手を差し込んだ。
「あった、これだわ」
「チチッ」
引っ張り出されたそれに、ドンが鋭く鳴いて触角を揺らす。ヒトの立ち入りが難しい洞窟に放置されていたとは思えないほどに綺麗な藁人形が、カエの手に握られていた。




