第11話 セムダ湖
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レントウェル町はセムダ湖に沿って栄えた町だ。潤沢な湖水を生活水として使っており、町民たちの主な収入源は農作と酪農である。王室に献上するような最高級品ではなく、大陸全土に行き渡りやすい安価だが質のいい品を多く出荷している町の1つだ。
それゆえに、瘴気によるセムダ湖の穢れは大陸中の町村民の生活に影響してしまう。穢れた水を飲めば民だけでなく家畜たちにも被害が広がり、撒かれた作物は枯れ果てる。出荷ができなくなれば食料は減り、物価が上がり、まともな食事を取れなくなる家も増えるだろう。
カイオネルが最初の瘴気払いにレントウェル町を選んだのはそういう理由だった。
「よさそうな依頼はなかったぜ。とりあえず、今回はカエの護衛だな」
「幸先が悪いな」
警備兵が守る門の外。ヴェルナードたちは、レントウェル町にあるギルドの掲示板を確認しに行ったルイドラとイメルを待っていた。ドンを含むユキムシたちの姿はない。ここに来る途中、風に吹かれたたんぽぽの綿毛のように四方に散ってまだ帰ってきていないのだ。
「瘴気を出した魔物の討伐依頼は出てないの? 湖を悪くした親玉みたいなのがいるんじゃない?」
『魔素を穢す類の魔物というのはの、魔素を穢し切ったら次の場所へ移動するモノが多いんじゃ。自分が呼吸しやすい土地を作ることで縄張りを広げるんじゃよ。そこに瘴気のおこぼれを求めて他の魔物が来たり、近づいたせいで瘴気に中てられて凶暴化する奴がおったりするから厄介なのよ』
「どちらかと言うと、魔物が去った後に瘴気溜まりが見つかることの方が多いんだ。暴れることで瘴気をばら撒く魔物もいるが、稀だな。だから瘴気の主が討伐対象になることはほとんどないと言っていい」
『じゃが、今回の瘴気の主はまだ近場に潜んでおる。ここではなく、湖に湧く地下水の上流にな。湖が穢れたのも地面に浸みた瘴気がここまで流れてきたのが原因じゃわい。大きな被害が出る前に気づけたのは幸いじゃ。瘴気を求める別の魔物もまだ来ておらんしの』
ほれ、あっちじゃよ、とエルカナルは頭を振り、ウルマと一緒に背中に乗っているカエに魔物がいる方角を鼻で示した。
「ギルドが魔物の討伐依頼を出すのなら、いつも通り素材の分け前を話し合う必要がある。カイオネルに頼むか?」
「それなんだが」
ちらりと、ルイドラは自身の足もとにいるイメルに目をやった。
「一応ここのギルマスには聞いたんだ。もし瘴気の主がいたとして、討伐したら素材をどうするかって。そしたら町長も来てさ、分け前はいらないから早く片付けてほしいって言ってたぜ」
「聞いたのか? お前が?」
「あー、なんかイメルにさ、聞けって言われた気がして」
「きゅい」
いい仕事をした、と言わんばかりに胸を張る白竜の頭を、ヴェルナードは片膝をついて優しく撫でた。
「偉いぞイメル。その調子でルイドラを躾けてやってくれ」
「おーい、主はこっちだぞー?」
白虎たちのやり取りにカエが笑い、ウルマはつまらなそうにあくびをした。
『それほどに切羽詰まっておるんじゃろうて。水の穢れは儂とて堪えるからのう。さあ、瘴気の主を討ちに行こう。カエの出番はそれからじゃ』
エルカナルの指示に頷いたカエは、ウルマを抱き上げて跨った姿勢のまま前に移動する。後ろにできた余白に白虎と藍竜が跨り、イメルは聖獣の隣におすわりした。
『遠くはない。すぐに戦えるようにしておくといい』
そう言ってエルカナルは空気を踏み、宙を駆けた。助走をつけて飛び上がったイメルが聖獣と並んで飛行する。しかし途中から遅れてしまい、置いていかれると思ったのか悲鳴のような声で鳴いた白竜は、速度を落としてくれた聖獣に必死に追いつきルイドラの腕に飛び込んで丸くなった。
「最初から乗りゃいいのに」
「自分で飛びたいんだろう」
「挑戦したい心を持つのは素晴らしいことだわ」
きゅぅ〜、としょんぼりしているイメルに、フンッ、ウルマがそっぽを向く。あらあらと、カエが困った顔をした。
『ほれ、あそこじゃ』
陸路を行けば1時間はかかるであろう距離を、エルカナルは数分で駆け抜けた。眼下には深緑の森が広がっているが、その只中に円形に枯れた箇所があり、どす黒い木々が灰色の葉を散らしている。
「サラマンドラか……」
木々の隙間から見えた魔物の姿に呟くヴェルナードにルイドラが頷く。炎の精霊であるサラマンダーの近縁種で、炎魔法への高い耐性を持ち、触れるだけで死に至らしめるほどの強い毒を有している危険な魔物だ。
「私とは相性が悪そうだ。接近戦も難しいな」
炎魔法と剣術を得意とするヴェルナードが苛立たしげに言った。
「こういう時の俺だろ? 今日は大人しくしてろって。俺の雷でちゃちゃっと──」
片付けてやっからよ、とルイドラがオブシディアンを握り締め、鉤爪へと変えようとした瞬間、ぴょいとウルマがエルカナルから飛び降りた。
「ふみゃ!」
「きゅい!」
ウルマの鳴き声に反応したイメルが、ルイドラの腕から飛び出して追いかける。急降下した白竜が追い抜きざまに背中で白猫をすくい上げると、ウルマは全身に魔力を巡らせた。
ウルマの周囲の景色が歪む。直後、その歪みははっきりとした輪郭を得た。
氷で作られた幾本もの剣。ヴェルナードの愛剣と同じ装飾を持つそれらの切っ先が、まっすぐサラマンドラを捉えている。
射られた矢のような高い音を立てて、氷剣が大地に降り注いだ。サラマンドラの心臓、四肢、頭部、尾のつけ根と先端を、反応する間もなく縫いつけていく。
断末魔も上げられないままに、瘴気の主は絶命した。
「なあヴィー」
「どうした?」
「俺決めた。カエ関連じゃもう驚かねぇことにするわ」
「奇遇だな。同意見だ」
いそいそと魔法石をしまうルイドラたちのもとに、満足そうな顔のウルマを乗せたイメルが帰ってくる。ヴェルナードは懐中時計を取り出して、サラマンドラの討伐が完了した旨をカイオネルに報告した。
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「本当にありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいか……」
「礼ならこいつに言ってくれ」
瘴気の主を〈銀の嘴〉に転送した後、レントウェル町を訪れたヴェルナードは頭を下げてくる町長にそう返し、ウルマを指差した。
「それに、森を治したのも湖の瘴気を払うするのもカエだ。私もルイドラも、今回の依頼には指一本触れていない」
「ああ、彼女が例の……」
町長は振り返る白虎の目線を追って、柵が立てられている湖の縁を見やった。未だ黒く染まる湖面を、柵の隙間からカエとイメルが覗き込んでいる。ルイドラとエルカナルが両脇を固めており、並ぶ様はさながらペットの散歩の途中で休憩を取っている兄妹だ。
「驚きましたよ。ついこの間ファヴァリィが折られたという報せが来てもう駄目だとみんなで嘆いたばかりなのに、次に来た報せがファヴァリィの後継者が現れた、だったんですから。しかもヒト型で、自由に動き回れるだなんて」
町長の言葉に、こちらを遠巻きに眺めている町民たちが頷くのが視界の端に映った。渦中の人である少女と聖獣を一目見ようとかなりの人数が集まっているが、その数は未だ増え続けている。
「とある森で拾ってな。その縁で行動を共にしているんだ」
念の為、ヴェルナードはルフル町の名前を伏せた。ケチな貴族が自分が住む町の近くの森にファヴァリィの後継者がいたと知れば、所有権を主張してくるかもしれないからだ。エルカナルがいる以上そのような馬鹿はしないと信じたいが、用心に越したことはない。
「ヴィーくーん、ちょっといいかしらー?」
湖から目を逸らさないまま、カエが手招きをする。毛繕いしていたウルマを肩に乗せ、ヴェルナードは一行に近づいた。
「どうした?」
「下まで下りたいの。行ってきてもいいかしら?」
下? と繰り返し、白虎は柵から身を乗り出す。柵の外は急斜面になっていて、足場も見当たらない。左右に目をやれば、左側に古めかしい階段を見つけた。
「町長、下りてみても?」
「構いませんが、まだ水が穢れは治まっていませんよ?」
「それをどうにかしに来たんだっつの」
ルイドラがカエを抱き上げて肩車をすると、イメルが藍竜の足をよじ登り胸もとにしがみついた。
「お前は自分で歩けよ」
そう言いながらもどこか嬉しそうな顔をしたルイドラは、左手で少女の足首を持ち、右手で白竜を支えて階段を下り始めた。
『可愛いがっておるのう』
「そうだな」
「んにゃ」
笑う聖獣に、白虎もわずかに微笑みを浮かべる。柵に飛び移った白猫は、手摺の上を小走りに駆けてカエたちを追いかけた。
お読みいただきありがとうございました
ピカチュウを探して数日間歩き回っていた為、物語のストックが切れてしまいました
これからは書け次第、2、3日置きぐらいには投稿していきたいと思いますので、よろしくお願いします
早めに書き上がったら投稿できるよう頑張ります




