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対策

 紅帝の呼びかけに応じ、再びプレイヤーたちが自由都市の広場に集まった。

 集まったプレイヤーの人数と、彼らの真剣さは前回とは比べものにならないものだった。

 いくら多くのプレイヤーたちから慕われる紅帝とはいえ、単に彼に興味がない者だけではなく、有名になればなるほどそれを妬んだり、有名というだけで反感を抱いたりする者も少なくない。おそらく前回は、そうした者たちは集まらなかったのだろう。

 しかし、ことは自分の命に係わる問題である。今回ばかりはそうした人たちも紅帝の呼びかけを無視するわけにはいかなかったわけだ。


「これがすべて現実にいるプレイヤーなんですね。驚きです」


 そう言ったのは、「面倒ですから」という理由で昨夜の紅帝の集会に参加していなかった、ギルドメンバーのひとりUDRだ。


 大胆な深いスリットの入った青いチャイナドレスに、背中には丸い盾と腰にはメイスを吊り下げた長身の女性である。彼女のチャイナドレスはよく見ると細かい鎖で編まれており、これでもチェーンメイルに属する防具なのだ。チェーンメイルはプレートメイルには及ばないまでも防御力が高く、装備に必要な筋力がプレートメイルよりも低いため、クレリック系のクラスに好まれている装備である。


 そして、彼女のクラスもまた、1次職のクレリックから回復や状態異常解除に特化した2次職プリーストの上位職である、プリースト系ニュートラル属性の3次職ビショップだ。


「ことがことだけに、みんな真剣なんでしょうね」


 そう言ったレドリックもまた、紅帝がどんな発言をするのか大きな期待を抱いていた。

 そのとき広場に、小さなざわめきが起こった。

 背伸びをして前を見ると、ちょうど広場に集まったプレイヤーたちの期待を一身に背負った紅帝が、噴水の前に設けられた壇にあがるところだった。

 壇上に立った紅帝は、その場にいるすべてのプレイヤーの視線が自分に集まっていることを確認するように、ゆっくりと広場を端から端まで見渡した。


「みんな、よく集まってくれた! すでに皆は今朝、掲示板での俺の書き込みを確認し、理解してくれたと思う」


 いったん言葉を区切り、一拍おいてから紅帝は次の言葉を力強く言い放った。


「この夢は、ただの夢なんかじゃない!」


 改めて紅帝に言葉として現実を突き付けられたプレイヤーたちの間から、小さなどよめきが起こる。

 紅帝は壇の後ろに控えていた〈銀河戦隊〉のギルドメンバーの中から、ひとりの女性を壇上に招いた。


「今後の〈銀河戦隊〉での対策だが、詳細は彼女から説明させてもらう」


 紅帝の横に立ったのは、20代の女性だった。宝玉をはめた古めかしい杖をついた女性は、いかにも怪しい占い師というような地味な色合いのローブを身にまとっている。


「私の名前は、オラクルと言います。名前のとおり、クラスは1次職ジプシーから転職するフォーチュンテイラー系ロウ属性の3次職のオラクルです」


 オラクルの凛とした声が広場に響く。


「まず、この世界で生きていく上で注意しなくてはいけないのが、実際のゲームとこの夢の世界はまったく同じではないということです。

 すでに皆さんがご存知のように、この世界にはキャラクターを蘇生させるスキルやアイテムが存在しません。一部例外的に、アニマルトレーナー系のクラスにはペットのクリーチャーを蘇生させるスキルは残っていますが、もちろんこのスキルではプレイヤーは復活できません」


 小動物を召喚して戦うシンパサイザーから転職できる2次職のアニマルトレーナーは、ペット職と呼ばれるクラスだ。【クリーチャー・テイミング】というスキルによって、モンスター(クリーチャー)をペットにし、自分の代わりに戦わせることができる。ペットとなったクリーチャーは、プレイヤーと同様に経験値を積むことでレベルアップしていくため、もし戦闘で死亡したクリーチャーを蘇生できず、また捕獲からやりなおしとなればアニマルトレーナー系のクラスは全員が首をくくるしかなかっただろう。


「また、世界の大きさがだいぶ違います。ゲームでは自由都市のNPCは多くても50キャラぐらいしかいませんでした。ですが、私の調べたところでは自由都市だけでも2万人のNPCが生活しています。それだけのキャラクターが生活するだけの住居などの空間が必要なため、ゲームと比べて街がかなり大きくなっているようです。そして、同じように世界自体もゲーム内の縮尺より、はるかに大きくなっています」


 オラクルの言うように、ゲームにある街や村にいるNPCは多くても数十人だ。小さな村だと、数人のNPCだけしかいない場合もある。しかし、この世界ではより現実に近い形で再現されているようだ。


「ゲームと同じだと思って行動すると、思わぬ落とし穴に落ちる可能性もあります。そこで、攻略Wikiを立ち上げることにしました。皆さんがお気づきになったことは、どんな些細なことでも結構です。ここにいるプレイヤーたちで情報を共有したいと思っています」


 すでに現実の中のゲームとしての『ミュステーリオン・オンライン』には、プレイヤーたちが作り上げた攻略Wikiが存在する。それと似たようなものをこの夢の世界に対して作ろうというのだ。


 レドリックは、なるほどと思った。多くのプレイヤーは、すでにゲームで攻略Wikiの扱い方になれているだろうし、この世界がゲームに酷似した世界である以上は、ゲームの攻略という形で情報を共有していくのは良いアイデアだ。


「この攻略Wikiの情報は、私たちの命にかかわってきます。悪意による情報や外部の人間の悪戯を制限するため、編集は私を含めた〈銀河戦隊〉のWiki担当者と、一部有志たちの手で管理します」


 そのオラクルの言葉に、隣にいたエイラから小さく舌打ちがもれた。


『エイラへのささやき:どうかしたの?』


 周囲には〈月下庭園〉のメンバー以外のプレイヤーもいるため、レドリックはエイラに「ささやき」を飛ばした。


『エイラからのささやき:ちょっと気に食わないだけ。攻略Wikiは、すごく良い考えだと思う。だけど、それだけ利用価値が高いものを一部の人間に握られるのは、ね……』


 おそらくこの場にいるすべてのプレイヤーは、今後そのWikiを活用していくことだろう。だが、そこに掲載されている情報は、すべて〈銀河戦隊〉によって編集されたものになる。〈銀河戦隊〉にとって不利益になる情報を隠したり、偽情報による情報操作を行ったりする可能性もある。

 しかし、レドリック自身は、その可能性はかなり低いと思っていた。絶対にばれないのならばともかく、情報の隠ぺいや操作を行っていることがばれれば、〈銀河戦隊〉の信頼は一気に地に墜ちるだろう。紅帝と〈銀河戦隊〉の人たちが、それほどのリスクを冒すとは思えなかった。

 そのことを伝えると、エイラは渋い顔で答えを返した。


『エイラからのささやき:だから、気に食わないってだけの気分の問題』


 どうやらエイラはかなりの仕切りたがり屋のようだ。他人に物事を仕切られるのが気に食わないのだろう。レドリックは苦笑した。

 それからオラクルからいくつかWikiでの注意点などの説明が行われた。それが一通り終わると、Wikiの説明をしていたときに浮かべていた柔和な笑みを引っ込め、一転して険しい目つきで言った。


「次に、早急に解決しなければ問題があります」


 オラクルの表情と口調に、プレイヤーたちの間に緊張が走る。


「女性に対するセクハラ行為です!」


 どんな問題かと緊張していたみんなの中に、失笑にも似た雰囲気が漂う。

 しかし、それに過敏に反応したのは一部の女性プレイヤーだった。


「まじめに取り合ってよ! 私たち女性には深刻な問題なんだからね!」

「そうよ! あたしたちが女だとわかったとたん、擦り寄ってくる気持ち悪い男が多すぎるのよ!」

「私たちを恋愛ゲームのキャラだと勘違いしてない!? 自分の顔と相談して出直してよね!」


 それは、セクハラの被害を受けた女性プレイヤーたちだった。

 この『ミュステーリオン・オンライ』には、平賀源内のボンテージファッションのようなローブやUDRのチャイナドレスのようなチェーンメイルなどのように、その素性からは、ずいぶんとかけ離れたデザイン優先の防具が多々ある。また、生産のひとつ『裁縫』では、ウェディング・ドレスやプリンセス・ドレス、さらにはメイド服やスクール水着まで様々な衣装を作ることができ、そうした衣装の外見を防具にコピーさせることも可能だ。

 このようなデザイン優先の防具や好みの衣装に防具の外観を変えられるシステムは、女性プレイヤーたちに受け、プレイヤーの女性が占める比率は意外と高い。

 ざっと広場を見渡しても、だいたい3割から4割ぐらいは女性のようだ。

 そのうちの少なくない数の女性たちが憤慨の声をあげている。


「それだけじゃありません。一部の男性プレイヤーによる、女性NPCへのセクシャルハラスメントがあったことが報告されております」


 今度はすべての女性プレイヤーから非難の声が上がった。


「信じられない! あなたたち、バカじゃないの!?」


 怒り狂う女性プライヤーたちに、男性プレイヤーたちは「あくまでごく一部のバカのやったことだから」と弁解するが、彼女たちの怒りはおさまらない。

 隣ではエイラが、ボソッと小さい声で「バカは死んだ方がいいよ」と呟くのに、レドリックは身体を小さくさせた。他の人のように大声を上げないだけ、余計に怖い。

 ここに来る途中にも、レドリックや源内が近くにいるというのに美少女のエイラに声をかけようとする男性プレイヤーは多かった。隣にいただけのレドリックですら、辟易したぐらいなのだから、当の本人の憤懣は推して知るべし、だ。


「さらに、一部のプレイヤーの中に、NPCに対して非人道的な行為に及ぶものがいます」


 それに対してプレイヤーたちの中から疑問の声が上がった。


「でもさ、NPCはNPCだろ? それを人間扱いって変じゃないか……?」


 周囲でもそれに同意する声が上がる。

 しかし、オラクルはそれに反論した。


「私が複数のNPCたちに聞き取り調査を行ったところ、驚いたことにNPCたちはそれぞれ過去の記憶を持っているのがわかりました」

「それってどういうことだ?」


 オラクルの言葉の真意がわからず、多くのプレイヤーが疑問の声を上げる。


「つまり、NPCたちは自分がこの世界に生まれ、成長し、そこにいたるまでの記憶を持っているんです。私たちと同じ、これまで生きてきた記憶をです」


 プレイヤーたちがざわめいた。

 プレイヤーたちの認識では、この世界ができたのはプレイヤーたちが夢を見るようになった6日前からということになっていた。しかし、NPCたちはそれ以前からこの世界で生活してきた記憶があるという。


「で、でもさ、それってそういう風に設定されて作られた記憶だよ。やっぱり人間とは違うよ」


 そのプレイヤーの意見には、多くのプレイヤーも同感だった。


「では、あなたは自分が人間であると証明できますか?」

「え?」

「あなたは、自分の存在とその記憶は作られたものではない、と証明することができますか?」


 オラクルの言葉に、そのプレイヤーのみならず誰も答えることはできなかった。


「私は、NPCが本当に作られた存在であろうと、なかろうと、自ら思考して行動している以上は、同じ知的生命体――つまりは人間として扱うべきだと思います」


 その言葉に、紅帝も同意を示した。


「俺も同感だと思う。それに、この世界が本当に夢なのかどうかもわからない状況だ。仮に、ゲームによく似たファンタジー世界だとしたら、彼らは本当の人間ということになる。軽率な行動は慎むべきだ」


 紅帝は手に持った手錠のようなアイテムを掲げた。


「俺たち〈銀河戦隊〉は、そうしたノーマナー・プレイヤーに対して厳正に対処する! 目に余るプレイヤーに対しては、この『咎人の枷』を使用するつもりだ!」


 紅帝が手にした『咎人の枷』とは、ツールによって自動狩りを行うBOTに対してプレイヤーたちで対処するためのアイテムだ。この『咎人の枷』を使われたキャラクターは時間内に表示されたランダムパスワードを入力できないか、パスワードの入力を3回失敗すると、移動速度と攻撃・詠唱速度が極端に低下する『咎人』状態になってしまう。

 〈銀河戦隊〉は、このアイテムをノーマナー・プレイヤーに使い、強制的に3回連続でパスワード入力を失敗させ、捕縛するつもりらしい。


「質問があります!」


 そのとき、エイラが突然声を上げた。


「何を基準としてノーマナー・プレイヤーとするのか? そして、『咎人』となったプレイヤーは、何を基準として裁くのか? その点をお聞かせください!」


 周囲のプレイヤーから、いっせいに視線が向けられる。隣にいるだけのレドリックですら、相当なプレッシャーを感じるというのに、その集中砲火を浴びえているはずのエイラは、しかし微動だにせず、しっかりと壇上を見つめていた。


「NPCもしくはプレイヤーから被害を訴えられたとき、もしくはあまりに目に余る場合はみんなと合議の上で忠告や警告といった手順を踏んで、なお制止できない場合は、『咎人の枷』の使用に踏み切るつもりだ。

 罰則についても、NPCから訴えられた場合は、NPCの衛兵などに身柄を引き渡す。プレイヤー間の問題ならば、そのときはみんなと合議の上で罰則を決めたいと考えている。これでいいかな?」

「みんな、というのは、ここにいるプレイヤーたちという意味でよろしいでしょうか?!」

「……ああ、それでかまわない」

「わかりました。ご回答いただき、ありがとうございました」


 それだけ言うと、エイラは何事もなかったかのような澄ました顔で周囲の視線を黙殺した。

 これまで学校での沖津奏やゲーム内でのエイラの言動を見てきたレドリックは、意味もなく彼女がこんな多くの人の前で目立とうとする性格ではないことは知っていた。

それでもあえて発言したからには、何かの意図があったのだろう。

 そんなことを考えていたレドリックだったが、不意に背筋に寒気が走った。


 誰かが見ている?!


 何の根拠もないが、直感的にそう思った。この多数のプレイヤーがひしめく広場にあって、何者かがこちらに視線を向けている。

 いや。正確には、自分の隣にいるエイラに向けられた視線だ。彼女に向けられた複数の視線の中にまぎれ、人間の温かみを感じさせない、機械のように人を数値として分析するような、冷たい視線がどこからか投げかけられている。

 しかし、その視線はすぐに消え失せ、どこから届いてきたかすらも確認できなくなってしまった。


『エイラからのささやき:どうしたの? ちゃんと閣下の話は続いているんだから、集中しなさい』


 視線には気づいていないエイラから、注意を受けてしまう。

 エイラに気のない返事をしながら、レドリックは先程の視線の正体が気になってならなかった。


長くなったので、ここで分割して掲載します。

だらだらと書いてはいますが、今後の展開には重要な設定のため、ご容赦ください。

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