22.遭遇戦 村人とゴブリンと・・・②
「ら、ライダーってマジっすかっ!?」
「あなたぁっ! 村にっ、村に戻りましょうっ!」
ラスタが目を丸くし、ミサエはヒステリックに叫ぶように言った。
・・・こっ、こんな場所にライダーなど・・・
ミガエラは絶望の縁に追い込まれていた。
行方不明家族を探しに出た者の報告では、襲われたと推測された場所に狼の足跡が複数残されていたと知らされていた。
仮にゴブリンが20匹襲ってきても、妻子を逃がせる可能性はあった。
だが、ライダー20では話にならない。
ミガエラの実力では、狼一・二匹倒せるかどうかだ。夫婦で協力すれば、三匹は倒せるだろう。だが、それをしてしまうと、息子がゴブリンの餌食になるのは目に見えていた。
そのライダーが20も迫っていると・・・事実なら、彼の家族は終わりだ。
息子が狼に喰われ、妻はゴブリンの巣穴に浚われる運命だ。
「ひっ!」
周囲の藪が激しく音を立て始めた。悲鳴を上げたミサエの顔は絶望に歪み、血の気が失せていた。
「逃げましょうっ! 駆ければ村まで十分の距離ですっ!」
ミガエラはカズキたちに叫ぶように告げた。
逃げられないと分かっていても、そうするしか手立ては無かった。
運が良ければ、妻子だけでも逃げ切れるかもしれない。
だが、カズキと名乗ったFランク冒険者は、口元に笑みを浮かべて言った。
「ライダーなど、そう恐れることはないさ」
そのユルい口調に、Eランク少女の顔に笑みが戻った。
「あっ、ヤッちゃってもらえるんすね。ちょっと、ビビったっすよ」
・・・こいつら、何言ってるんだ? EとFランクのクセに・・・
Cランク冒険者まで行ったミガエラからすれば、この若い二人は駆け出し冒険者にしか見えなかった。
ゴブリン数匹と戦っても負けそうな二人の言動に、ミガエラは絶望を覚えた。
ラムスの客人というのを真に受けてしまった自分の判断を呪った。
こんな若造たちなど無視して、家族三人で駆け出すべきだと踏ん切りがついたころ、目の前の藪からライダーが飛び出してきた。
「ひーっ! ひっ、人食い狼よっ・・・あなたっ!」
ミサエが悲鳴を上げ、息子を抱きその場に蹲ってしまった。
逃げる気力さえ失ってしまったのだ。
・・・クソっ、クソッ、クソーっ! 何でこんなことにっ!?・・・
周囲の藪から次々とライダーが飛び出してきた。
狼の背に乗ったゴブリンの視線は女2人に集中している。
10匹・15匹・20匹、Fランク冒険者が予言した数のライダーが、彼らをグルリと取り囲んでいた。
冒険者時代でも、これほどの劣勢は経験したことがなかった。
ゴブリンの巣を潰したこともある。
だが、それは、ゴブリン30匹を相手に2つのパーティーで挑んだクエストだった。ゴブリン30匹を駆除したが仲間も2人失った。
しかし、今、彼らの前に居るのは20匹の狼だ。魔物の血を引く狼の戦闘力は高い。攻撃力も防御力もゴブリンの比ではない。
ゴブリンなら剣の一太刀で殺せても、狼相手では簡単に倒せないだろう。
20匹のライダーに襲われれば防ぎようもない。
ギャーギャーとゴブリンが何か騒いでいる。ゴブリンの指さす先にはミサエとEランク少女がいる。女を捕まえろと騒いでいるのだ。
・・・もはや逃げられない・・・ならば・・・
おぞましくも恐ろしい思考がミガエラの脳裏に浮かんだ。
苦しむのなら、楽にしてやるべきなのではないか。
そう思い、彼は視線を妻子に向けた。
「す、すまない・・・」
突然涙があふれでてきた。
ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ち止まらない。
妻と子を手に掛ける。そうしなければ、息子は生きたまま狼に喰われ、その地獄を見せられた妻はゴブリンの巣に拉致され、死ぬまでゴブリンの子を産む道具になる。
恐ろしかった。ただただ恐ろしかった。
足がガクガクと震えていた。
狼が一斉に姿勢を低くした。
「ガルルルルルッ!」
「GRUUUUUUaaaaa!」
ゴブリンが剣を振り回し叫んでいる。襲いかかる合図だろう。
もう終わりだ。
ミガエラが剣を握りしめたとき、Fランク冒険者が一歩前に出た。
「カズキさん、一斉に来るっすよ」
「手を出すなよ。ラスタ」
「あ、あれ、やるんすか? 朝のヤツ」
「ああ、少し弱めのヤツを喰らわせてやる」
「は、はっ、早めにお願いするっすぅ」
Eランク少女はミガエラ夫婦をかばうように身構えた。
彼女の肩越しに見えるカズキが、小さなビリビリ剣を振った。
「ターゲットロック。雷撃っ!」
追い込み用にしか見えないショートソードをFランク冒険者が振り上げた刹那、閃光がミガエラの視界を奪った。
ズドドドトーンッ!!!
バリバリバリッ!!!
地面が激しく揺れ、ミガエラは情け無い声を発しながら膝を突いてしまった。
「わあああっ!」
「嫌ああぁぁぁっ! あなたあぁっ!」
ミガエラにミサエと息子が抱きついてきた。
視力を奪われた状態でゴブリンに襲われれば、抗うことも出来ず死が訪れる。
心臓がドクンドクンと跳ねていた。
一秒が永遠に感じた。いつ狼に食い殺されるのか、何も出来ず死ぬだけなのか。
何が起こったのかも理解できぬまま、ミガエラは妻子を両手で抱きしめた。
絶対に離さない。そう固く誓って抱きしめた。
妻の心臓の音と息遣いが感じられた。まだ、狼は襲いかかってこない。そう思っていると、何かが肩に触れミガエラはビクリと全身を震わせた。
「大丈夫っすか? もう終わったっす」
恐怖に包まれていたミガエラたちに、少し脳天気な口調の声が降りてきた。
「凄いっすねぇ。ライダー20を一撃とか、意味不っすぅ」
その声はラスタと名乗ったEランク少女に間違いなかった。
何が終わったというのだ? 思考が追いつかない。
真っ白になっていた視界が徐々に回復してくる。そこでミガエラが見た光景は、わずかに動くライダーにトドメを刺すFランク冒険者カズキの姿だった。
・・・な、何だっ・・・何なのだ、こ、これは?・・・
菜園に現れた狼もゴブリンも、合計40匹が地面に転がっているではないか。
転がった身体からは煙が上がり、焼け焦げた臭いが鼻についた。
「ら、雷撃魔法・・・」
ミガエラは息を呑んだ。
状況を見れば、それが雷撃魔法による攻撃の結果だと想像できる。だが、これほどの数のライダーを一度に攻撃できるなど、そんなことはAランクマジシャンでも難しいだろう。
「あなたっ、私たち助かったのねっ」
顔を上げ状況を理解したミサエの瞳に喜びの涙が浮かんでいた。
「あ、ああっ、そ、そうだ。助かったんだ・・・」
呆然とした視線を向ける夫婦の前では、カズキが狼の喉笛に次々とトドメの一撃を振り下ろす作業を続けていた。
息があった何匹かの狼も、「キャン!」と吠えて絶命した。
カズキは少し不機嫌そうな顔で、最初のうちはショートソードを使っていたが、途中からゴブリンの剣を拾い、ピクリとも動かないゴブリンの首を落としていった。
そしてトドメを刺し終えたカズキは、一匹の狼を前に動かなくなった。
ゴブリンの剣を握った左手を見詰め、ブツブツと何か言っている。
彼の周りにはゴブリンの首が20個転がり、狼とゴブリンの血が一面を染め上げていた。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
一通りゴブリンと狼にトドメを刺して回ったカズキは、完全に困惑していた。
・・・話が違うだろ?・・・これ・・・
現れたライダー20への同時雷撃攻撃。
攻撃レベルを20に指定し、雷撃を念じた。
閃光が菜園を包み、雷の刃がライダーに振りそそいだ。
一瞬の出来事だ。雷の直撃に、ゴブリンも狼も為す術は無かった。
カズキの思惑通り、ゴブリンは即死し狼も瀕死の数頭を残し瞬殺したのである。
そして、瀕死の狼をアークドラゴン紋を宿した左手でトドメを刺して回ったのだが・・・
アークドラゴン紋のレベルは、0.00のまま変わらなかったのである。
カズキは慌てて動かないゴブリンの首までハネたが、レベル上げは上手く行かなかった。
右手に付与された勇者紋で初めてゴブリンを倒した時の、あの力が満ちてくる感覚が全く感じられない。
・・・何でだよ?・・・
そう心で念じてみても、竜眼は何の反応も示さない。
肝心なところを教えてくれないカエルさんに似た反応だ。
マジムカつく。
再度左手に視線を向けると【ゴブリンの剣レベル7】『互換性無し』と表示された。
互換性無しだから、経験値も獲得出来ないということなのだろうか?
「ん? ううーん・・・困ったな・・・」
「どうしたんすか?」
左手に視線を落としフリーズしていると、ラスタが話しかけてきた。
「力加減間違えたかな?」
ポツリと本音が出た。
右手レベル120の方に経験値を吸い取られたのかもしれない。
そんな事を考えながら視線を動かすと、ラスタがニコニコ顔でゴブリンの耳を切り落としていた。
首をはねた本人からしても、血の滴る頭を押さえ耳を切り取る少女はサイコさんにしか見えない。
・・・マジ、引くー・・・
魔物を倒した証に耳を切り取るのは、どこの国でも同じらしい。
勇者だった時には王女の従者が同じように耳を集めていた。それを思い出し、気分が悪くなった。
「こんな凄い雷撃魔法、初めて見たっす」
「嘘つけっ!」
カズキは吐き捨てるように言ったが、ラスタは「えへへへ」と笑いながら今度は狼の耳を切り落とす。どんな神経してるんだと突っ込みたかったが、突っ込むのも馬鹿らしく思えた。
「君は、こんなところで何してたんだ?」
「すごい偶然ですよねぇー。えへへっ」
カズキの皮肉にラスタは無邪気に笑いつつ、さらに狼の耳を切り落とす。
まあ、スパイなんかに構ってる時間はない。
・・・さて、どうしたものかな?・・・
思惑が外れ、カズキは考え込んだ。
・・・今度は左手だけで戦うしかないな・・・
そう頭を切り換え顔を上げると、カズキの前にミガエラ夫婦が立っていた。
「カズキ様。我ら家族は、カズキ様へのご恩生涯忘れません」
「カズキさま。ありがとうございます。息子をお救い下さったご恩は忘れません」
夫婦並んで謝意を口にすると、彼らは手にしていた薬草の束を差し出した。
「い、今は、こんな物しか差し上げられませんが、お納め下さい。カズキ様」
『C級ポーション用薬草』
竜眼のデータが流れた。
・・・いらねぇー・・・
どう考えても不要なお荷物だ。
「いや、それは受け取れないよ。気持ちだけで大丈夫」
丁重に断ったカズキの横から、ラスタが口を挟んできた。
「人様の好意は無にしちゃ駄目っすよ。自分が運ぶっす」
ラスタが両手を広げ、大量の薬草を受け取った。
・・・耳だけじゃ足りないのかよ?・・・
ラスタの肩から下げた袋は狼とゴブリンの耳でパンパンに膨れあがり、両手に抱えた薬草で前も見えない状態だ。
・・・君、追跡者としての使命忘れてるだろ?・・・
欲張らず任務をこなせと突っ込みたいが、そうもいかない。
「耳も薬草もラスタが運ぶっすから、少しお駄賃くださいね」
薬草に半分埋もれながら、ラスタはニッと笑顔をのぞかせた。
とその時だ。
遠くから鐘の音が響いてきた。
「あっ、あなたっ!」
「あ、ああっ・・・」
ミガエラ夫妻が顔を上げた。
2人の視線の先に、一筋の赤い煙が立ち上がっていた。
「あれっ! 襲来の狼煙よっ! それも、いきなり赤なんて・・・」
狼煙を指刺すミサエの顔が震えていた。
「ま、まずいぞっ!」
「押されてるんだわ。もしもライダーに襲われていたら・・・」
「ああ、村の塀など簡単に飛び越えられる・・・」
2人の会話や、ここでの出来事を考えれば想像できる。
カズキが狼煙の方に視線を向けると、竜眼は即座に反応した。
『ライダー。数181。ヒューマンと交戦中』
少し離れた場所で多数のフラグが動いている。どのフラグも『ライダー』表示だ。
一度データを取り込むことで、竜眼の認知距離は何倍も伸びるようだ。
仕組みとしては、リリを念じれば遠くからでもフラグが立つのと同じだろう。
「ライダーの数は180くらい。大した数じゃないから大丈夫だろ?」
カズキは本気で言ったのだが、ミガエラたちの顔は困惑に包まれていた。
ほぼ同数のヒューマンが村にいると、竜眼のデータは示している。
それなら、撃退は簡単な作業に思えたのだが。
「・・・・・」
「・・・・」
顔を見合わせたミガエラ夫婦は、互いの意志を確認するように視線を合わせ大きくうなずき、そして告げた。
「カズキ様、緊急クエストを受けて下さいっ!」




