04.一つ目のバケモノ
ずっと熱と悪夢にうなされていた。
不愉快な声も振動も感じなくなり静寂が訪れていた。
薄目を開けたが、真っ暗で何も見えない。
僕は死んだのか? そう思ったが、全身の痛みが教えてくれる。
生きていることを。
全身が焼け爛れているのが分かる。
左手と左足の痛みは変わらず凄まじい。
尋常ではない喉の渇き・・・
「み・・・みず・・・」
息をするのも苦しいが、何とか声がでた。
「みず・・・・」
真っ暗な闇に向かって呟くが、誰からも返事はない。
夜中なのか、それとも目が見えてないのか、それすら分からない。
何度か「水」と呟いたところで、意識は再び途切れた。
深い闇に呑まれる瞬間、目覚めなければ楽になれると、そう願った。
◇ ◇ ◇
・・・お前は何者だ?・・・
誰かが僕に話しかけてくる。
意識が戻ると、すぐに地獄の苦しみが僕を襲った。
焼けただれた全身の痛みは増しているように思えた。
・・・アークドラゴンの力を受け継ぐ者よ。お前は何者だ?・・・
その声は、頭に直接響いてきているようだ。
そう、あのアークドラゴンのように。
これは悪夢の続きかもしれない。
そう思った僕は、目を閉じたまま頭で念じてみた。
・・・僕はカズキ、ただの召喚人だ。ドラゴンを倒し、ドラゴンの呪いに焼かれた哀れな人間だ・・・
そう念じてみたが、返事はなかった。
僕は、そこに誰かいるのかと眼をあけた。
しかし、目の前は真っ暗で何も見えない。
空耳か、夢を見ていたのだと思った。
その時になり、僕は少しだけ自分の変化に気がついた。
あれほど激しかった喉の渇きが薄れていたのだ。
それでも、肉体の苦痛と体力の低下からなのか、僕の意識は少しずつ薄れていく。
ここはどこだ? そう思いながら瞼を閉じようとした時、暗闇になれた眼がすぐ横にいる何かをとらえた。
・・・魔物だ・・・
大きな目玉が、闇の中で僕を見詰めていた。
凝視していると、目玉の全体が闇に浮かび上がってきた。
体長4・5メートルはあるオオサンショウウオのような魔物は、その巨大な一つ目をギョロリと動かした。
喰われる。そう思ったが、僕にはどうすることもできなかった。
魔物の餌になる。そう思いながら、僕の意識は消えていった。
◇ ◇ ◇
どれぐらい意識を失っていたのか、僕の意識は再び覚醒した。
目を開けたが、やはり真っ暗で何も見えなかった。
最後に目撃した巨大な一つ目の魔物。それが夢なのか現実かさえ分からない。
ただ、意識や記憶が、かなりクリアになっているのが分かった。
少しずつ記憶が戻ってくる。
僕はアークドラゴンを倒し、ドラゴンの呪いに焼かれたのだ。
そして、仲間と思っていた王女たちパーティーメンバーに見捨てられた。
そのはずだが、僕は、あの霊山からどこかに運ばれてきたようだ。
そして、僕の身体も少しだけ楽になっていた。
あの耐えがたかった喉の渇きがおさまり、焼けただれたような全身の痛みが何かヒンヤリとしたモノでおおわれているように思えた。
そして、あの風穴が空いたような左手と左足の激痛も軽くなっていた。
誰かが治癒魔法を使ってくれたのか、もしくは回復薬を・・・そう思った刹那、僕の第六感が気配を感じ取った。
・・・誰かいるのか?・・・
横たわったまま暗闇に視線を動かした。
闇の中に大きな目玉が浮かんでいた。
白目にくすんだ瞳の一つ目の化け物が、僕を見詰めている。
再び恐怖におののいた。喰われると思った。
だが、それでも身体は動かない。
そして、恐れからか声が出た。
「ば、ば・・・バケモノっ・・・」
「ひゃっ!」
僕の声に驚いた目玉が声をあげた。
くるりと振り向いた目玉が離れていく。
僕には、巨大な目玉だけに見えた。
・・・あれ? あいつじゃない・・・
それは巨大なオオサンショウウオの化け物とは違っていたようだ。
何か違う魔物なのか?
ここは複数の魔物が巣くう場所なのだろうか?
魔物の巣窟なら、完全な闇というのも理解できる。
しかし、僕の傷ついた身体は、確実に回復に向かっているように思えた。
どういうことなんだ?
少し待ってみたが、一つ目は戻ってこない。
僕は目を閉じ、現状を理解しようと試みた。
アークドラゴンを倒し、王女たちに見捨てられたのは現実だろう。
そして、それを確認するため、僕は右手を持ち上げなければならなかった。
左手足の激痛に比べ、右手は何とか動かせるまで回復していた。
・・・やっぱり、勇者紋は消えてるのか・・・
王女に授けられた勇者紋は、王女の手で奪い取られていた。
アークドラゴンを倒した褒美としては、最低の仕打ちだった。
呪われて使い物にならなくなった僕は捨てられ、勇者紋だけ回収したのだ。
記憶が正しいことを確認し、僕の気持ちは不思議と穏やかだった。
もう勇者ではないのだ。
嘘にまみれた王女たちの命令に従わなくてもいい。そう思うと気が楽になった。
王女たちを許せる訳ではなかった。
けれど、関わり合いたいとも思わなかった。
そして、何よりも僕を驚かせたのは、雷撃の雨に焼かれたはずの右手に傷が見られなかったということだ。
腕や身体には包帯のような布が被せられていて、誰かが僕を治療してくれていた事を意味していた。
ドラゴンの呪いに焼かれた僕を助けてくれる人がいる。そう思っただけで、僕は少しだけ救われた思いだった。
左手と左足の激痛は残っている。
まだ起き上がれなかったが、何とか左手を顔の前まで持ち上げた。
「こ、これは・・・」
大きな穴でも空いているかと思える痛みに反し、左手の甲には火傷の跡が残っているだけだった。
それも、まるで勇者紋を授けられた時のように、手の甲全体がビクビクと脈打つように動いている。
・・・これがドラゴンの呪いなのか?・・・
左手は酷く疼くが、それでも回復しているとしか思えない。
そもそも、呪いが自然に回復などするはずはない。僕の知る限り、特殊な解呪が必要なはずだ。それも、アークドラゴンの呪いを解呪するなど、無理としか思えない。
左腕にも包帯のような長い布が置かれていた。
少し濡れていて、何らかの回復効果があるのかもしれない。
しばらくして、闇の中から水音が聞こえてきた。
・・・何の音だ?・・・
バシャバシャと水浴びするような、魚が浅瀬で暴れるような音色が永く続いた。
あの巨大サンショウウオのような魔物に違いない。そう思っても、僕にはどうすることも出来なかった。
仮に体調が万全だったとしても、勇者紋を失ってしまった僕では、魔物に太刀打ちできないだろう。
そして、今の状態ならゴブリン1匹にも勝てないだろう。
永く続いた水音が止まった。
音がしていた方に視線を向けていると、暗闇に影が浮かんできた。
大きな目が二つ、ゆっくりと近づいてくる。
僕は息を飲んで闇を見詰めていた。
一つ目が2匹並んで、僕の方に向かってくる。
1匹はオオサンショウウオの巨大一つ目だ。あの大きな口なら人間など一呑みにされそうだ。
そして、もう1匹の一つ目は、胴体部分が人型だった。
サイズ的には子供のゴブリンだ。粗末な布を羽織り、頭部が全て目といった感じに見える。いや、その大きな目の下に小さな口があった。
オオサンショウウオは人型に寄り添うようにして歩いている。
人型一つ目の足取りはぎこちない。その両手には白い布が抱えられていた。
こいつらは何者なんだ?
心臓がドキドキと悲鳴を上げ始めた。
怖かった。僕は怯えていた。
・・・こいつ、暗闇になれてないな・・・
人型の巨大一つ目は、布を抱えたまま手探りといった感じで歩いている。
歩く方向が外れると、オオサンショウウオが身体を寄せ軌道修正していた。
・・・このバケモノが、僕を看病してくれたのか?・・・
僕は手に持った包帯状の布と、人型一つ目が両手に抱えた布を見比べた。
この布で僕を治療してくれたのは、人型の巨大一つ目らしい。




