平賀源内
陸玖は、今夜も夢の世界に来たことに気づいた。
いつもと同じ自由都市の広場である。しかし、ここ数日と大きく変わっているのは、広場にいるプレイヤーの姿が目に見えて減っていることだ。
この世界を夢で見るようになってから、見かけるプレイヤーの数は日を追うごとに増えていたのだが、昨日の閣下の発言のせいで多くのプレイヤーが宿屋や家などに引きこもってしまったようだ。
今、街の中で見かけるのはNPCがほとんどで、プレイヤーらしい人は数えるほどしかいない。
安全なはずの街の中でもこれだ。おそらくフィールドなどモンスターがいるような場所に出かけているプレイヤーは、よほどの物好き以外はいないだろう。
『エイラ:赤井くん、ギルドハウスに来てもらえる?』
奏からギルドチャットが届いた。
ギルドハウスとは、ギルドメンバーが利用できる共用施設だ。ギルドのレベルを上げていけば、様々な施設を増設できたり、店舗を雇い入れたりすることができる。
もっとも陸玖が所属している〈月下庭園〉はギルドメンバーの能力値にボーナスを与えるギルドスキルの方に重点を置いて強化している。そのため、ギルドハウスも最低限のものを建設しているだけで、ギルドメンバーの集会場程度のものでしかない。
「ギルドハウス・コリド、オープン!」
ギルドメンバーが使えるギルドハウスへ帰還するためのゲートを生成するスキルを叫ぶ。すると、目の前の空間が渦巻き、ゲートが現れる。
ゲートに飛び込んだ陸玖は、一瞬にして自由都市の郊外にある小高い丘の上に建てられた小さな家の前に転移した。
周囲は青々とした穂が風になびいている麦畑である。都市の中心部からは、やや遠くて不便だが、この風景が気に入ってギルドハウスをここに建てたのだ。
陸玖が中に入ると、広さが十畳ほどの板張りの広間の中央に、ぽつんと置かれたテーブルに座って奏が待っていた。
ゲームではあまり気にしていなかったが、設置した家具はテーブルがひとつだけで、床も壁も板のままなのは、あまりに殺風景だったと陸玖は思う。
「お待たせ」
そう言った陸玖に対して、奏の反応は少しおかしかった。言葉少なく「ええ」と言っただけで、視線を合わせようとしない。椅子から立ち上がろうともせず、むしろ前かがみになってテーブルの下にでも潜ろうとしているようだった。
「どうかしたの?」
そう尋ねる陸玖に、奏はやや強張った顔で怒鳴り返した。
「な、なんでもないから!」
どう見ても、何かありそうなのだが、と首をひねった陸玖だが、あることに気づいた。
奏は装備していた毛皮のマントを無理やり前で合わせて、身体を隠しているのだ。
よくよく考えてみれば、奏が装備している大酋長シリーズはビキニの水着のようなきわどい衣装だ。今までは夢の中と割り切っていたのだろうが、陸玖が現実の同級生だったことがわかり、改めて羞恥心が湧いたのだろう。
「あー……」
こういう場合、なんと言ってフォローをすればいいのかわからず、無意味な声を出すしかなかった。
それに奏はしばらくうつむいてから、がばっと顔を上げると、マントを開いていつものように胸を張った。
「お、遅かったね。もうすぐ平賀源内さんも来るから、今後の夢の中でのギルドの対応を
相談しましょ!」
どうやら開き直るつもりのようだ。
奏はとてつもなくプライドの高い女の子なのかもしれない。この程度のことで恥らっていると思われることすら許せないのだろう。
それならば陸玖もあえてそのあたりは触れずに、これまで通り接するべきだと思った。
そのとき、ちょうどギルドハウスに入ってきた人がいた。
「お待たせしました」
そう言ってギルドハウスに入ってきたのは、ベルトとチェーンで飾り付けられたレザーボンテージファッションの上に同じレザーのロングコートを羽織った30代ぐらいの男性だった。彼の装備の見た目はレザーだが、これでもローブに属する防具であり、魔力増強などの効果があるれっきとした魔法職の防具だ。見た目と材質が違うのは、ゲームのデザイン優先のグラフィックのせいである。
男性の頭上に浮かんでいるキャラクター名は、平賀源内。ギルド〈月下庭園〉の創設メンバーのひとりで、クラスはアルケミストである。
1次職のマジシャンは、2次職で魔法攻撃に優れたウィザードと、自分や仲間を魔法で強化するバフ(Buff)スキルに優れたエンチャンターに分かれる。そして、エンチャンターから転職するアルケミストは、同じエンチャンター系の3次職エンハンサーよりバフスキルの性能は劣るものの、代わりにマジックアイテム作成やその使用時の効果に補正が得られるクラスである。
そして、そのアルケミストの平賀源内はパーティープレイではメンバーを強化するバッファーとして、また様々なアイテムを製作する製作者として、ギルドメンバーたちを支えてくれているギルドに欠かすことができない人物でもあった。
ふたりの視線を受けながら、平賀源内はモノクルの位置をなおすと小さく会釈した。
「この場合は、はじめまして、と言った方がいいんでしょうかねぇ? まあ、とにかく私が平賀源内です」
まさに大人と子供ほどの歳の差があるというのに、源内はふたりを見下すようなことはせず、礼儀正しく挨拶をした。ゲームの中とまったく変わらぬ態度に、かえって大人の貫禄というものが感じられる。
同じことを感じたのであろう奏もわずかに緊張を緩めたようだ。
「頭の上の名前を見ればわかると思いますが、私がエイラです。あっちのがレドリック」
「はじめまして。いつもお世話になっております」
陸玖もなれない敬語でたどたどしく挨拶を返す。
その姿に源内は笑みを深める。
「いやぁ、おふたりともお若いですねぇ。学生さんとは聞いていましたが」
そう言う源内が同じテーブルに着くのを確認してから、奏は切り出した。
「ゲームでもお伝えしましたけど、私と赤井くんはクラスメイトでした。現実に顔を合せて夢の内容を確認しましたので、間違いありません」
「僕もびっくりしました。まさか、委員長…あ、沖津さんのことですけど、彼女がエイラだったなんて、びっくりしました」
ふたりの言葉に源内は苦笑いを浮かべた。
「え~と、ちょっといいですか? これからのことを話す前に注意しておきたいんですが、これまで以上に個人情報には気を配ったほうがいいですよ」
「ええ。気をつけてますけど……?」
ネットで個人を特定されるような情報を流さないのは、当たり前のことだ。今更、なんでそんなことを言うのだろうと奏は不思議そうな顔で言う。
「そうですねぇ……」源内は顎に手を当て、しばらく考える。「おふたりは、北高の生徒じゃないですか?」
源内の指摘に、陸玖と奏は目を見張った。
「そ、そうですけど。――赤井君が言ったの?」
奏は陸玖をにらみつけるが、陸玖は慌てて首を振って否定する。陸玖を弁護するように、源内は片手を振って奏の推測を否定する。
「以前、レドリックさんは、学校からの帰り道にある駅で、オープンβの記念イベントでインストール用のDVDをもらったと言っていたのを記憶していたんですよ。あと、おふたりとも確か都内にお住まいとも言っていましたっけ。
私の記憶では、都内でオープンβのイベントを開催したのは秋葉原と、あとひとつ。HS-softの本社の近くにある駅だけです。
実は、今は仕事の都合で他県に引っ越していますが、私もあのあたりの出身なんですよ。たまたまあのあたりに用があって実家に戻ってきたとき、私も駅でDVDをもらったんですけどねぇ。
あの駅を通学に使っていそうな学校はふたつ。鷺ノ宮女子と、北高だけです。おふたりがクラスメイトということなら、北高しかありえませんからねぇ」
種明かしをされ、ふたりは「なるほど」と納得した。
「これまでは、通っている高校がわかっても、どうってことありませんでした。でも、これからは、そうとも言えなくなりましたからねぇ」
「それはどういうことですか?」
今ひとつ源内が言いたいことがわからない陸玖がそう尋ねる横で、奏はハッと顔を上げた。
「そうか! 夢の中だと、顔が……!」
「そういうことです。たとえば、私がおふたりに害意を持っていたとしても、ゲームや夢の中では決して手を出しません。
おふたりとも強いですからねぇ。下手をしたら返り討ちに遭ってしまいます。
でも、顔さえわかっているならば、高校の前に張り込みをすれば数日のうちに現実のおふたりにたどり着くのも可能です。ましてや本名がわかっていれば、なおさらです。
ゲームの中では強い戦士でも、おふたりとも現実の世界ではただの高校生です。現実のおふたりに危害を加える手段など、いくらでもありますよ」
陸玖はぞっとした。
オンラインゲームの中のトラブルが原因で、現実の事件に巻き込まれることもある。実際に、韓国や中国などではゲーム内でのトラブルが原因で殺人事件すら起きているのだ。決して笑ってすませられる問題ではない。
「ひとつひとつは大した情報ではないのかもしれません。ですが、そうした小さな情報を積み上げれば、全体像がつかめるものです」
「確かに、おっしゃるとおりです。これまで以上に個人情報には気を付けないといけませんね」
奏は真剣な顔つきで同意すると、陸玖に向き直った。
「レドリック、これから夢の中ではお互いキャラクター名で呼び合うことを徹底しましょう」
奏――エイラの言葉に、陸玖――レドリックはうなずいた。
「レドリックも、夢の中では髪型とか変えたほうがいいかもよ。確か都市の理髪店に行けば、髪型や髪の色を変えられたでしょ?」
今まで髪型にこだわったことがないレドリックは、どうすればいいのかわからず苦笑いを返すしかなかった。
「そういえば、エイラは最初から髪の色まで変えていたけど、そこでやったの?」
レドリックの問いに、エイラはムスッとしかめっ面になる。
「これは地毛なの」
「……え?! だって、学校じゃ黒髪で……」
「もともと、あたしは髪の色が薄いの。中学校のとき『染めているだろ』って何度も先生からうるさく言われたから、高校になって黒く染めているの。髪型も、癖っ毛でまとまりが悪いだけ」
よほど腹に据えかねていたのだろか、苛立ちを露わにするエイラに、源内が「まぁまぁ」と場をとりなす。
「それよりも、今後のことを相談しましょう」
源内の提案に、ふたりとも異論はなかった。
「まずは、ギルドの運営ですかねぇ」
「源内さんは、誰か大人の人にギルドマスターを委譲した方がいいとお考えでしょうか?」
エイラは努めて感情を口調に出さないようにしていたが、それでもわずかに悔しさのようなものがにじんでいた。
本人もこれが異常事態とは承知していても、ゲームの中では彼女が中心となって立ち上げたギルドであり、そこに対する思い入れは人一倍大きいだろう。理性ではわかっていても、そこに感情がついていかないのは無理もない。
「そうですねぇ。これが現実の世界でしたなら、大人が責任をもってやればいいんでしょうけど」
源内は困ったように頭をかいた。
「問題なのが、ここは夢の世界で世間一般の常識が通用しないばかりか、ゲームに似た世界ですからねぇ。こうなると下手な現実の常識に固まった人間より、おふたりのような若い子たちの方が柔軟に対処できるかもしれませんねぇ」
そう言って源内は柔和な笑みを返した。
エイラの肩から、すっと力が抜ける。
「わかりました。それでは、あたしが引き続きギルドマスターとなります」
「はい。まあ、すべて任せっきりにはしませんので、もちろんフォローはしますよ。対外交渉やギルド内部の人との調整などはお任せください」
源内の言うように、ことが人との交渉などになると、やはり子供より大人が矢面に立った方がすんなりといく場合が多いだろう。その点についてはエイラも同意した。
それからレドリックも交えて、いくつか今後のギルド運営について議論したが、この夢についての情報も少ない現時点では、決められるようなことは少なく、すぐにそれも終わった。
そうなると、話題は当然の如く、この夢の世界についてのことになった。
「一番の問題は、この夢は偶然の結果なのか、それとも何らかの意図によって引き起こされたかだね」
エイラの意見に、レドリックは首を傾げた。
「偶然で、こんなことが起きるのかなぁ?」
「同じゲームをやっていたので、精神的に似た状態に陥ったため、同じ夢を見ているのかもしれない。ゲームに酷似した異世界に、寝ている間だけ精神が飛んでいるのかもしれない。まあ、ここまでいくと漫画かアニメの設定にしか思えないけどね。
とにかく、今あたしたちはひとつの夢を共有しているという、普通では考えられない異常事態に実際に巻き込まれているんだから、たとえどんな偶然が起きていたとしても、決してありえないこととは言えないでしょ」
エイラは真剣な顔になると、少し声を落として続けた。
「でも、あたしも何者か――それが個人なのか、集団なのか、人なのか、もっと別の何かなのかもしれないけど、何らかの意図のもとに起こされたと思うけどね」
エイラの言葉に、レドリックは目を見張る。
「何で、そう思うの?」
「偶然や自然発生にしては、この夢の世界があまりにでき過ぎている」
エイラの言うように、確かにこの夢の世界はできすぎている。
普通の夢のような支離滅裂な内容や矛盾はなく、驚くほど精巧にゲームの世界を再現している。そうかと思えば、ゲーム的過ぎて非現実な部分は上手く現実に沿う形に修正されているのだ。
そうしたことは何らかの意思が関与していたとすれば、納得できる。
しかし、そうなると次の疑問は、その意思はいったい誰のものかだ。
「その何者って何だろう?」
レドリックの言葉に、しばらくエイラは考えてから答えた。
「それはわからない。神なのか悪魔なのか、もっと科学の進んだ宇宙人? 太古の魔法使い? もしかしたら、そこらの普通のおじさんの仕業かもね」
「まあ、いずれにしても、私たちはその『誰か』さんにイニシアチブを握られていますからねぇ。こちらとしては、嫌でも相手の出方を待つしかありませんねぇ」
源内はため息とともに、そう言った。
正体がわからない相手にイニシアチブを握られ、こちらはただ待つしかできないことにレドリックも嫌な気分になる。
「でも、これが何者かの意図によるものなら、打開できる可能性もあると思う」
エイラの言うように、何者かの意図を読めば、現状を変えることができるはずだ。そして、この事態を引き起こしている手段があるのならば、この事態を解消する手段も同時にあるはずだ。
そのとき、三人の前に同時にそれぞれのポップアップウインドウが立ち上がった。
そこには「UDR様がログインされました」という通知が出ている。
「UDRさんがログインしたね」
そう言って椅子から立ち上がりかけたエイラを源内は手で制した。
「では、私が今後の方針などを説明してきますよ。こういうときは、年下のお二人より私のように無駄に歳を食っている人間から説明した方がいいでしょうからねぇ」
源内は椅子から立ち上がると、UDRと連絡を取りながらギルドハウスを出て行った。
残されたレドリックは気になったことをエイラに質問した。
「エイラの言うとおり、この状況に何者かの意図があったとしたら、それは何だろう?」
「わからない。小説なんかでよくあるのは、製作者がリアリティを求めてゲームに死亡を実装したっていうのは良く聞くけど、これもそうなのかどうか」
エイラはレドリックに真剣な目を向けると、
「それがどんな意図にしたって、あたしたちにとってはろくでもない結果が起きることを覚悟しておいた方がいいと思う」
エイラの言葉に、レドリックもうなずいた。
作中にあるように、今後現実世界では赤井陸玖と沖津奏、夢世界においてはレドリックとエイラという呼称で分けて表記します。




