18.動乱の予兆
城壁門の前。
兵隊に取り囲まれ十分ほど睨み合っていると、ブロンド女性が駆けてきた。
「何事ですか? これはっ!」
全員の視線が一斉に動く。
少し息を切らした女性は、ギルド受付嬢シモーヌだった。
シモーヌが近づくと、兵士達が一斉に後ずさった。彼らの視線は露骨に彼女の左手に向けられている。
【バジリスクの呪い】にビビっているのだ。
「こ、これは、シモーヌ殿っ!」
唯一後ずさらなかった髭の隊長が、シモーヌに事情を説明し始めた。
メルルを呼びにやったのに、シモーヌが来たことで隊長は慌てているようだ。
「見慣れぬ男を尋問していたところ、妙なことを申告いたしましたので・・・」
髭の隊長は事の経緯をシモーヌに説明した。何の誇張もなく淡々と説明したが、ラムスを呼び捨てにしたことには怒りを隠さなかった。
説明を聞き、シモーヌは簡単に僕の事を説明した。
「メリッサ様の紹介状によれば、カズキ様はラムス様の客人ゆえ、くれぐれも粗相なく便宜を図るよう指示されています」
「ラムス様のお客人でございますか?!・・・」
メリッサの説明に、隊長さんの顔色が一瞬で変わった。
驚愕した表情を浮かべた隊長さんは、僕に非礼を詫びてくれた。
「大変な無礼を働きました。お許しください。カズキ様」
「い、いえいえ。それが仕事ですから気にしないでください」
日本人の悲しい性で、頭を下げられると下げ返してしまう。
まあ、これで、ゴタゴタから解放されたので、よしとすることにした。
門を後にしたところで、僕はシモーヌに礼を言った。
「シモーヌさんも、わざわざ来てくれてありがとう」
格を考えると、メルルが来ていたら話しは簡単に終わらなかっただろう。
「いいえ、問題ありません。担当ではありませんが、メリッサ様からカズキ様の事は頼まれていますので」
「そ、そうなんだ・・・」
うまい言葉が見つからず、僕は言い淀んだ。
そして、沈黙が流れていく。
まずい・・・
女子との会話が苦手な僕は、言葉のキャッチボールに失敗した。
せっかくのチャンスなのだ。話題を作って話さなければと焦る。
僕は少し邪な事をシモーヌに対し考えていた。
彼女の呪われた左手は何か利用価値がありそうだと、会ったときから感じていた。そして、彼女を利用するには仲良くなっていた方がいいに決まっている。
呪いに関する情報を少しでも手に入れたかった。
話のキッカケを考えていると、兵士の一団が足早に通り過ぎていった。
「何だか、町の警備が厳しいですね。普段からなのですか?」
僕の質問に、シモーヌは事も無げに答えた。
「こんな御時世ですから無理もありません」
ん?
何度も聞いたフレーズだ。
「メルルも兵士も同じ事を言ってたけど、こんな御時世って、どんな?・・・」
僕は少し間の抜けた聞き方をしてしまった。
「カズキ様は、最近の事情にうといのですか?」
少し呆れ顔でシモーヌが僕を見る。
「そ、そうだね。1週間ほど病気で寝てたから・・・」
「ああ、それなら御存知ない訳ですね」
シモーヌは歩きながら「こんな御時世」の事情を語ってくれた。
「10日ほど前、大陸最強の魔物アークドラゴンが滅せられた件はご存じですか?」
「ああ・・・何となく・・・」
それ、僕だよと言えずうなずいた。
アークドラゴンの事を思い出すと、ペイ王女の顔も思い出し鬱になる。
「あのアークドラゴンをペイの王女が滅したのです。今や大陸諸国は大騒ぎです」
「大騒ぎ? 平和が訪れると?」
僕は本気で言った。
それこそが、勇者として最後に成しとげたことなのだ。
「カズキ様は面白い表現をされるのですね」
「違うの?・・・」
「本気で言われていたのですか?」
「ま、まあ・・・」
僕は、その為だけに戦ったのだ。
最大の厄災にして最強の魔物から人々が救われるならと、相打ち覚悟で【ザ・ソード】をアークドラゴンに撃ち込んだ。
そもそも、あの時、【勇者レベル80】に【勇者の剣レベル50】という合計レベル130の僕でも、アークドラゴンには歯が立たなかったはずなのだ。
王女の目的は【アークドラゴンに挑みしパーティー】の称号欲しさの軽い戦いのはずだった。
計画では、一戦交えてすぐに逃げる算段だったのだが。
実際にアークドラゴンと相対した僕は、ドラゴンの動きの鈍さに気づき本気で戦うことにした。
そして、ああなった。ドラゴンは地に墜ちたのだ。
アークドラゴンが滅せられたなら、平和になったはずだが・・・
偶然か必然か運命か、何にしてもラスボスは倒したのだ。
しかし、シモーヌの見解は違っていた。
「アークドラゴンを滅した力を背景に、ペイの国が大陸全土に勢力を伸ばすのではないかと、各国は疑心暗鬼になっているのです」
「そ、そういうことですか・・・」
ため息が出そうになった。
確かに、国家や政治という視点から考えればそうなるのだろう。
「事実、国境の動きは活発になっています。大量のスパイが侵入していると、国境地帯では緊張が高まっているのです」
「そ、そうなんですか・・・」
こんな御時世の真相を知り、僕は軽く凹んだ。
ただ、世界各国の不安は少し的外れだと思った。
なぜなら、ペイの国にしても、アークドラゴンを倒したことは予定外の出来事なのだ。他国への侵攻準備などしてないのだから、過剰に反応する必要はないだろう。
再び会話が途切れそうになったところで、シモーヌが尋ねてきた。
「ところで、帰りが早かったですね。何か問題がありましたか?」
「いや、薬草の採取が終わったんで、買い取ってもらおうと戻ってきたら兵隊に捕まったんだ。君が来てくれて助かったよ」
「何か良い薬草を見つけたのですか? 良かったですね」
会話がスムーズに続いたためか、シモーヌの表情も少しやわらいで見える。
「うん。こんな感じかな」
僕は腰にぶら下げた袋を開き、シモーヌに薬草を見せた。
「えっ! こ、こんなにですか?!」
覗き込んだシモーヌが驚きの表情を浮かべた。
「しかし、これ・・・見たことない薬草ばかりです・・・」
シモーヌの表情が暗くなった。
ただの雑草を採ってきたと思われているのだろうか?
ギルドが近づき、シモーヌとの会話は再び途切れた。
不安になってきた。




