06.包帯少女 その2
「ここが、リリのお家なのかな?」
下は地面で、そこに粗末なベッドだけ置かれている。
白いシーツの他には、包帯が幾重にも敷かれているだけだ。
ベッドの横まで移動しリリの横に腰を下ろす。
久しぶりに歩いて疲れたというか、左足は痺れたままだった。
「はい。ココ、リリのお家です」
真新しい包帯を巻いたリリは、横に来て両手で僕の足に触れた。包帯を手に取り、ドラゴンブレスで傷ついた左足に乗せてくれた。
お母さんは? と尋ねたかったが言い出せなかった。
オママゴトのような治癒なのに、痺れが少しずつ緩和されていく。
これはリリの能力なのだろうか?
「ありがとう。リリ」
リリの頭をヨシヨシすると、彼女は口元をニコリとさせ、さらに包帯を僕の足に次々と乗せていく。
もはや疑う余地は無い。この子が呪いで死にかけた僕を救ってくれたのだ。
こんな幼女に、そんな能力が本当にあるかは疑問だが、他にも確かめたい事がたくさんあった。
何から話したものかと思案していると、リリの後ろで僕を睨む魔物と目が合った。
「リリは、その子と仲がいいんだね?」
魔物の守護者というのを、この異世界に来て聞いた事がある。
高位の魔物に拾われ育てられた子供が、特殊な能力を会得し人間世界に戻って勇者となって活躍したという話を、パーティーの誰かに聞いていた。
その時は、寓話か何かかと思っていたのだが。
僕の問いに、リリは小さな手を一つ目の頭に乗せ紹介してくれた。
「この子はお友達のカエルさんです。池に落ちると助けてくれるんですよっ」
「へーっ・・・よろしく・・・」
僕は少し間の抜けた声で言った。
カエルさんが、凄い目付きで僕を睨んでいる。今にも飛び掛かり、喰われそうな目つきがマジで怖い。
・・・カエルと言ったら殺すぞ・・・
突如、頭に声が響いた。怒りのトーンまで脳に響き伝わってくる。
その頭に響いた声を感じ、僕は夢の中で語りかけてきた者の正体を知った。
あれは夢ではなかったのだ。
リリが反応しないということは、僕の頭に直接語りかけているのだろう。
あの朦朧としていた時の会話を思い出そうとした僕は、リリの異変に気づいた。
・・・うわぁぁぁっ!・・・マジかよぉ・・・
僕と話した僅かな時間で、白かった包帯が黒くくすんでいた。
いつのまにか真っ白な包帯の真ん中に瞳が出来ていた。
出血で出来たのだ。どれだけ出血するんだ!?
僕は本当に怖くなった。
リリが死んでしまう。そう思う僕の横で、幼女は顔を上げ笑みを浮かべている。
血は足りてるのか? 絶対、このままじゃ駄目だ。
・・・何とかできないのか?・・・
僕はすがる思いで、一つ目巨大両生類風魔物に視線を向けた。
散々魔物を退治してきたあげく、魔物に頼ろうとする自分が酷く滑稽だ。
・・・カエルさん、カエルさん?・・・
僕は一つ目の魔物をガン見しながら念じた。
知りたいことがたくさんある。
・・・死にたいのか? 愚かなるニンゲン・・・
僕の思念は届いたみたいだ。
・・・死にたくないけど、教えて欲しいんだ・・・
飛び出しそうなほど大きくなった目が、ギロリと僕を睨む。
・・・我はニンゲンなどに興味は無い。話しかけるな・・・
カエルさんは、なかなかコワモテだ。
しかし、どう考えても頼れるのはカエルさんしかいない。
僕は構わず念じ続けた。
・・・リリの怪我を治すには、ここから出ないと駄目なんだ。だから、ここがドコで、どうやったら脱出できるか教えて欲しい・・・
・・・このヨウセイの傷は、ニンゲンに刻まれた呪いだ。今のお前ごときには何とも出来ぬ。あきらめろ・・・
呪いと聞き、僕の中で言い知れぬ憤りが沸き上がってきた。それも魔物の呪いならまだしも、人間がこんな幼女に呪いを掛けるなど信じられなかった。
信じられなかったが、ここが異世界だということを考えれば、そういうこともあるのかと妙に納得してしまう。
この異世界で勇者を3年もやっていた僕だが、この世界の醜い部分をずっと見て見ぬ振りをしてきた。
おぞましいほどの身分社会。
奴隷として普通に売り買いされる人々。
身の毛もよだつレベル上げの裏技。
魔物に襲われおびえ、それでも絶えぬ人間同士の戦乱。
そういった醜く不条理な部分を、日常的に見て知っていた。そして、その事を、国の頂点にいる王女たちに抗議しなかった。
僕は勇気が無かったのだ。この異世界で1人で生きていく勇気が。
そう、呪われた僕を捨てていったのも、王女たちからすれば普通のことだったのだ。彼女たちにとって、僕は利用するだけの道具で、そういう目的で召喚され利用され捨てられたのだ。
しかし、それでも、そんな連中ばかりだとしても、幼子にこんな酷いことをするなど理解できない。
・・・誰がそんな酷いことを?・・・
・・・ニンゲンのすることなど、我は知らぬし興味も無い・・・
カエルさんは、その大きな目を閉じ、リリの身体に頭をすりつけた。見た目はグロいが、大型犬がじゃれているようにも見える。
そして、そんな巨大なカエルさんの頭を、リリはヨシヨシと撫でてやるのだ。
・・・我は、このヨウセイに義理がある。だから我は幼生を守る。それだけだ・・・
その義理とは何だと尋ねたかったが、それ以上の質問は控えることにした。
頭の中を色々な疑問があふれていた。
ココはどこなのか?
なぜ、僕はココにいるのか?
アークドラゴンの呪いに焼かれた僕が、なせ回復しているのか?
リリは、どうしてココにいるのか?
リリの親はどこにいるのか? 生きているのか?
リリの呪いや傷を治すにはどうすればいいのか?
このカエルは何なんだ!? 魔物の声を聞いたのは二度目だ。一度目はアークドラゴンで、二度目がカエルさんって・・・
何にしても、最優先事項はリリの傷を何とかするということだ。
勇者とか世界の平和とか、そんなのはもうどうでもいい。ただ単純にリリを苦しみから解放したい。僕は今、それだけを強く願っていた。
そして、人が成したことなら、何とかなると思い込むことにした。
自分の事ならあきらめてもいい。だが、この子のためなら、あがける気がした。
さて、これからどうする?
そう思いつつ、僕はリリに視線を落とした。
リリは僕の身体にピッタリとくっついて離れない。
どれだけの時間、1人でココにいたのだろう。
寂しい思いをしていたに違いない。
この洞窟を探索したいと思うが、リリがペッタリとくっついていては動けなかった。幼女なので、そのうち寝るだろうと思ったが、彼女は全然寝る雰囲気がない。
目の傷が痛くて眠れないのだろう。それを思うと辛い。
リリと話して少し分かったことは、年齢は4歳で、呪いを呪符されたのは半年か1年くらい前らしい。そして、この場所に来たのは少し前としか分からなかった。
本人が幼すぎるということと、視力を失っているので、時間の感覚が無くなっているのだろう。
ただ、有意義な情報も得ることが出来た。
食事はどうしているか不思議だったが、時々誰かが運んでくるらしい。
ということは、ここは地下の牢獄とも考えられた。
その連中がペイの王女配下なら、交渉は可能に思えた。もはや勇者では無いが、呪いが消えたのであれば、僕にはまだ利用価値があるかもしれない。
それからかなりの時間、僕はリリとお話しした。
ただ、詳しいことは何も分からなかった。分かったことは、この子が優しい女の子だということだ。
それは、僕の願望でもあった。
おそらく僕には人を見る目はないだろう。あの王女たちに、丸々三年間騙され続けていたくらいなのだ。
そんな僕を、瀕死の呪われ人である僕を、リリは一生懸命看病してくれた。何の価値も無い僕に優しくしてくれたリリ。その事実だけで充分だった。
今も、リリは僕の左足の包帯を替えてくれている。
大穴が空いていたはずの左足は、硬直し痺れは残っているものの肉が盛り上がり再生されつつあった。
この子の包帯は何なのだと思いつつ見ていると、何か生暖かい液体が傷口にポタポタと落ちた。
その刹那、衝撃が走った。
「ぐがぁ・・・・」
傷口の焼けるような感覚に、僕は漏れそうになった声を飲み込んだ。
僕には、その液体の正体が想像できた。足に乗せていた包帯を取り終えたところで、リリの血が傷口に流れ落ちたのだろう。
彼女の血が触れた刺激で声を上げてはリリが傷つく。そう直感し口を結ぼうとしたが、苦悶の声が漏れてしまった。
僕が声を漏らしたのがいけなかった。
リリは慌てて、僕の足に小さな手を伸ばした。
「ごめんなさいっ、お兄ちゃんっ、ごめんなさいっ。リリの汚いお汁で、お兄ちゃんの足っ、汚れちゃったっ・・・」
リリは泣きそうな声で言いながら、包帯で僕の足を一生懸命拭いてくれた。
4歳幼女に「ごめんなさい」と言わせる僕は、どれだけのクズなんだと思う。
呪いの傷口から流れた血に、何らかの毒素が含まれているのだろうか?
一瞬そう思ったが、そんなことはどうでもいいことだ。
僕は、その場を取り繕うため、突拍子もない行動を取ってしまった。
「汚くなんかないよ。ごめんなんて言っちゃ駄目だよ。リリ」
リリを抱き上げ膝に乗せ、包帯グルグル巻きの下から流れ落ちる血に濡れた彼女の頬に、僕は顔を寄せ唇を押しつけた。
幼女に対する行動として、それは不適切だったかもしれない。
だが、そうするしか手立てが無かった。彼女の血が汚れてないということを、何とかして教えたかった。
僕はリリの頬から顎を伝って流れ落ちる血を舐めた。
前の世界なら、幼女の血を舐め回すド変態として、警察に捕まること間違いなしの所業だ。
「くしゅぐったいよっ、お兄ちゃんっ。そんな、カエルさんみたいにっ、舐めちゃっ、らめえぇぇっ・・・」
・・・お前も舐めたのか? 変態ガエルうぅ!・・・
リリの頬を舐めながらカエルさんに視線を向けると、大きな一つ目はそっぽを向いてしまった。身に覚えがあるようだ。
二度.三度とリリの頬を舐める。口の中に血の味が広がった。
そして、それをゴクリと飲み込んだ刹那、僕の心臓が震え始めた。
・・・ええっ! なんだ?・・・
心臓がドクンドクンと大きく脈打ってくる。
身体が熱くなり、頭がクリアになっていく。
そして、左足の傷が熱く燃えてくるこの感覚。
・・・ま、マジかっ! こ、これはっ・・・
僕は、この感覚を知っていた。
究極SSクラスの治癒魔法をほどこされた時に経験したアレだ。急激に回復していく感覚だ。
勇者レベルが20以下の頃、何度も死にかけてはハイレベル聖女の元へ運ばれた。高位聖女数人がかりでの大規模回復魔法、その感覚に似た状態が今、僕の全身に起きていた。
・・・えええええっ! マジかぁ?・・・
何が起こったのか、僕にも正確には理解できなかった。
僕の身体は、一瞬で活性化し全ての痛みも痺れも消え去ったのだ。
しかし、今は僕の身体より、リリが心配だ。
「カジュキお兄ちゃんっ、もう舐めちゃだめでしゅ・・・」
リリは少し恥ずかしそうに言っているように思えた。
「もう、舐めちゃ駄目なのかい?」
僕はリリの頬から口を離し、囁くように言った。
気分は変質者だ。
「だってっ、くしゅぐったいしっ・・・しょ、しょれにっ、汚いからっ・・・」
「汚くなんかないよ。綺麗だから舐めたんだよ」
「しょ、しょうなのっ?」
「そうだよ」
そして、僕はリリの頬に軽くキスをした。
子供には保護者が必要で、そして子供にはスキンシップが必要だ。
リリは黙ったまま小さくうなずくと、その包帯をグルグル巻きにした顔を僕の頬に寄せてきた。
「・・・・・」
甘える仕草がぎこちない。
おそらく、彼女は今までずっと呪いを気にしていたのだろう。
まだ4歳なのに甘えることもできず、こんな闇の世界で暮らしていたのだ。
クリアになった頭の中で、色々な思考が走り始めていた。
調子のいい話しだが、体調が良くなったので気持ちに余裕が生じていた。
ていうか、ドラゴンの呪いどころか、身体は完全に回復しているように思えた。
おそらく、リリの血が傷口に触れたことと、血を舐めたことが原因ではないのだろうか?
・・・どういうことこだ? コレ?・・・




