01 大魔法をぶっ放す前に死んだのか、お粗末
01 大魔法をぶっ放す前に死んだのか、お粗末
今、死にかけの体で詠唱しているのはこのジョンだ。
魔法士部隊の副長だ。
実力は隊でも随一。
何をもって一番かと言えば、殺傷力だ。
敵をまとめて吹き飛ばす。
それが得意だった。
調子に乗って、気持ちよく敵を葬っていた結果がこれだ。
やられた。
敵にじゃない。
味方に、だ。
三十代半ば。人生を楽しみ、範囲魔法を極めて敵から恐れられ、味方からは頼られていた……はず。
そんな矢先に、背中から焼かれた。油断してた。
もう助からない。わかる。
肺は焼け、血は止まらず、指先の感覚も消えていく。
だが、ただでは死なない。
だからこそ、彼は使う。
自分が死ぬ時に使うと決めていた魔法を。
詠唱時間を確保できたのは、悪運の強さか。
あるいは、最後の賭けに勝ったのかもしれない。
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そこから先の記憶はない。
発動する前に、ジョンは死んだからだ。
だが、魔法だけは発動した。
最後の大博打。
それは敵も味方もまとめて呑み込み、全員を殺した。
先に死んでいたジョンを除いて。
◆◇◆◇◆
目が開かない。
まだ、あの強烈な光が焼き付いているようだった。
死んでからも眩しいなんてさすがは俺だ。
まぶたの裏が熱い。
耳に届くのは雨音。
だが、頬に触れている感触は土でも石でもない。
柔らかい。
絨毯か?
状況が理解できないまま、声がした。
「ねえ、聞こえる?」
若い声だった。
ゆっくり視界が戻る。
見知らぬ天井と豪奢な部屋。
戦場とは無縁の静けさ。
起き上がろうとして、違和感に気づいた。
視点が低い。
長年鍛え、多くの傷を刻んできた自分の体とは明らかに違う。
足に力が入らない。
いや、筋肉そのものが、どこかへ消えてしまったような感覚だ。
目の前に突き出した手を見て、思考が止まる。
小さい。
白く細い、血とも泥とも無縁そうな手だった。
長年の付き合いの手はどこに行った?
魔法士らしくない、剣だこのある手はどこに行った?
「ねぇ、聞こえてる?」
稲光が窓の外を裂き、部屋を昼のように照らした。
なんだ、ここは。
俺は誰だ?
「僕はジョナサン」
その声と共に、真っ白な空間に一人の少年が立っているのが見えた。
十六歳だと? 鍛え方が足りない!
まだ子供のあどけなさが残る、ひ弱そうな少年。
なんて、情けない姿だ。
だがそれが、今の俺の姿なのだろう。
「あなた戦争をしてたんでしょ? さっき、あなたの記憶が少しだけ流れてきたんだ。怖かったけど……すごく、強かった。特に最後のあれ、みんな死んだよ」
「成功したのか! やったな」
ジョナサンは、俺を、怯えながらも見つめていた。
「僕は、もうすぐ死ぬ。一週間後の大会で」
大会? 映像のように知識が流れ込む。
貴族の子弟に参加が義務づけられる魔法競技。
最初の種目は、大規模なバトルロワイヤル。
弱い者はなぶられ、見世物として死ぬ。胸の奥で、じわりと怒りが滲んだ。
「貴族が無様に死ぬのを見るのが、平民の最大の娯楽なんだ。賭けの対象にもなる」
淡々とした声に、怒りが湧いた。
そんなものは競技じゃない。
処刑だ。
「僕は怖いから、最初に死ぬつもりだけど。痛そうでしょ? だから……」
ジョナサンが、俺の大きな手——かつて三十代の戦士として振るってきた幻の手を、おずおずと握った。
子供特有の、柔らかくて熱い体温。
人生の酸いも甘いも噛み分けてきた俺にとって、それは眩しすぎるほどの若さだった。
「だからあなたに頼みたい。あとは、あなたが生きて」
ふざけるな。
逃げる気も、抗う気もないのか。
「待て。お前はどうなる。このまま消えるのか? 一緒に生き残るぞ。俺がいるから大丈夫だ」
俺が問いかけると、ジョナサンは寂しそうに笑った。
「あなたは生きてね。僕は先に避難するよ。もう嫌なんだ……ごめんね、面倒なことを押し付けて。でも、あなたならきっと、誰よりも上手にやれる気がするんだ」
ジョナサンの意識が霧のように薄れていく。
握り合っていた手の感触が消え、光の中に溶けていった。
それが最後の言葉だった。
こうして俺は、この体を受け取った。
◆◇◆◇◆
翌日から、俺は魔法を試した。
水球。作れる。
だが飛ばない。
火球。作れる。
だが飛ばない。
風刃。作れる。だが、消える。
「くそ、なんだこの体は」
頭では百戦錬磨の魔法構築ができている。
魔力の通り道も、術式の組合わせも、三十代のベテランとしての経験が明確に示している。
だが、器が追いつかない。
構築した魔力が、指先に届く前に霧散する。
あるいは、回路が細すぎて、流そうとしただけで血管が悲鳴を上げる。
まるで、大砲の弾を子供の玩具の銃で撃とうとしているみたいだ。
体が、まるで言うことを聞かない。
こいつ、運動神経が悪すぎるだろ。
才能がないというより、基礎が存在しない。
三十年の経験を、未熟な肉体に閉じ込められたようなストレス。
ジョナサンはどんな生活をしていたんだ?
「君なら、上手にやれる気がするんだ」
脳裏に、ジョナサンの最期の言葉が響く。
「あいつ、無責任に期待しやがって。このひ弱な体で、何をどうしろってんだ」
理解が追いつかない。
このジョナサンという少年、魔法をまともに使った経験がない。
貴族なのに?
理由を考えている暇はない。
まず筋肉だ。
この細い腕に、せめて魔法の反動に耐えうるだけの芯を作らなきゃならない。
なるほど。
これでは大会で生き残れるはずがない。
だが、だからこそ、やりようはある。
ジョナサンの記憶を見て、俺は理解した。
この大会は混戦だ。
強者は目立ち、集中攻撃を受ける。
弱者は恐怖で動けず、踏み潰される。
なら、俺はそのどちらにもならない。
副隊長として、泥を啜りながら戦場を渡ってきた経験がある。
若さゆえの蛮勇も、十六歳の無知も、二十代の無謀も経験している。
最後は味方に殺されたがな。
勝つために必要なのは、火力じゃない。
位置取り、判断、そして覚悟。
要するに、戦略だ。
俺は決めた。
この体で、生き残る。
ジョナサンが投げ出した命を、無駄にはしない。
戦争で学んだことを最大限に活かす。
世界が違っても、仕組みは同じだ。
この大会は、施政者のためのガス抜きだ。
増えすぎた貴族を減らし、平民には娯楽を与える。
生贄には困っていない、ということだろう。
弱者を笑い、血を娯楽にする連中がいる。
そして、それを当然だと受け入れてしまう連中も。
戦場から帰れなかった三十代の俺が、今ここに、十六歳の姿で立っている。
賭けまであるって?
いいじゃないか。ワクワクする。
俺は知っている。
命を懸けた者の強さを。命を懸ける楽しさを!
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