11.ラムスの館(2)鬼女
そこは、ギゴの国の地方領主、女主人ラムスの部屋。
【翡翠紋】持ちのメリッサは、真っ赤な一本角の女主人に報告していた。
メリッサの敬愛するラムスは、その美しい肉体を椅子に納め、くつろいだ表情で報告を聞いている。
ラムスの両脇には、身長2メートルの鬼族2名が警護役としてひかえている。
「すると、完全に呪いは消えているのだな?」
「はい。間違いありません」
女主人は真っ赤な瞳でメリッサを見詰めている。
ラムスほどの者でも、あの酷い呪いが霧散したというのは信じられないのだ。
情報が正しければ、あの呪いは大陸最強の魔物アークドラゴンを倒して受けたものなのだから。
「そなたの見立ては?」
「勇者紋もありませんし、ただの若者にしか感じられません」
「呪いの後遺症は無いのか?」
「はい、健康体です。左足の大穴まで完治しています」
「それは凄いな・・・」
手にしていたグラスを机に置き、ラムスは小首を傾げた。
「勇者カズキか・・・」
禁術により異世界から召喚された勇者の名は、近年大陸中に響き渡っていた。
勇者紋レベルが50を越え【勇者の剣 レベル50】を装備したころから、「勇者カズキ」は大陸諸国の脅威として認識されていた。
その勇者は短期間にレベル80になり、遂にはアークドラゴンまで滅してしまったのだ。
大陸最強の魔物を倒したのだ。それだけて凄まじい経験値を獲得できただろう。勇者紋レベルも数十は上がっただろう。
最強の勇者になれたはずだ。大陸を支配する魔王にもなれるレベルに到達したかもしれない。
それなのにペイの王女は、勇者の右手から勇者紋を回収してしまったのだ。愚かな女だとラムスは思ったが、大陸諸国からすると吉報であった。
大陸からバケモノ二体が同時に消えたのだ。
だが、霊山から運ばれてきた呪われ人の有り様を見て、彼女たちは理解した。ペイの王女が、彼を見捨てた理由を。
生きているのが不思議なほどの傷と、禍々しい呪いに全身が焼かれていた。
すぐに死ぬと誰もが思ったのだが・・・
少し思案したところでラムスは話を変えた。
「ところで、姫様は変わらずか?」
「はい、姫様の呪いに変化はありません・・・」
「アレも居るのか?」
ラムスが眉をひそめ尋ねると、メリッサは静かに答えた。
「はい。ヌシ様は姫様に寄り添っておられました」
「何なんだ。あの魔物は? そなたの翡翠眼でも探知できない魔物など・・・」
ラムスにとって、あの一つ目の魔物は頭痛の種だった。
そもそも、あの地底湖にヌシなど居なかったはずだ。
それが2ヶ月前、突如として姿を現した正体不明の魔物は、あの幼子の守護者ででもあるかのように行動し始めたのである。
腕利きの剣士と魔導師10名を送り込んでみたものの、魔物の強力な結界によって、呪われた幼女に近づくことさえ出来なくなってしまったのだ。
「それですが、カズキ様に関しましても何も探知出来ませんでした」
メリッサはカズキに、漠然とした何かを感じていた。
何度も右手の甲を確認したので、勇者紋が失われているのは確かなのだが、漠然とした不安を感じていた。
「それは、勇者紋を奪われたからであろう?」
「それは、そうなのですが・・・」
「何か力を隠しているとでも?」
「はい。あの禍々しい呪いを、姫様の能力が目覚めたとしても、何とかなるとも思えません」
「確かにな・・・」
彼女たちが姫様と認識する幼女は、まだ4歳のはずだった。そんな幼子に、聖なる力が完全に発現するというのも考えづらいところだ。
しかし、カズキの無残な傷と呪いが完治したということを考えると、幼女の力と考えるのが妥当だった。
ラムスの興味がカズキに戻ったところで、メリッサは尋ねた。
「ところで、カズキ様の扱いはいかがいたしますか?」
「いかがも何も、我が国のしきたり通りにするまでだ」
「はぁ?」
メリッサは呆れた表情を浮かべてしまった。
翡翠眼持ちでも、主人の思考を全て理解するのは難しい。
ラムスは、元勇者に興味は無いということだ。
使いようによっては、そこそこの戦力になりそうだが、彼女の関心事は小さなお姫様の心配で埋め尽くされているのだろう。
「呪われ人を助けた。ただ、それだけだ。呪いが消えれば後は自由にすればいい」
「それで、よろしいのですか?」
メリッサは念を押すように、主人の赤い瞳を覗き込んだ。
勇者紋レベル80まで行った強者なのだ。恐ろしい素質があるのだろう。そんな人間を利用しない手はないと言いたかった。
だが、それでもラムスの考えは変わらなかった。
「そうだな。新しい紋と魔具を与え、恩を売っておく程度で良かろう」
「承知いたしました。用意致します」
メリッサは、それ以上の進言はしなかった。
結局のところ、鬼族であるラムスには政治的野心が完全に欠如しているのだ。
それゆえ、あの呪われた姫君にも、何の下心も持ち合わせていないのだろう。
「さて、元勇者と話してみるか。どんな奴なのだ?」
「凡庸で覇気が無く・・・ですが・・・」
メリッサは思案顔で小首を傾げた。
「何だ?」
「姫様はとても懐いておられました。ヌシ様に恐れる様子もありません」
「そうか。それは会うのが楽しみだ。すぐに通しなさい」
ラムスの美貌に笑みが浮かんでいた。
小さなお姫様が懐いたというだけで、カズキへの好感度が跳ね上がったようだ。
メリッサが下がろうとしたところで、警護役の青鬼ムサハが一歩前に出た。
「そのカズキと申す者と、直接会うのはお控えください。ラムス様」
ラムスの忠実な下僕が、彼女に意見するなどというのは極めて異例だった。
「勇者紋は無いのだ。気にする必要もなかろう」
「ご冗談を? 勇者レベル80まで行った強者ですぞ、紋が無くとも剣技は身に染みついておりましょう」
「そなたも、それなりの使い手【抜刀紋レベル30】は伊達ではあるまい」
ラムスは少し不機嫌そうに目を釣り上げ青鬼を見上げた。
そんな主にムサハも冷静な目で見下ろしている。
「それでは伺いますが、姫様は【賢者紋】を奪われましたなら何の策も思い浮かばなくなるのでございますか?」
「それと、これとは違うであろう。ただ、紋のスキルが使えなくなるだけだ」
「元勇者も同じです。ドラゴンを滅するスキルは失っても、身についた剣技は消えることはありません」
普段無口なムサハの進言に、ラムスも眉をひそめた。
「すると、そなたら2人でも止められないと言うのか?」
ラムスが警護役2人に視線を振った。赤鬼ザハラも小さくうなずいた。
「アークドラゴンに捨て身で立ち向かう馬鹿者です。本気で突っ込んでこられては防げぬかもしれません」
ムサハの言葉には、それなりの重みがあった。
「そうか・・・そうだな」
ラムスはムサハの進言を少しだけ受け入れ、防御を厚くすることを許可した。




