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02.勇者は使い捨ての道具だった。


 勇者の意識は混濁していた。

 全身が焼けている。左手と左足が引き千切られたような激痛に覆われている。

 喉が焼けているのか、水が飲みたくて仕方ないのに意識はハッキリしない。


・・・苦しい・・・痛い・・・熱い・・・水・・・



「ドラゴンの解体を急げぇっ!」

 遠くから聞こえた声に、僕は何とか瞼を開けることができた。

 目の前には地面が広がり、甲冑姿の足が走り回っている。


・・・ここは? 僕はどうなってるんだ?・・・


 水・・・みずっ・・・


 身体も動かず声も出せない。

 しかし、視界が少し鮮明になってきた。

 兵隊の足が近づき顔の前で止まった。


「こいつ、やっぱ、ドラゴンの呪い浴びてますよぉ」

「どうせ死ぬし、ほっとけっ!」

「おい。サッサとドラゴンの首をはねろ。我らは、今日からアークドラゴンを滅した勇者パーティーなのだぞおぉぉぉっ!」

 若い男の声に混ざり、聞き覚えのある声が響いた。

 王国近衛騎士団副団長だ。


 ここは・・・?

 地に墜ちたドラゴンの巨体が視界に映っている。

 混濁した意識に、少しだけ記憶が浮いてきた。

 

 そうだ、僕はアークドラゴン討伐・・・


 放たれたザ・ソードがアークドラゴンを切り裂いた。

 そして息絶えるドラゴンの一撃を受け、僕は・・・


・・・倒せたのか?・・・


 小さな希望が目覚めた。

 回復術を使えば、この苦しみから解放されるかもしれない。

 

 回復魔法を、ポーションを飲ませて・・・

 手を伸ばそうとしたが指先さえ動かなかった。


 喉の渇きが耐えられない。

 消えそうになる意識と戦っていると、甲高い女の声が聞こえてきた。

 

「わたくしたちって、本当に神に選ばれし高貴なパーティーだったのねっ!」

 若い女の声に、身体がビクリと反応した。

 声の主は王女マリエラだ。

 僕を召喚し勇者紋を授けたお姫様だ。


・・・ヒールを・・・マリエラ、ヒールっ・・・


 声も出せず指も動かせない僕は、何とか視線を彼女に向けた。

 王女と女聖騎士が見えた。

 王女は楽しそうに笑い、聖騎士も大きな口を開け笑っている。

 瀕死の僕が足下に横たわっているのに、2人の顔は喜びに満ちあふれていた。

 それも、今まで見たこともない破顔した笑顔。


「いや、マジ、このお馬鹿勇者に倒せたんだから、うちらが少し本気出せばチョロかったわよねぇ?」

「あーっ! それ言えてるぅ、マジそれねっ、ギャハハハハハッ!」

 そこには僕の知らない女たちがいた。

 純情可憐な王女と寡黙な美貌の女騎士とは別人の、見知らぬゲスな女に見えた。



「近づいてはなりませんぞ、姫様。この卑しき召喚人はドラゴンの呪いに汚されております」

 中年の男が2人に駆け寄る。近衛騎士副団長だ。


「分かってるわよ。でも、どんな間抜け面かと思ってね。それに、勇者紋を回収しておかないといけないでしょ!」

「マジ受けますよねぇっ! あんな必死に戦った挙げ句、ドラゴンの呪いでくたばるなんて」

「召喚者って、マジ馬鹿で受けるぅっ、ぎゃははははははっ!」

「この呪いさえ無ければ、私らが倒してたのよね。ドラゴンくらいねっ!」

 下品な笑い声が霊山に響いた。


 この弱り切った状態で、彼女たちの本性を見るのは辛かった。

 意識が混濁している分だけダメージは少なかったが、精神的なトドメを刺されたような感じになった。

 しかし、本当のトドメは王女の手で実行された。


「そうそう、勇者紋返してもらわないとね」

 前屈みになった王女の手が伸びてきた。

 僕の右手の甲をつまみ何か呪文を呟いた。


「ゲロ・・・ザス・・・アル--------」

 王女が古代語魔術を詠唱した刹那、勇者紋が僕の右手から剥がされた。

 その瞬間、全身をそれまで以上の激痛が駆け抜けた。


「ぎゃああああっ!」

 出せなかった声が悲鳴になってあふれ出した。


「チョー受けるうぅぅぅっ!」

「勇者紋が無くなって、呪いがいい感じで効いてきたのねぇ」

 ゲラゲラと笑う2人が僕を見下ろしている。


「ぐがががぁぁぁぁぁっ!」

 あまりの激痛に、指先一本動かせなかった身体を地面でのたうち回らせた。

 地獄の苦しみだ。これがアークドラゴンを倒した報い。これがドラゴンの呪いなのか?


 大きな槍が何十本も全身を突き刺しているような激痛が加わり、僕の意識は再び闇に落ちそうになる。

 気を失えば楽になる。しかし、そのまま死が訪れる恐怖もあった。

 

 死ねば、このクソゲーのような異世界から解放されるのか?

 

 正義の為、平和の為、弱き民の為。それが戯言だったと、僕はやっと受け入れることが出来た。


 それは何となく分かっていた。

 何となく偽善だと理解していた。

 彼女たちは、おそらく先天的な嘘つきではないかと思っていた。

 だが、嘘つきだからこそ、一緒に居て居心地が良かったのだ。

 

 王女や女騎士に勇者様と見詰められただけで、僕は嬉しかった。

 しかし、その美女たちは、今やゴミを見るような視線で僕を見下ろしている。



 全員で治癒魔法をほどこしてくれれば・・・

 誰かが癒やしの魔法で苦しみを抑えてくれていたら・・・

 ありがとうの一言でも掛けてくれていたら・・・

 激痛でのたうち回る僕の中に、闇が生まれ始めていた。

 しかし、勇者紋を奪われた僕は、もはや普通の人間でしかない。

 

 このまま呪いに喰われて死ねば楽になる。

 そう思った僕は目を閉じた。

 もう醜い王女たちの顔を見たくなかった。

 焼けただれる苦しみが全身を覆い、意識は薄れていった。


 死ねば、元の世界に戻れるのだろうか?

 僕は、それを望んでいるのだろうか?

 僕は・・・僕は・・・


 意識は闇に墜ちていった。



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