07.覚醒 ドラゴンシステム
リリが顔を洗いたいと言うので、僕は彼女を抱いたまま立ち上がった。
・・・これって、完治してるよな?・・・
硬直していた左足は、立ち上がっても何の違和感もなかった。
だが、とりあえず自分の事よりリリの心配だ。
腕に抱いたリリの顔が目の前にある。
包帯の下からは、今も血が滴り落ちている。
「血・・・まだ出てるけど大丈夫?」
「うんっ、だいじょうぶぅ・・・さっき、転んで顔を打ったから、ちょっと多めに出てますぅ」
・・・ひーっ! そ、それって、僕のせいだろっ!・・・
立ち眩みがした。なぜか、目の前がチカチカと光が点滅している。
心の中で何度も「ごめん」を連発しつつ、リリを抱いたまま水場に移動する。
・・・何だろう? 今までより良く見えてるな?・・・
体調が良くなった関係か、視界まで良好だ。目のチカチカが気になるが、少し前より五割増し見える気がする。
今まで単なる闇でしかなかった天井や壁まで、見えるようになっていた。
ここは少し大きめの地下空間と思われた。
僕が寝かされていた場所近くの壁にドアがあった。それがハッキリ見えている。
地底湖は奧にかなりの広さがあり、天井もかなり高い。
人工物はリリのベッドとドアくらい。そして、ドアの前に食器が置かれていた。
地底湖の縁には木組みの足場があり、リリはそこで包帯の洗濯や顔を洗っていると教えてくれた。
包帯を外したリリがバシャバシャと顔を洗う。
後ろから付いてきていたカエルさんは、リリが水に落ちないようにガン見しながら身構えている。
見た目はグロいが、やっぱりいい奴みたいだ。
何なんだ、この魔物は?
「痛くないかい?」
「だ、だいじょうぶぅ。お顔ちょっとヒリヒリするけどぉ、だいじょうぶぅ」
後ろから僕が声を掛けると、リリは顔を上げ笑って見せた。
傷口からは、まだかなり出血している。
このまま出血が緩やかになるのを待つしかないのだろうか?
呪いがある限り、リリの傷は一生治らないのか?
リリを何とかしたい。
右手の拳を握りしめ、そして手の甲を見た。
そこにあった勇者紋は、やはり消えている。
・・・今の僕じゃ、何もしてあげられないのか・・・
絶望感と言い知れぬ怒りが身体を震わせた。
リリのことを知ってから、ずっと同じ事ばかり考えていた。
力が欲しい。そう強く思った刹那、心臓がドクンドクンと大きく脈打ち始めた。
目の前のチカチカが激しくなっていく。
・・・何だ? これ、左目が変だ・・・
僕は光の瞬きが左目だけに起こっていることに気づいた。
もしかしたら、ドラゴンブレスの飛沫を左目にも浴びたのかと考えていると、突然左目が疼くと同時に文字が浮かび上がった。
【ドラゴンシステム再起動を確認・・・竜眼レベル1】
・・・な、何だっ!・・・
驚いた僕は左手で左目を押さえた。すると、その左手の甲が燃えるように熱くなってきた。治っていた火傷がぶり返したような感覚だ。
慌てて左手に視線を向けると、手の甲に焼け跡が浮かび上がっている。
そして、再び視界に文字が浮かび上がった。
【A・ドラゴン紋 レベル0.00】
「こ、これってっ!」
僕は左手と浮かび上がった文字を読み、直感的に理解した。
それは勇者紋を王女に付与された時と同じだった。
この異世界に召喚され、勇者紋を付与された時の光景が蘇った。
僕の左手に「ドラゴンの紋」が付与されたのだと思った。
「どうしたの? お兄ちゃん」
心配そうな声で、リリが僕に顔を向けている。
「あ、ああ、何でも無いよ。お顔洗ったら包帯巻こうね」
そう言った僕の左目に映ったリリの上に文字が浮かんでいた。
【聖女 レベル18】
・・・えっ、えええぇっ!・・・
どういうことだと視線を横に振る。リリが視界から消えると文字も消えた。
意味不の連続に、僕は視線をカエルさんに向けた。
一つ目オオサンショウウオ風両生類の上にも文字が。
・・・は、あああああぁぁぁっ!・・・
【スカイドレイク・幼生 レベル???】
ドレイクは、ドラゴンに匹敵する強力な魔物だ。
そして、スカイドレイクは、ドレイクの中で最強と考えられている魔物である。
しかし、生きた個体を見た者は数十年存在せず、伝説の存在となっていた。
王女パーティーメンバーでよく語られていた「大陸最強の魔物は?」という会話で出てくる二大魔物が、アークドラゴンとスカイドレークだった。
その伝説の魔物がカエルさん・・・
頭がパニックだ。
4歳幼女で【聖女 レベル18】というのも異常だ。
しかし、リリが聖女だったから、僕はドラゴンの呪いから回復できたということかもしれない。
・・・どうなってるんだ? 僕の左目は・・・
僕はリリの横から水面を覗いた。そこに映った僕の左目と左手と右手にも、説明文のような文字と数字が浮かんでいた。
左目に【竜眼レベル1】
左手に【A・ドラゴンの紋 レベル0.00】
そして、右手に【レベル120】
・・・こ、これって、マジか?・・・
推測でしかないが、左手にドラゴン紋を宿し、左目には【翡翠眼】のようなスキル【竜眼】を授かったのだろう。
【翡翠眼】は翡翠紋を付与された者が使うスキルだ。
紋持ちのレベルや能力、それに魔物の強さを調べるには、【翡翠眼】持ちに鑑定してもらう必要がある。
問題というか意味不明なのは、右手の【レベル120】だった。勇者紋が奪われているのに、レベルだけ残っているのはどういうことだ。
最後の勇者紋レベルは80だった。アークドラゴンを倒し120まで上がったということなのだろうか?
考え込んでいた僕の手を、リリの小さな手が握ってきた。
「お兄ちゃんっ」
顔を洗い終えたリリを僕は抱き上げた。ほんの十数センチ前に、リリの傷つけられた顔がある。
解像度が飛躍的に上がった僕の目に、痛々しい傷が映されていた。
そして、ベッドに戻ろうと歩き始めたところで、左目が新たな反応を示した。
『解析完了』という文字の後に、リリの顔に文字が表示された。
【鮮血の雫 呪いレベル50】
【永遠の悪夢 呪いレベル58】
その表示を見て足が止まった。
リリの顔には、2種類の呪いが呪符されているのだ。
それも、レベル50越えの呪いとは・・・僕は、その禍々しさに恐怖した。
その二つの呪いを呪符した術者は、凄まじい能力の持ち主だろう。
【勇者紋レベル80】だった僕が言うのもなんだが、どの紋にしてもレベル30を越えると達人クラスになる。
言い方を変えるなら、伝説の剣である【勇者の剣】はレベル50なのだ。それと同じレベルの呪いを掛けられているということなのだ。
そうやって考えると、リリに呪符された呪いは非常に強力な呪いと考えて間違いないだろう。
それも多重掛けされているとは・・・
次々立ち塞がる難題に、僕の頭は追いつかなかった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、僕が包帯を巻いてあげるからね」
「は、はい」
リリをベッドに座らせ、傷を覆い隠すように包帯を巻いていく。
治療でもなんでもなく、ただ包帯を巻くだけだ。
そもそも、僕の呪いはリリの包帯で完治したというのに、包帯をグルグル巻きにしているリリの傷は治る気配が感じられない。
アークドラゴンの呪いの方が、何倍も強いはずだが?
「お兄ちゃん、ありがとうっ」
包帯を巻き終えると、リリは小さな手で包帯の位置を微調整し微笑んでくれた。
初めてリリの役に立てたようで、僕は嬉しかった。
・・・かわいいなぁ・・・
包帯グルグル巻き幼女を見下ろしていると、僕の左目が反応した。
今度はリリのお腹部分が点滅し文字が浮き上がった。
【聖処女の悪夢 呪いレベル65】
・・・ええぇぇぇっ! なんだぁ?・・・
リリのお腹にも呪いが呪符されているのか?
足を見たが血は流れていない。
お腹を痛がっている仕草もない。
・・・脱がせて確認すべきだよな・・・
リリを脱がせようと両手を伸ばしたところで、カエルさんの視線に気づいた。
慌てて視線を彼に向け、頭で問い掛ける。
・・・き、君、スカイドレイクなのか?・・・
リリを脱がしていいか? とは言えなかった。
・・・何だ? アークドラゴンの力を受け継ぎし者よ・・・
頭に届くカエルさんの声は普通だが、目付きが無茶苦茶悪い。
リリを脱がすのはやめよう。
・・・き、君が言ってることは事実なのか? 僕にドラゴンの力が?・・・
・・・・・・
・・・ぼ、僕はドラゴンの呪いを受けたんじゃないのか?・・・
・・・ああ、そうだな。普通なら、人間程度ドラゴンの力を受け入れられず滅する運命だが、お前は運が良かった。なぜなら本物の聖女の元に運ばれたのだからな・・・
カエルさんの説明で、僕は自分の状況を少し理解した。
・・・と、ところで、君は本物のスカイドレイクなの?・・・
・・・・・・
僕の質問はスルーされてしまった。しかし、それでも聞かなければ。
・・・スカイドレイクなら、リリの呪いを解呪することはできないのかな?・・・
・・・我は破壊するだけだ。そんな機能は装備されていない・・・
自分が器械ででもあるかのような話しぶりだ。
・・・じゃあ、あと一つだけ教えて。リリの呪いを僕は解呪できるかな?・・・
・・・しょせん人間の成したこと、出来ぬことはなかろう・・・
・・・ああ、ありがとう。君は、いい奴なんだな・・・
・・・なつくな、ニンゲンっ!・・・
カエルさんの目が赤く光った。
威嚇しているみたいだが、いい奴認定したので怖さは感じなかった。




