02 街と闘技場の見学
02 街と闘技場の見学
どうやらこの体の持ち主には、家族というものがないらしい。
いや、正確には、いるには、いるのだろう。
だが、記憶を辿っても、食卓を囲んで笑い合うような場面が、一つも浮かんでこない。
食事は毎回、侍従が部屋まで運んでくる。
味は悪くない。
むしろ、かなり良い部類だ。
だが、この体は少し食べ過ぎるだけで胸焼けを起こす。
地味に悲しい。
衣服も上等なものを与えられているし、小遣いもあるらしい。
ジョナサンの記憶の中には、店でインクやペンを買っている場面があった。
その時だけは、珍しく楽しそうに笑っていた。
まあ、どうせ来週には死ぬ扱いの人間だ。
ならば、気になることは遠慮なく聞いておこう。
「小遣いって、どうなってるんだ? 確認してほしい」
侍従は一礼すると部屋を出て行き、代わりに兄らしき男を連れて戻ってきた。
現れた男は、露骨に不機嫌だった。
忙しいところを呼ばれたからか。
それとも、死ぬ予定の弟に構わされるのが面倒なのか。
「小遣いをもらって逃げるつもりか?」
普通に嫌なやつだった。
「違う。街を歩いてみたいんだ。闘技場も見学したい。どんな場所か知っておきたくて」
兄は数秒こちらを見下ろし、鼻で笑った。
「そうか。まあ、死ぬお前に、それくらいはいいだろう」
そう言って、金貨を十枚ほど無造作に置き、そのまま去っていく。
いや、多くないか?
そんな感想を抱きながら、俺は金貨を見下ろした。
買うものなんて、特にないんだが。
外出には侍従が護衛として付いてきた。
だが、屋敷を出てしばらく歩いたところで、適当に人混みに紛れてまいてやった。
せっかくの自由行動だ。
誰かに監視されながら歩く気はない。
街は賑わっていた。
酒場からは笑い声。
屋台からは肉の焼ける匂い。
エールを飲んで肉を食べたいが後で胃がおかしくなる。
匂いで我慢しておこう。
「おにいさん、綺麗な顔してるねぇ」
声をかけてきた男に、俺は短く返す。
「そうか」
下心が透けて見える。
遊ぶ気はない。
時間を無駄にする気もない。
だが、ちょうどいい。
実験する相手が欲しかったんだ。
俺は、この貧弱な体で戦う方法を、ずっと考えていた。
そして見つけた。
魔法で腕を作る。
それを本物の手の代わりに使うのだ。
情けない話だが、こちらのほうが、よほど自由に動く。
ジョナサン本人の手より、ずっと言うことを聞いた。
どれだけ不器用なんだ、お前。
練習を重ねるうちに、腕の透明化にも成功した。
俺は見えない魔法の手を伸ばし、男の首をぐいっとひねる。
「っ!? あ、あだだだだっ!?」
突然、首を寝違えたような姿勢になった男は、横を向いたまま慌てふためいた。
「あや、こや、痛いぃ……!」
情けない悲鳴を上げながら、そのまま逃げていく。
しばらく歩くと、足が重くなってきた。
呼吸も浅い。
階段一つで息が切れる。
それでも俺は、魔法の手で自分の背中を押しながら歩いた。
筋肉を付けるしかない。
少しでも動ける体に変えるしかない。
そうしてようやく、闘技場へ辿り着く。
巨大な円形闘技場。
歓声、怒号、血と熱気の匂いが染みついているようだ。
俺は観客席へ上がりながら、構造を頭に叩き込んでいく。
階段を上る。
降りる。
また上る。
そのたびに息が切れた。
弱すぎる。
だが、今さら嘆いても仕方ない。
賭けの仕組みも確認した。
参加者も賭けに参加できるらしい。国営というのが、また都合がいい。
儲けさせてもらおう。
出場者名簿の前で、俺は足を止めた。
そこにはジョナサンの名前と肖像画が載っている。
改めて見ると、とんでもない美形だった。
厄介だな。
顔なんて、目立たないほうが便利なのに。
位置は下から三番目。
最後じゃないことを喜ぶべきか?
少なくとも、出場自体は確定しているらしい。
名前を見渡してみる。
だが、誰一人として記憶にない。
誰が強いのか。
どんな戦い方をするのか。
どんな魔法を持っているのか。
何一つわからない。
まあいい。
最初はバトルロワイヤル形式。
ならば、魔法の手で防御を固めていれば、生き残れる。
問題は、そのあとだ。
「はぁ」
思わずため息が漏れた。
疲れた。
とにかく少し休んでから帰ろう。
この体、本当に終わってる。――だが、まあいい。
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