23.激戦 テセト村 ①
「来るぞーっ! ゴブリンだーっ!」
「正面麦畑だっ! 距離20リーグ、数は百弱っ! 」
テセト村。北門前に集まった全員が顔を上げた。
物見櫓からの声に、Bランク冒険者イスマイルの口元がゆるむ。
Bランクパーティーとレンジャー3名を率い、ゴブリン討伐クエストに派遣されたイスマイルには襲撃の報は吉報でしかなかった。
今回のクエストは、村の防衛とゴブリン駆除だ。全ての村人がイスマイルの指示に従い戦うという条件も付帯されている。
面倒な案件になりそうな要素はあった。
ゴブリン狩りを生業にする者も多いテセト村からのクエストだ。それなりに厄介な戦いになると覚悟していたのだ。
しかし、正面から襲撃してくるとなれば、多少数が多くてもゴブリンである。
まして昼間の戦闘であり、村の男達は全員がCランク以上の実力者揃いだ。
女たちにしても、多くが戦力として期待できる。ヒーラーだけでも20人は居るし、マジシャンにボウマンも豊富だ。
一気に蹴散らしてしまえば、ものの一時間でクエストクリアになるだろう。
「打って出るぞ」
イスマイルは村長アークに告げた。
「待ってくれ。出てしまっては、こちらも相応の被害が・・・」
イスマイルより10歳は若そうな村長アークは、不安気な表情を向けた。
「たかが百匹のゴブリンに臆するのか?」
「だが・・・」
「一気に片付ければ手間も省ける。たかがゴブリンだぞっ! 戦いが長引けば、貴様らも食いぶちが稼げまいっ!」
イスマイルの怒声にアークは小さくうなずいた。
「わ、わかった・・・」
・・・臆病共めが・・・
所詮、冒険者を諦めた連中だ。イスマイルは単純にそう思った。
前もって狼の存在も伝えられていたが、魔物の巣くうヴォードウォールでの事件だ。死体があれば死肉に狼が群がるのは普通のことだ。
「迎え撃つぞっ! 続けぇっ!」
イスマイルを先頭に、40名が北門から打って出た。
塀上にはボウマンを15名配置している。
たかが100匹のゴブリンなど瞬殺できる。イスマイルは確信していた。
剣士15、槍使い8、マジシャン7、レンジャー5、ヒーラー5が、ズラリと横一列に並んだ。マジシャンとボウマンの一斉射撃で、戦いは決しそうな陣容だ。
それゆえ、剣士に槍使いたちは完全に体勢が前のめりだ。戦いの火ぶたが切られれば、一目散に駆け出し獲物を仕留めなければ手柄は立てられない。
「来るぞっ! 距離3リーグっ!」
「は、早過ぎるぞっ!」
移動の早さに村長アークが声を上げた。
「黙れっ! 臆病者っ!」
イスマイルは再び怒声を浴びせた。村長だろうと何だろうと、このクエストを引き受けたのは彼だ。士気の下がる発言に容赦する訳には行かない。
麦畑が激しく揺れ始めた。ゴブリンが迫っているのは確かだ。
「ヒーラーは待機。ボウとマジシャン射撃準備、引きつけろよっ!」
イスマイルの激に、ヒーラーは下がりマジシャンが一歩踏み出した。
そして、一斉に呪文の詠唱が始まった。
【大いなる風よ・・・】
【天よ、そして雷よ・・・】
【マジック・アロー】
【迷宮の業火よ、我に・・・】
7人の魔法使いが思い思いの呪文を奏で、杖に光・炎・雷が浮き上がる。
「ゴブリンだっ! 早いっ! 早いぞぉっ!」
物見櫓から緊迫した声が響く。ゴブリンが予想外の動きを示しているのだ。
たわわに実った小麦畑が大きく揺れ動く。
「来るぞっ!」
イスマイルが声を張り上げた刹那、白い大きな影が畑から次々と飛び出した。
「ひーっ! ライダーだあぁぁぁっ! ふぁ、ふぁいえるぅっ」
悲鳴を上げたのはBランクになりたてのマジシャン、ガロッソだ。
若く魔法の才能に恵まれた彼は、ギルドでの最年少Bランカーであった。
だが、才能だけでランクを急激に上げたため、ガロッソには経験が欠けていた。
飛び出したライダーに慌てて火炎魔法を浴びせたが、ライダーは炎に包まれながらもガロッソに襲いかかった。
「ギャーッ!!」
首に噛みつかれたあげく、炎に包まれたライダーの炎がガロッソに燃え移った。
一瞬で火だるまになり噛み殺される彼を、冒険者や村人に助ける余裕など有りはしなかった。
次々と飛び出すライダーに、魔法使いは瞬く間に蹂躙されてしまった。
魔法の矢も雷も虚しく宙を裂き、悲鳴だけが響き渡った。
その場の誰も、ライダーが襲ってくるなど予想もしていなかった。
それは、この地のゴブリンに長年ライダー使いが存在しなかったからだ。
その上、冷静さを失ったガロッソの火炎魔法は、収穫直前の麦畑に飛び散り一気に燃え広がった。
その炎でライダーが後退すればよかったが、そうはならなかった。
炎と煙に包まれ視界が失われる。そして、その炎を突っ切って、次々と狼とゴブリンが襲いかかってきたのである。
「迎え撃てっ! 戦うのだあっ!」
イスマイルはガロッソに食らいついた狼に剣を振り下ろした。
【剣士紋レベル20】に【剛剣レベル18】の合計レベル38の一撃が狼の肩に炸裂した。
ガロッソの首に牙を食い込ませていた狼が後ずさる。
ゴブリンなら即死の一撃も、魔物の血を引く狼には致命傷とならなかった。
炎に包まれ剛剣の一撃を食らってもなお、狼は牙をむき飛び掛かろうとしている。
・・・急所を責めねば喰われる。いや、逃げねば死ぬ・・・
イスマイルは判断を迫られた。
このまま自分だけが逃げ出すか、全員に撤退命令を出すか。
だが、その一瞬の迷いが戦場では命取りになる。
「ぐああぁぁぁっ!」
突如として腹部に鈍痛が走った。
経験したことのない感覚。腹の中が焼けるように熱くなっていく。
「ごぉっ、ゴブリンっ・・・」
視線を落とすとゴブリンの剣が腹部に突き刺さっていた。醜い牙をむいた小鬼が、イスマイルを見上げている。
「くそおっ! 死ね・・・」
【剛剣レベル18】を振り下ろそうとしたイスマイルに、手負いの狼が襲いかかってきた。
「ぎゃああああっ!」
喉に狼の大きな口が食いついていた。
リーダーイスマイルの命は、呆気なく消えてしまった。
そして北門前は、修羅場と化した。
最初に飛び出した数頭のライダーだけで、彼らはパニックになってしまった。
また、乱戦ではボウマンも対応できなかった。
煙と炎の中から、悲鳴と叫び声が上がっている。
そして、誰かが「逃げろ!」と叫んだことで、そこは狩り場へと一変した。
「援護射撃だーっ!」
「ポーションをくれー・・・」
「ぎゃっ、ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
「助けてくれっ、誰かヒールっ・・・嫌だっ、死にたくないっ・・・ひーっ!」
塀の上に立ったボウマンたちは、ただ上から下を見ているしかなかった。
襲われ咬み殺される者の姿が時折垣間見えたが、矢による援護はできなかった。
生きたまま狼に喰われる者の悲鳴が続いた。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
【緊急クエスト】
魔物の急襲といった緊急時、ギルドを通さず冒険者に直接クエストを依頼することができる。
その緊急クエストを、カズキはミガエラから受けたのである。
カズキからすれば、左手のレベル上げに失敗していたので断る理由はなかった。
とりあえず左手だけで狼とゴブリンを殺し、左手のレベルが上がるか確認しなければならない。剣で駄目なら、素手で試す必要もあるだろう。
緊急クエストの条件は、村に行き戦うだけで金貨10枚という条件だった。
ただし、村が落とされるとクエストは失敗になる。
カズキの方も、暗くなる前に帰るという条件で承諾した。
そして、緊急クエストの証人はラスタが努めることになった。
「村が・・・」
「あなた・・・」
黒煙が村の上に広がっていく。
その煙を見上げミガエラたちが立ち止まった。
「これって、ヤバくないっすか?」
「派手に燃えてるな・・・」
村を囲む塀が見えてきた。
煙が上がっているのは、カズキたちが向かう門の反対側と推測された。そちら側が魔界に面しているのだ。
見えてきた村の南門には、今まさにライダーが攻め寄せている最中だった。
状況を考えれば、かなり大規模な侵攻と思われる。
「どうするっすか?」
両手に大量の薬草を抱えたラスタが訪ねた。
「どうするって?」
「あれだけ煙が上がってたら、行くだけ無駄かもしれないっす」
ラスタは冷静だった。
確かに、村が落ちれば【緊急クエスト】は失敗だ。そして、パッと見た感じ戦況は思わしくない。
だが、カズキの目的は左手【アークドラゴン紋】のレベル上げだ。
例え村が全滅しようと、それは別の話だ。
「俺は南門に突っ込むから後は頼むぞ」
「了解っす。耳も薬草もラスタ死守するっす」
手伝う気ゼロのラスタに比べ、ミガエラの顔は緊張に包まれている。
「仕掛けるのですか? では私も参ります」
「いや、あんたは子供を守ってくれ」
カズキはミガエラを制した。
単純に自分の獲物を取られたくなかっただけだが、ミガエラもミサエも変に感動した眼差しでカズキを見ている。
2人の勘違いした視線を背に受け、カズキはゆっくりと村へ向かった。
南門を襲うライダーは10頭。おそらく隠し菜園を襲ってきたライダーも、南門を襲うはずだったのだろう。
締め切った門のおかげで、南門はライダーの攻撃に耐えていた。
塀の上から数名のマジシャンとボウマンが走り回るライダーを攻撃しているが、戦果は上がっているようには見えなかった。
襲う方も襲われる方も、兵力不足といった戦いだ。
カズキが倒したライダー20が加わっていれば、今頃南門は抜かれていただろう。
右手にビリビリ剣レベル3、左手に拾ったゴブリンの剣を握り、カズキはゆっくりと歩く。背後から奇襲を仕掛けようという魂胆ではない。できればカズキの存在に気づき襲い掛かってくれるといいなと思いつつ歩く。
門まで100メートルほどの距離まで来て、ようやく数頭のライダーがカズキの存在に気づいてくれた。
狼の背に乗ったゴブリンがギャーギャーと叫びながら、カズキに剣を向けた。
・・・勇者じゃなくなっても、それなりに戦えるはずだ・・・
ほんの一週間前、彼は大陸最強のアークドラゴンを倒したのだ。
単純に勇者の剣や紋のレベルだけで、ドラゴンが倒せるものではないだろう。
三年もの間、カズキは剣を振ってきた。それなりに、魔物を倒す術は身につけているつもりだった。
「シールドオート起動」
『シールド展開』
カズキはゴブリンの剣をギユッと握りしめた。
先行したライダーが牙をむき、目の前まで迫っている。
「悪く思うなよっ!」
飛びかかってくる狼を、背に乗ったゴブリン諸共薙ぎ払う。
切れ味の悪い剣は、かなりの負荷をカズキの左腕に与えたが何とか振り抜いた。
肉を切る生々しい感覚が伝わってくる。
一刀の元に切り裂かれた狼とゴブリンは、その場に崩れ落ちた。
自分の剣技だけで狼を倒したのだ。
・・・よしっ!・・・
ヤレるという自信と安堵感がカズキの内から湧いてきた。
返り血を浴びた左手に視線を落とす。
『アークドラゴン紋 レベル0.0』
『ゴブリンソード互換性なし』
・・・マジかー・・・
ライダーを自分の剣技だけで倒した喜びは、秒で消滅してしまった。
互換性のない武器で殺しても、経験値を獲得出来ないということなのか?
気持ちが萎えそうになるが、気持ちなどお構い無しに左右から同時にライダーが襲い掛かった。
「雷撃っ!」
右から襲い掛かったライダーに、ビリビリ剣を突き出し雷撃を食らわせ、左前方から来たライダーにはゴブリンの剣を食らわせた。
「キャン!」
「Gugyyyaa!」
ドスッという音と共に、二頭の狼と二匹のゴブリンが地に落ちた。
雷撃を食らわせた方は絶命していたが、ゴブリンの剣で倒した狼は息があった。
「やっぱり駄目か・・・」
再び左手を見たが、竜眼のデータに変化はなかった。
持っていたゴブリンの剣を地面に突き刺し、虫の息の狼に手を伸ばす。
・・・ドラゴンの力とか出てくれると助かるんだが・・・
狼の喉を左手で潰しにかかったが、左手からスキルは発動しなかった。左手の力だけで狼の首を締める。
だが、人間の握力でトドメを刺すのは簡単ではなかった。首の骨でも折れればよかったが、左手だけでそれは無理だった。
窒息死狙いで狼の首を締め続ける。
・・・これって動物虐待だよなぁ・・・
そんな発想がよぎった。
「早く楽になれよ・・・」
なかなか死なない狼が、突然足をバタつかせ瞳が大きく開かれた。鋭い眼光がカズキを一瞬睨んだが、瞳が濁り光が失われていった。
狼の命はカズキの左手の中で消えた。
そして【アークドラゴン紋】を宿したとされる左手は、何の変化もなかった。
『アークドラゴン紋 レベル0.0』
表示は変わらない。
素手で殺しても、レベルは上がらないということか?
もしくは、もっと強い魔物を素手で倒さなければならないのか?
「帰りてー・・・」
ヤル気が失せた。
どう考えても、左手【アークドラゴン紋】は人が使う【紋】とは別物と考えた方がいいだろう。
もっと情報が必要だ。そう思ったが【アークドラゴン紋】に詳しい人間など存在するとも思えない。
・・・馬鹿ガエルに聞くしかないよな?・・・
しかし、リリに関する助言さえ受けられないカエルさんに、期待できそうもない。
カズキは少し途方に暮れた。
「しかし、困ったな・・・どうしよう・・・」
そう呟いたところで、背後からラスタの甲高い声が響いた。
「ライダー来てるっすうっ!」
顔を上げると、南門を攻撃していたライダーが全てカズキに向かっていた。
数は7、距離は50メートル。
「やれやれ、逃げればいいのに・・・」
ため息が出た。実験は終わりだ。
もはや左手で倒しても意味はない。
・・・チャチヤッと片付けて帰ろう・・・
「雷撃 レベル60」
ビリビリ剣を突き出し、適当に口走る。単純にレベル60の威力を見ておきたかっただけだ。
バラけて迫るライダーに、閃光が炸裂した。
ズズズドーン!!!
巨大な爆縮がライダーたちを包み込む。
爆音と爆風が凄い勢いで押し寄せた。
自動展開されたシールドに、石や土や狼の肉片が凄い勢いで激突した。
・・・あらら・・・
竜眼からライダーの反応が消えた。
舞い上がった土煙に邪魔されている訳でもないだろう。
そして、視界が回復すると、そこには直径30メートルほどの巨大クレーターができていた。
狼もゴブリンも雷撃で粉々に吹き飛んだようだ。
・・・まあ、こんなものかな・・・
勇者紋レベル80だったカズキからすれば、レベル60の攻撃スキルは、だいたいこんなものだった。驚く程の威力ではない。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇
「わーっ! 朝の《《アレ》》より凄くないっすかぁ?」
ポッカリと空いた大穴を覗き込み、ラスタが顔をしかめる。自分がスパイ活動してることを忘れているようだ。
カズキはラスタの言葉を聞き流し、ミガエラたちと南門へ向かった。
「おーい。ミガエラー、ミサエっ、無事だったか」
南門が開き、村人が数名飛び出してきた。
「あの凄い爆裂魔法を・・・」
興奮した顔でカズキに話しかけてきた男がフリーズした。
カズキのギルドカードに視線が止まっている。
困惑する村人たちに、ミガエラが紹介してくれた。
「こちらカズキ様だ。カズキ様はラムス様のお客人だ。侮るでないぞ」
「で、では、このFランクの若者が、アレを・・・」
レベル60の爆雷攻撃をカズキが使ったと確認し、村人たちの表情が一変した。
「隠し菜園でライダー20に襲われたところを助けて頂いたのよ」
「ライダー20・・・す、凄いな・・・」
ミサエの説明に村人たちは息を呑んだ。
「そこで無理を言ってな、緊急クエストを依頼させていただいたのだ」
「そ、そうか、助かったぞ。ここも危なかったが北門はかなりの激戦みたいだ」
「状況は?」
「それは・・・全くわからん・・・」
その場に集った村人とミガエラたちの視線が一斉に空へ向けられた。
立ち昇った煙が村を覆っていた。
そして、その時、けたたましく鐘が鳴り響いた。
ミガエラたち村人の顔が強ばった。




