↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公開処刑のはずだった闘技大会、元軍人が参加したせいで戦場になった  作者: 朝山 みどり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/20

03 開始だね

 03 開始だね


筋肉をつけるために足踏みをしている。部屋で出来るしな。


 最初はすぐに息が上がった。だが、今はそれなりに長く続けられるようになってきた。


 目標は、走れる体。


 この体は、戦場にいた俺の体じゃない。胸の奥に残っている「戦えるはずの感覚」が、現実の貧弱さを余計に浮き彫りにする。


 足踏みをすればするほど、すねの奥がじわじわ熱くなる。呼吸は浅くなり、心臓だけがやたらと存在を主張してくる。


 それでもやる。


 ひまさえあれば動く。やらなきゃ越えられない。


 俺は侍従に頼んだ。


「自分を勘当する書類を作ってくれ」


 笑われると思った。だが、口から出たのは本音だった。


「どうせ死ぬかもしれない。でも、希望が欲しい。生き残ったら自由に旅に出たい。そう思える理由が欲しい」


 侍従は少しだけ目を細め、それ以上は何も聞かなかった。


 そして翌朝。


 本当に書類が届いた。


 形式ばった文面。署名欄。印章を押す余白。


 薄い紙なのに、妙に重かった。


 俺は迷わず署名した。


 闘技大会が終わったあとに提出すれば、正式に勘当手続きが完了するらしい。


 つまり――生きていれば提出できる。


 俺は賭けで得た金を持って、この世界を見て回る。


 そう考えた瞬間、胃の奥に張りついていた冷たさが、少しだけ溶けた気がした。


「ありがとう」


 侍従は静かに頭を下げただけだった。


 それから、俺は出来ることを増やした。


 魔法の手。


 腕を作り、手の代わりにする魔法だ。


 これが、この体で唯一まともに扱える武器だった。


 細い腕より、見えない魔法の腕のほうが、よほど思い通りに動く。


 透明化も試した。


 こっちは拍子抜けするほど簡単に成功した。


 たぶん、この世界の魔法は理屈を積み上げれば発動まで持っていける類だ。


 逆に、火球や水球みたいな飛ばす魔法は、訓練量がそのまま精度に出る。


 照準、速度、制御。


 そういう積み重ねが必要なのだろう。


 なら、それは後でいい。


 自由になってから鍛えればいい。


 石でも投げれば、そのうち上達する。


 そして当日。


 馬車は断った。


 歩いて行く。


 最後の行軍だと思えばいい。


 門を出るとき、ふと口から言葉が漏れた。


「これでお別れですね」


 誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。


 屋敷か。


 侍従か。


 それとも、この体の持ち主だったジョナサンか。


 街は妙に明るかった。


 人が、闘技場へ吸い寄せられていく。


 派手な服。浮ついた笑い声。香辛料の匂い。


 露店は普段より多く、肉を焼く煙が風に乗って流れてくる。


 途中で肉野菜包みを買った。


 熱い脂と、刻んだ野菜の甘み。


 口に入れた瞬間、妙に生きている感じがした。


 飲み込む時、喉がちゃんと動く。


 美味い。


 わざとゆっくり歩く。


 足を動かすだけでも大仕事なのだ。


 焦れば転ぶ。


 闘技場が見えた瞬間、空気が変わった。


 石造りの巨大な輪。


 外壁には紋章と、貴族家かスポンサーの名らしい金文字が並んでいる。


 入口には兵士が立ち、規格化された動きで人を流していた。


 そこで確信する。


 この世界で魔法は珍しい力じゃない。


 少なくとも上層階級では、教育として組み込まれている。


 大会が制度として成立し、名簿が整備され、賭けが行政で管理されている。


 魔法は秘術じゃない。


 国家運営に組み込まれた技術だ。


 手続きは拍子抜けするほど事務的だった。


 名前。


 参加番号。


 本人確認。


 紙が重なり、印が押され、係員が淡々と説明を続ける。


 俺が自分に賭けた時も同じだった。


 ただ、担当者は露骨に馬鹿を見る目を隠さなかった。


 賭け窓口には長蛇の列が出来ている。


 担当者は無表情で札をさばき、計算だけは異様に速い。


 ここは娯楽場だ。


 同時に商売場で、処刑場でもある。


 控室へ通された。


 薄暗い廊下。


 石の床。


 汗と油の匂い。


 扉の向こうには、うつむいた人影が並んでいた。


 十五人。


 俺が入っても、誰も顔を上げない。


 泣いているやつ。


 黙って涙を流すやつ。


 声を押し殺して肩を震わせているやつ。


 天井を見つめたまま動かないやつ。


 その中で、俺は足踏みするやつになった。


 筋肉が欲しい。


 短時間で増えるわけがない。


 それでも、動いている間だけは、自分が生き残る努力をしていると思えた。


 やがて、外から歓声が響いた。


「開会式が終わったぞ」


 誰かがそう呟いた。


 壁が震える。


 そして名前を呼ばれた。


 だが、特別なことはない。


 全員まとめて外へ出される。


 扉の向こうは、まぶしすぎた。


 一歩出ただけで熱気が肌にまとわりつく。


 歓声が耳の奥を殴ってくる。


 観客席は円形に高く積み上がり、顔なんて見えない距離なのに、視線だけが突き刺さる。


 会場には三十人。


 十五人が生き残れば終了。


 つまり半分は確実に死ぬ。


 最初からそういう設計だ。


 そして武器が配られた。


 剣。


 全員同じ作りの剣。


 なるほど、と俺は思った。


 闘技大会なのに武器が無いのは不自然だった。


 少なくとも、丸腰を殺すのは見栄えが悪いと思う程度の体裁はあるらしい。


 杖を持っている者が十五人。


 剣を渡された者が十五人。


 あまりにもわかりやすい。


 杖持ちは攻撃役。


 剣持ちは的だ。


 剣は全員同じだが、杖は違う。


 長さも装飾も素材も違う。


 自前だ。


 つまり、子供の頃から訓練してきた証拠でもある。


 観客も意味を理解していた。


 剣側を見て笑っている。


「勇敢に死ねぇ!」


「その剣、飾りだろ!」


「失禁するなよぉ!」


「は……」


 剣が重い。


 指が支えきれない。


 持つだけで精一杯だ。


 振るなんて無理だろ。


 この体には筋力が足りない。


 剣術の基礎も入っていない。


 武器を渡された瞬間、この体に欠けているものを突きつけられた。


 だが。


 俺は生き残る。


 勝って金を持ち帰る。


 透明な魔法の腕を出した。


 右腕が剣を掴む。


 外からは見えない。


 本物の手は添えるだけ。


 重さは全部、魔法の腕に持たせる。


 手首の震えが止まった。


 重心が安定する。


 さらに左腕。


 こっちは防御用。


 飛んでくる魔法を受け止める。


 よし。


 これなら「剣を持っているように見せながら」、本体の体力を消耗しない。


 そこで改めて考える。


 この世界の魔法は、どんな戦い方をする?


 まだ見たことがない。


 だから少しだけ楽しみだった。


 俺には、この国の魔法知識がない。


 だが、戦場の経験はある。


 魔法が飛び交うなら、正面から撃ち合わない。


 剣は囮。


 見えない手が本命。


 観客の歓声が波みたいに押し寄せる。


 空は明るいのに、背筋だけが冷たい。


 大丈夫だ。


 透明だから見えない。


 俺の手札は、まだ割れていない。


 問題は位置取りだ。


 バトルロワイヤルで、どこに立つのが正解か。


 だが、俺はすぐ結論を出した。


 どこでもいい。


 動くと疲れる。


 俺は鈍い。


 なら、無理に主導権を取りに行かない。


 魔法の手で防御する。


 時間を稼ぐ。


 砂時計を見上げる。


 あれが落ち切るまでが競技時間らしい。


 壊したくなった。


 ああいう「決められた終わり」を見せつけられると、無性に叩き割りたくなる。




いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。