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09.来訪者


 カエルさんを挑発し多少の追加情報を入手した僕は、その時を待つことにした。

 一日に一度、食事と包帯を持って人が訪れるらしい。

 それまで、僕は寝付きの悪いリリにお話しを聞かせたり、子守歌を聴かせて過ごすことにした。

 元の世界でも人間としてのスキルは高くなかったが、歳の離れた姉に娘が生まれたこともあり、僕はソコソコ幼女の相手になれていた。

 僕が異世界に召喚される直前、姪っ子の美也子は5歳だった。

 あれから3年たち、もう小学生になっているだろう。



 子守歌を歌っていると左目が反応し「亜人接近」という警告が点滅した。

 【竜眼レベル1】は、なかなか役に立つみたいだ。

 そして、ついにドアが開いた。

 ドアの外からランプの光が差し込む。その光さえ右目には眩しかったが、【竜眼】で補正された左目は、食事を運んできた亜人のデータを示してくれた。


 食器トレイを両手に持った若い女は猫耳で、その右手は【拳闘士紋 レベル10】と表示されていた。

 この若さ(僕より若く見える)でレベル10というのは、かなりの使い手だ。

 どう考えても、今の僕に勝ち目はないだろう。

 そして、一つの推測が頭に浮かんだ。

 ここはペイの国ではなさそうだ。その推測の根拠は、猫耳娘だ。ペイの国では亜人への偏見と差別が強く、特に猫耳の亜人は嫌われていた。


「お、お嬢様っ、お食事と包帯をお持ち致しました・・・お嬢様っ・・・」

 一歩中に入った猫耳娘は完全に腰が引けていた。

 リリの呪いに怯えているのか、カエルさんにビビっているのだろうか?

 トレーと包帯を下に置いた猫耳娘は、ランプで中を覗き込んできた。

 僕が寝かされていた場所を照らし、そこに何も無いことに気づくと、猫耳娘はランプを高く掲げベッドの方に視線を向けた。

 猫の目が光っている。そして、彼女と僕の目が合った。

 驚かさないようにゆっくりと立ち上がったのだが、僕の存在に気づいた猫耳娘は「ひーっ!」という悲鳴をあげ、脱兎のごとく逃げ出してしまった。


・・・お、おーいっ・・・


 一言も発さないまま猫耳娘に逃げられ、僕は途方に暮れた。

 ドアは開けられたままだったが、僕はそのまま待つことにした。

 今の僕では、【拳闘士紋 レベル10】相手に勝てる要素は皆無だ。できれば相手を刺激せず、話し合いでどうにかしたいところだ。

 口下手な僕だが、リリの為にも何とか交渉しなければならない。


【拳闘士紋 レベル10】が逃げたのだから、もっと強力な相手が来そうだ。あの猫耳娘がレベル10の魔具で武装してくれば、合計レベル20になり、今の僕ならパンチ一発で殺されてしまうだろう。


 さて、相手が、どう出てくるかだ。

 幼女を地下に監禁するような連中だ。殺しても問題はないだろう。リリに呪いを掛けた犯人なら絶対許さない。

 問題は、どうやったら勝てるかということだ。

 何とかして左手のレベルを上げることができれば、道は開けるのだが・・・


 僕の中で、何かが壊れていた。

 勇者だった時、人間とは戦わなかった。

 盗賊に襲われた時も、僕だけは盗賊を殺せなかった。

 レベル上げの裏技だと教えられても、人殺しは無理だと僕は頑なに抵抗した。

 しかし、王女たちに見捨てられ、勇者紋を失って僕の考えは激変していた。

 もはや、他人の命などどうでもよかった。

 王女の庇護を失い、勇者紋という力を失ったことで余裕が無くなっていたのだ。

 ただ、リリを何とかしたいという気持ちだけは、心の中に強く芽生えていた。どんな手を使ってでも、彼女の苦しみを解き放ちたい。その為には力が必要なのだ。

 おそらく、この優しい女の子は、僕が人を殺《あや》めるなどという行為を受け入れはしないだろう。

 それでも、やるしかない。ここは異世界、残酷な世界なのだから。



 猫耳娘が悲鳴を上げ逃げ出したので、リリが目を覚ましてしまった。

 猫耳娘が置いていった食事をベッドに運び、リリと一緒に食べた。

 少ない量なので全てリリに食べさせたかったが、それを彼女は受け入れてくれなかった。

 口に運んだスープの味を覚えていた。瀕死の僕に、リリが食べさせてくれていたのだろう。

 スープを一口すすっただけで泣きそうになった。

 そして、リリを救いたいという気持ちは強固になった。

 



◇ ◇ ◇




 食事を終えた頃、再び【竜眼】が反応した。

 次に来たのは、ハイエルフ女剣士と翡翠眼を持った女だった。

 共に二十代大人の女性だ。

 リリをカエルさんに預け、僕は開け放たれたドアへゆっくり近づいた。


「まあっ!?」

 僕を見た黒髪の女が驚きの表情を浮かべ、女剣士は剣に手を伸ばし身構えた。


「・・・・」

 左目が、2人の能力を読み取っていく。

 黒髪の女は【翡翠紋レベル25】に【真実の石レベル30】という強力な魔具を、その右手に握っている。

 合計レベル55とは、かなりの探索能力者と考えていいだろう。

 ハイエルフの女剣士は【剣士紋レベル29】に【剛剣レベル20】の魔剣を装備している。

 合計レベル50越えは達人レベルだ。

 勇者だった僕を使い捨てた王女マリエラを警護する近衛騎士団でも、合計レベルは51~55だった。それと比較して遜色ないということは、かなりの使い手だ。


 殺気立って身構えたハイエルフに、翡翠紋の女が「大丈夫よ」と声を掛けた。

 彼女の翡翠眼で、僕は脅威にならないと判定されたのだろう。

 右手のレベル120や左手の【アーク・ドラゴンの紋】を探査できてないのか?


「わたくし、この館に仕えますメリッサと申します。御名を頂戴してもよろしゅうございますか?」

 黒髪の翡翠眼持ちは、少し余裕のある笑みを浮かべている。

 僕は短く「カズキ」とだけ答えた。


「カズキ様には、呪いも完治されたご様子で、よろしゅうございました」

 メリッサと名乗った女は、僕の名を聞いても眉一つ動かさなかった。

 彼女の衣服も少し変わっていて、ここはペイの国ではないように思えた。


「なぜ僕は監禁されてるんだ?」

 少し語気を強めた僕に、メリッサは微笑んだまま答えた。

「監禁している訳ではありません。カズキ様は呪いで瀕死のところ、私どもの商い人がお助けし連れ帰りました。こちらの部屋は、呪われ人の為に用意した特別なお部屋です。呪われ人と常人は、同じ部屋には居られませんので」


 そう説明したメリッサに、僕はさらに続けた。


「君たちがリリに、こんな酷い呪いを掛けたのか?!」

「めっ、滅相もありません・・・」

 僕の質問に驚いたメリッサは、慌てて首を横に振った。


 この場所のことを尋ねると、メリッサは隠す様子もなく答えてくれた。

 彼女の説明によれば、ココはギゴの国に属する地方都市で、大陸中央霊山ふもとに位置するらしい。

 呪いで瀕死の状態だった僕は、霊山を通っていた商隊に拾われ、ここに担ぎ込まれたそうだ。ちょうど一週間前になると教えられた。

 また、リリも僕と同じような状況で、ここに運ばれてきたのだと説明された。


 簡単な説明を聞いただけだと、とても親切な連中ということになる。

 勇者だった頃の僕なら、素直に「ありがとう」と頭を下げていただろう。

 だが、今の僕には、メリッサの言葉を真に受ける余裕は微塵もなかった。

 それに、リリの事も、どこまで本当なのか不明なのだ。


 本当は強く問いただしたいところだが、僕の弱さがそれをさせなかった。

 弱さは人を臆病にするらしい。

 力が欲しいと願ったが、左手の【アーク・ドラゴンの紋】も左目【竜眼】も何ら反応してくれなかった。

 勇者紋さえ右手にあれば、女剣士から剣を奪って、リリを連れ強行脱出することも出来ただろう。しかし、今の僕は、おそらく無力だ。

 ここで強く出ても、ハイエルフの女剣士に倒されるだけだ。そう判断したところで、メリッサが意外な提案をしてきた。

 

「色々と疑問や疑念もございましょう。詳しくは、主《あるじ》が説明したいと申しております。ご同行願えますか?」

「あ、ああ、そうだね・・・」

 僕はすぐにうなずいた。

 僕やリリを、こいつらがどう扱うのか親玉に直接確かめるチャンスだ。

「では、ご案内いた・・・」

 メリッサの言葉が途切れ、女2人の視線が動いた。女剣士の表情が強ばり【剛剣】を握りしめ身構える。


「お兄ちゃんっ・・・」

 リリが僕の足に抱きついてきた。震えている。

 振り返るとリリの後ろで、カエルさんの瞳が赤く光り女剣士を睨みつけていた。

 一触即発というより、女2人の腰が完全に引けている。カエルさんとの力の差を理解しているのだ。


「お姉さんたちと少しお話ししてくるだけだよ。すぐ戻ってくるからね。カエルさんとお留守番してるんだよ」

 屈み込み耳元で言い聞かせるように囁くと、リリは僕の首に両手を回しギュッと抱きついてきた。


「お、お兄ちゃんっ、帰ってきてねっ」

「用事を済ませたら、すぐ戻るからね。指切りしょうね」

「ゆ・び・き・・・り?」

「ああ、僕の国の約束だよ」

 僕はリリの小さな小指に、自分の小指を巻き付けた。

 リリの柔らかな小指が、僕の指に一生懸命巻き付いてきた。

 この子の一挙手一投足が愛おしい。

 指切りしながらリリの頭を撫でた。ランプの明かりに桃色の髪が浮かんでいた。

 部屋を出る時、残されたリリの小さな身体は泣くのを堪えるように震えていた。




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