第10話 カエの仕事
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「そういえば、昨日受けていた薬草採取の依頼は大丈夫だったのか?」
食事を終えた白虎が目をやれば、ちち! と数匹のユキムシたちが返事をした。
「あたしたちがエルさんについていった後、ユキムシちゃんが何匹か残ってくれてて、薬草と木の実を受付のお嬢ちゃんに届けてくれてたの。依頼主のお医者さんにちゃんと渡してくれたみたいで、お金ももらえたわ。もっと稼いで返すから、もうちょっと待ってね?」
「いいと言うのに……」
「カエって結構強情だよなぁ」
箱からリンゴジャムクッキーを2枚抜き取ったルイドラが笑う。1枚をカエに手渡し、残った1枚を口に放り込んだ。
『お前さん、金がいるのか?』
首を巡らせたエルカナルが少女を見下ろす。
「マントとか宿代とか、ルイ君たちに払ってもらってる状態なのよ。だから早く返したくって。このサンドイッチのお金だって出してくれてるのはヴィー君だもの」
『そうか』
ふむ、とエルカナルが思案顔をした。
『のうカエよ。カイオネルに頼んで、お前さん自身が依頼を募集したらどうじゃ?』
「依頼を募集?」
オウム返しをするカエに、さよう、と聖獣が頷く。
『先代までのファヴァリィは植樹された一帯しか浄化できんかったが、お前さんは自由に移動ができる。魔族の被害に苦しむヒトは多いゆえ、瘴気を払ってほしい土地に住む者たちは報酬を払うことを厭わんじゃろう。破魔樹の落ち葉を買いに来るヒトを何度か見かけたこともあるしのう。無論、暴利を貪ってはいかんぞ。その土地の穢れ具合で対価を決めればいい』
「すまないが、それは容認しかねる」
エルカナルの案にヴェルナードが待ったをかける。
「ユキムシたちは確かに強いし、聖獣が従魔となれば心強いが、絶対とは言い切れない。カエ自身に身を守る術がない以上、あまり遠くへは出したくないんだ」
「拾った責任もあるしなぁ。何より危ない目に遭わせたくねえんだよ」
藍竜が折れた左角の断面を撫でる。ならば、とエルカナルは続けた。
『同行すればよいではないか。行った先で都合のいい依頼を受ければお前さんらも報酬を得られるし、カエを守れもするし、瘴気も晴れる。悪くはないじゃろ?』
「あー、俺たちの依頼先に連れてくんじゃなくて、俺たちがついていく側になるわけか」
前日の会話を思い出し、ルイドラがヴェルナードの顔色を窺う。白虎は顎を撫でながら、うーむと唸った。
「確かに、高ランクの冒険者が常駐していない町もあるから俺たちが行けば役には立てるだろうが、そうなればこの町の守りが薄くなってしまう」
「それに関しては大丈夫だと思うよ。事情を話せば王都から冒険者を派遣してくれるだろうから」
「場所によっては移動だけで数週間、いやそれ以上かかるかもしれんぞ」
『儂に乗れば一飛びじゃよ』
「ちょうどいい依頼がないかもしれん」
「結構あるくね? そんなこと」
「……カエ自身の意思は?」
「あたしはいいわよ? お役に立てるなら精いっぱい頑張るわ」
それに、とカエは少し俯く。
「いろんなところに行けたら、あたしが行きたい場所が見つかるかもしれないじゃない?」
「ああ、サンズの川だっけ?」
以前聞いた名前を繰り返せすルイドラに、少女は優しく微笑む。
「そうなの。その川を渡らないといけないんだけど、どこにあるのかわからなくって」
「うーん、その川は僕も知らないんだよねぇ。ごめんね、役立てなくって」
「いいのよぉ気にしなくって。あ、エルさんは知ってるかしら?」
『いいや、覚えがないのう。何か意味のある場所なのかのう?』
「そうねぇ……」
半分齧ったクッキーを握る手を膝に置き、カエは陽光がちらつく葉の屋根を見上げた。
「三途の川っていうのはね、この世とあの世の境い目を流れる死者が渡る川なの。そこを渡ったら奪衣婆と懸衣翁っていう夫婦に生前の罪の重さを量られて、極楽浄土に行くか地獄に行くかを決められるのよ」
「死者が渡る川?」
「地獄って……」
「あたしもそこまで詳しくはないんだけどねぇ。おじいさん、あたしの旦那も渡ってるはずだから、とっとと追いかけて早死にしたことに文句言ってやるつもりだったのに、目が覚めたらあの森だったの。最初はね、あの世って思いの外精気に満ちた景色なのねって思ってたんだけど、違うのよねぇ? ヴィー君もルイ君も生きてるのよねぇ?」
「当たり前だろ」
「うーん、だったらやっぱり三途の川はないのかしら?」
微笑んではいるものの、どこか寂しそうな雰囲気をまとうカエの足にドンが擦り寄る。オレンジだった少女の頭の花の色が薄らいで、青く染まった。
『お前さんが生きていた世界に伝わる川なら、こちらの世界で探すのは難しいじゃろうなぁ。しかし、それに類するもの、もしくは行き方ならわかるかもしれん。調べてみる価値はある』
じゃが、とエルカナルは険しい顔をする。
『先も言った通り、お前さんが受け継いだファヴァリィの力はこの世界に必要なんじゃ。元の世界で生き抜いたお前さんにこんなことを言うのは酷じゃが、どうかその力を貸してほしい。このエルカナル、必ずや御身を守ってみせるゆえ、どうか』
この通り、と、聖獣が深々と頭を下げる。いやねぇ、とカエはエルカナルの背をぽんぽんと叩いた。
「さっきも言ったでしょう? 精いっぱい頑張るって。わからないことばかりだけど、やれるだけやってみるわ。おじいさんはあれよ、早死にして散々家族に迷惑かけたんだから、今度はあたしが待ちぼうけ食らわせてあげるわ。いい気味よ」
ほほほ、と口もとを手で隠して笑うカエの花がオレンジに戻る。その声につられた一行も声を上げて笑い、顔も知らない少女の旦那を哀れんだ。
それからしばらく話をして、カイオネルはギルドに戻っていった。ファヴァリィの後継者による瘴気払いの依頼を募集するという通知を各ギルドに送る為だ。頑張るぞー、と意気込んで飛んでいく灰梟の背中を見送り、藍竜は少女を振り返った。
「前もって言っとくが、依頼先がどんな場所でも1人にはなるなよ? 絶対誰かと一緒にいないと駄目だからな? 常識のある奴らは手を出してはこねぇだろうが、こないだみたいな獣人狩りなんかは関係ねぇからな? 隙あらば首根っこ捕まえにくる奴らなんだから、油断するなよ?」
「えぇえぇ、わかってるわ。それよりごめんなさいね、2人には迷惑かけちゃうだろうから……」
「いや、本当に気にしなくていい。普段行かない地域で受ける依頼はいい経験になるからな」
むしろ好都合だと、ヴェルナードは内心喜んでいた。遠方に赴くのであれば、戦ったことのない魔物との戦闘やタイプの違うダンジョンへの挑戦も望めるかもしれない。白虎のわずかな表情の機微を感じ取ったルイドラは、珍しく嬉しそうな相棒に小さく笑った。
「そうだ、せっかくだからカエにも魔法石持たせねぇか?」
藍竜が思い出したように言えば、魔法石? と少女は首を傾げた。
「これだ。私たちが武器として扱う物だが、護符に加工することもできる。依頼が来る前にドワーフのところに行くとしよう」
ヴェルナードがポーチからカーネリアンを取り出し、カエに見せる。俺のはこれ、と、ルイドラもオブシディアンを掌に転がした。
「魔力を注ぎ込んで形を変えるんだ。タリズマンにするな一時的に結界を張れる術を組むのがいいだろうな」
『ふむ、まあ補助として1つは持っておいた方がいいかもしれんの』
意味深なエルカナルの台詞に、ヴェルナードが問う。
「補助? どういう意味だ?」
『どうもこうもなかろう。カエは既に立派なオパールを持っておるではないか』
よく見い、と枝角の先がカエの頬を指す。エルフよりも色白の、最近ではもう見慣れた肌だ。
『カエはの、ファヴァリィの体と異世界人の魂、そして魔法石であるオパールの肌を持っておる。気づかなんだか?』
「まじかよ、初めて知った……」
「……カイオネルが言っていた植物とは異なる魔力とやらの正体はそれか」
『今はまだ原石の状態じゃから能力を発揮できておらん。いずれ覚醒するじゃろうから、それまでの繋ぎとして同じオパールを用意してやるがいい』
「ああ、わかった」
助言を受けて、白虎と藍竜はどのドワーフに依頼するか、魔法石をどこの店で調達するかを相談し始めた。最終的に自分たちが過去に世話になった店を訪ね、顔見知りの店主に2、3日内には用意できると言われたので依頼をし、その足でギルドに帰還する。
翌日、ヴェルナードたちが目覚めた頃には瘴気払いの依頼が各地から殺到していた。重ねられた依頼書の高さはカエの腰にまで届くほどだ。その中から厳選して、現在最も魔族の被害が深刻な地域を1つ、カイオネルが選ぶ。
目的地は南方。瘴気により穢され、どす黒く染まってしまった湖がある町、レントウェルだ。
明日は投稿をお休みします
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