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14.ラムスの館(5) 決意


「ただいま、リリ・・・」

 地下室のドアを開けた瞬間、カズキは固まった。


 ゲェッ!!・・・


 部屋を出た時、そのままの場所にリリは立っていた。

 それも、包帯の目玉が超巨大になっているではないか。


・・・どれだけ泣いたんだ? 泣いただけ出血したのか?・・・


「リリっ、遅くなってごめんっ。ごめんねっ」

 膝を突き慌てて抱き寄せると、小さな身体がビクッと反応した。

「お、おかえりなひゃい・・・おにぃひゃ、ん・・・」

 ろれつが回ってない。立ったまま寝てたのか?


「りっ、リリっ、汚ちゃないかりゃっ・・・お顔、洗わなきゃ・・・ひゃっ!」

 ギュッと抱き締めると、リリは弱々しく嫌々をした。

 構わず強く抱くと、今度は小さな手が僕に一生懸命しがみついてきた。

 よほど心細かったのだろう。

 抱きしめた手をゆるめても、リリはしがみつく手を離さない。

「よしよし」と頭を撫でると、小さな身体が震えていた。

 明らかに泣いているようだ。

 ということは、出血し続けててるに違いない。


・・・カエルさんっ! リリが死んじゃうよっ!・・・


 スカイドレイクの幼生に視線を向けたが、赤い目で睨み返された。


・・・その程度で【聖女】が死ぬものか。だが、お前は基本的な事が分かっておらぬ・・・


・・・どういうことだ? 教えてくれ・・・


・・・自分で考えろ・・・


 この馬鹿ガエルは、一番肝心なところで話を濁す。


・・・この役立たずガエルぅぅぅっ・・・


・・・・・・・


 カエルさんと念でやり取りしていると、リリが顔をあげた。

「だ、誰か、居りゅのっ?・・・」

「えっ、あ、ああっ」

 メリッサを紹介しようとしたが、リリの反応は早かった。


「カエルしゃん虐めるっ・・・悪い人っ!」

 そう言ったリリは僕から離れ、カエルさんに抱きついた。

 小さな手が震えている。

 何となく想像はできる。

 ラムスから聞いた話だと、突如現れたカエルさんからリリを取り返そうとして失敗したらしい。その戦いでカエルさんが虐められたと思っているのだ。

 虐められたのはラムスたちの方だが、リリには分からないだろう。


・・・おいおい、マジか!?・・・


 怯えるリリに反応し、カエルさんの赤目が変化してきた。

 明らかにヤバい。発光してる。

 そして次の瞬間、左目【竜眼】が赤く点滅し、頭に警告が響き渡った。


『スカイドレイクがスキル発動を準備しています。スキル【レーザーブラスター】・・・対処不能。重層シールドの展開を推奨。シールドを展開てください。警告、警告・・・防御不能、警告、警告・・・』


 脳に直接警告を送られ、僕は面食らった。

 文字で警告するよりヤバい状況なのだ。

【雷撃剣】のシールドでは、カエルさんの攻撃に耐えられないと【竜眼】は判断しているのだ。


・・・ええっ! 重層シールドって何?・・・


『現在【重層シールド】は使用できません』


・・・はあああっ! そんなの推奨するなよっ!・・・


『防御不能。回避を推奨』

 【竜眼】システムが頭の中に響く。超うるさい。

 視線をメリッサに向けると、彼女も何かヤバそうだと気づいたようだ。顔が凄い引きつっている。そして、彼女の恐怖はリリに飛び火した。


「カエルさんをっ、いじめちゃっ、だめっ!」

 その場の雰囲気に、リリはカエルさんの頭に必死にしがみつく。そして、そのリリの怯えに応え、一つ目の光が増していく。


・・・カエルなのに、怪光線とか出すんだ?・・・


・・・・・

 僕の問いをカエルさんは無視した。


・・・つーか、君って幼生じゃないの?・・・


・・・傷を負ったので幼生化しているだけだ・・・


・・・そうなんだ。じゃあ、大人なんだね・・・


・・・・・・

 返事は帰ってこない。


・・・その君の力でリリを救ってよ・・・

 何とか論点をそらそうと試みる。


・・・何度も同じ話をするな。我には滅ぼすことしかできぬ・・・


・・・だからって、変な怪光線とか出すなよ。僕まで吹き飛びそうなんだけど・・・


・・・・・・・

 返事が無い。僕も殺そうとしてるのか?

 ついでに?


・・・じゃ、じゃあっ! お願いだから、その女を殺すな。そいつは利用できる。リリの役に立つ女なんだ・・・


・・・そうか・・・


 カエルさんは拍子抜けするほどアッサリ、僕の提案を受け入れた。

 攻撃する意志はなく威嚇目的だったのかもしれない。

 巨大一つ目から光が消えていく。

 後はリリを落ち着かせるだけだ。


「リリ、りりっ。お姉ちゃんはカエルさんと仲直りしに来たんだよ」

 僕は怯えるリリに手を伸ばした。

 どう考えても、リリとカエルさんはリンクしてる。

 リリの気持ちさえ落ち着けば、この場は収まりそうだ。


「しょ、しょうなの?」

 抱き寄せるとリリが小首を傾げた。包帯グルグル巻きなので表情が読めない。

 つーか、最高に包帯目玉が巨大なので、そっちの方が心配だ。。

「そうだよ。カエルさんはとっても強いから、お姉さんたちも怖がってるんだ」

 そう説明すると、リリは一歩踏み出してメリッサに言った。

「か、カエルさんはっ、リリのお友達です。お池に落ちたら助けてくれます。カエルさんを、いじめないで・・・くださいっ・・・おねがいでしゅ・・・」


 4歳児にしては出来過ぎな演説だ。姪っ子の美也子とは別の生物に見える。て言うか、中坊時代の僕でも知らない人間相手に、こんなに立派に話せなかったと思う。

 そんなリリの言葉を受けたメリッサは、その場に片膝を突き頭を垂れていた。

 単純に感動したといういうより、畏敬の念が感じられる態度だ。

 おそらくリリは、元々そういう存在なのではないだろうか。


「メリッサ、君もリリやカエルさんに手を出さないでくれるかな」

「我々はお嬢様に危害を加えません。以後、カエル様にも手は出しません」

「そ、そうか・・・仲良くしてくれると助かるんだけど・・・」

「ど、どのようにすれば?」

「えっ・・・・・・」

 僕は言葉に詰まった。

 そんなの尋ねられても困る。


「まあ、適当に・・・」

「えっ、えええっ・・・助言無しですか?」

 顔を上げたメリッサが困惑した表情で僕をガン見してくる。

「いや、僕もそれほど仲良しじゃないから・・・」

「そ、それは・・・」

「まあ、虎の尾を踏まないように気をつけてよ」

「・・・・・」


 リリが落ち着いてくれたので、カエルさんの大きな一つ目も半眼になっていく。

 半眼の一つ目もキモイが、危機は終息した。

 赤く点滅していた僕の左目からも、警告が消えていた。



 さて、どうしたものか?


 リリが落ち着きを取り戻したところで、僕は思案した。

 バケツの湯が冷めないないうちに、リリの身体を洗いたい。

 だが、どうもメリッサは微妙に使えそうにないようだ。

 メリッサが付いてくることに異論を唱えなかったのは、女性である彼女にリリを洗ってもらおうと考えていたのだが・・・

 少し時間をかけ仲良くなれば問題ないだろう。だが、今すぐメリッサに入浴の手伝いをさせるというのは無理がありそうだ。

 それに、メリッサは一定の距離からリリに近づく様子がない。飛び火を警戒しているのだろう。


・・・そうなると、僕がリリを洗うしかないが・・・


 すると、今度はメリッサの視線が気になる。

 幼女を脱がす男の図。それを見たメリッサの眼から怪光線が放たれそうだ。

 勇者だった僕なら、ひどく悩んだことだろう。

 しかし、この時、僕は全く躊躇することは無かった。

 仮に止められたとしても、メリッサに雷撃を食らわせてでも、リリのお腹に附された呪いを確認する必要があった。



 メリッサには留まるように伝え、リリを抱きバケツを持って水辺へ行く。


「リリ、お顔洗って身体も綺麗にしようね」

「は、はぃ・・・・」

 板場に下ろし包帯を外していく。

 リリの反応が微妙だ。

 何やらカエルさんの方を気にしている。


 いやいや、カエルさんに助け求めてねぇか?

 包帯を外しながら、僕も視線を背後に向けた。

 カエルさんはメリッサと対峙したままで動く気配はない。


・・・ああ、そういうことか・・・・


 僕は何となく理解した。幼児にありがちな人見知りモードだろう。


「大丈夫。メリッサお姉さんの場所からは暗くて見えないからね」

「しょ、しょうなにょ?・・・」

「そうだよ。大丈夫だよ」

 そう言って慎重に包帯を外した。顔の傷は相変わらずだ。

 痛々しいが、包帯があると服を脱がせられないし、大量の血を含んだ包帯を替える必要もあった。


 リリが小さな手で顔を洗う。何の手立ても無い以上、僕が傷に触れることもはばかられる。

 それから僕はリリの服を脱がせた。着ている代物が、ズタ袋のような服なので脱がすことは容易だった。


・・・マジかぁ・・・


 脱がせたリリのお腹を、数秒マジマジと見てため息が出そうになる。

 リリのお腹は綺麗だった。

 何らかの傷か印でもあるかと思ったが、そうではなかった。

 しかし、僕の左目は、リリの体内に埋められた呪い【聖処女の悪夢】呪いレベル65を読み取っている。

 よく分からないが、顔の呪いより質が悪いように思える。何より表面に無いというのが一番の問題ではないだろうか。

 直視して特別何か分かったという訳ではないが、確認は出来た。


「さぁ、キレイキレイしようね」

 タオルを湯で濡らし、一通りリリの身体を拭っていく。

 洗いながら左手で直接お腹に触れてみたが、新しいデータは浮かばなかった。

 そしてリリの傷ついた顔を拭う度胸は、僕には無かった。

 髪を洗ってあげたいとも思ったが、それも難題で見送ることにした。


 ほぼ、鴉の行水といった感じの湯浴みを済ませ、ぬる目の湯が残ったバケツにリリを入れてみる。


・・・かっ、可愛いっ・・・


 バケツの中で湯につかるリリの顔が、ほんわかしている。

 温かくて気持ちいいのだろう。

 何時間でも見ていたかったが、その希望は1分ほどで終わりを告げた。

 血行が良くなったため、傷からの出血が激しくなったのだ。


 慌ててバケツから抱き上げ、真新しいタオルでリリの身体を包む。

 この綺麗なタオルや湯を手に入れられただけでも、ラムスたちと面会した価値はあったというものだ。


 こうやって少しずつ現状を良くしていこうなどと一瞬頭をよぎったが、それもリリの傷が視界に入ると一瞬で消し飛ぶ。

 リリの為には1分1秒でも早く、何とかしなければならない。



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