紅帝の決起
「他に質問がなければ、以上で俺たち〈銀河戦隊〉のこの世界での活動についての説明を終わらせてもらう」
紅帝がそう告げると、広場に戸惑う声が次々とあがった。
多くのプレイヤーたちは、紅帝ならばこの異常事態に何らかの解答を示してくれるのではないかと期待して集まっていたのだ。
この夢の世界はいったい何なのか?
どうすればここから抜け出せるのか?
そうしたことが聞けるのではないかと思っていたのに、ふたを開けてみれば〈銀河戦隊〉としてのこれからの活動を説明しただけで、何の解答も出されていない。
そのことに不満を感じたプレイヤーたちが声をあげた。
「何が原因で、こんな夢を見るようになったんだ?!」
「この夢を終わらせるには、どうすればいいんだ?!」
「この夢を見続けいても大丈夫なの?! 何か悪影響とかないの?!」
しばらくの間、そうしたプレイヤーたちの黙ったまま聞いていた紅帝だったが、みんなに向けて大きく両腕を開いて上げた。
それだけで、騒いでいたプレイヤーたちが静まる。
「まず、みんなに断わっておく。多くの人が、俺が何らかの解決策を知っていると思っていることだろう。しかし、俺もまたこの異常事態に困惑しているひとりにすぎない」
その言葉に多くのプレイヤーたちは、失望のため息を洩らした。中には八つ当たりのように、文句を言う者までいる。
レドリックもまた、やっぱりと思うのと同時に失望を感じていた。
「この夢の世界は、一体何なのか? どうしてこんなことになってしまったのか?
俺にだって、わからない。
だが、わからないままでいて良いのだろうか?
ただ困惑したままでいて良いのだろうか?
この夢は始まった時と同じように、ある日突然終わるかもしれない。それならば、このまま危険なことはせずに、隠れていればいいだろう。
だが、この夢がいつ終わるかもわからない。いや、本当に終わるのかすらわかっていない。
ならば、今は少しでも多くこの世界の情報を集め、万が一に備えるべきなんじゃないだろうか? そのために、ここにいるみんなの力を俺たちに貸してほしい!
今回、こうしてみんなに集まってもらったのは、そういう意味だ!」
情報を集めるということは、この世界で自ら行動を起こそうということだ。
しかし、この夢の世界は決して安全な世界ではない。
一歩街の外に出れば、そこにはプレイヤーに襲いかかってくるモンスターたちが無数に存在し、ダンジョンに入ればそこには危険な罠が待ち構えているのだ。
果たしてそんな危険を冒してまで、やるべきことなのか?
プレイヤーたちは戸惑い、周囲の顔色をうかがうだけだった。
「俺だって危険なことをするなんて嫌だ。
ましてや、死ぬようなことなんてまっぴらごめんだ。
ガタガタと震えて家に引きこもっていればこの夢が終わるというならば、そうしよう!
何かやろうとする人に文句を言うだけで日常に帰れるのならば、そうしよう!
だが、それで本当に助かると思うのか?
何もせず、成り行きに任せて物事が解決すると思うのか?」
紅帝の問いかけに、誰も答えられなかった。
誰だってこのままでいいとは思っていなかったのだ。
「毎晩、夢の中で死ぬのではないかと怯え、現実で目が覚めれば自分が死ななかったことに安堵し、そして夜になれば、またこの夢の世界にくることに恐怖する。そんな毎日を過ごすことになるなんて、俺はごめんだ!」
紅帝のいうように、このままではプレイヤーたちは寝ても覚めても夢に支配され続けるだけだろう。
「みんなに訊く! 俺たちは何だ!?」
紅帝の言葉に、プレイヤーたちは顔を見合わせた。
いったい紅帝はどんな答えを期待しているのかわからず、戸惑いの表情を浮かべる。
「俺たちは、ゲームのプレイヤーじゃないか!
それならばやることは決まっている。
それは、このおかしな夢の世界というゲームを攻略することだ!
今、俺たちが囚われているこの夢の世界は、失敗したら死亡するという、とんでもないクソゲーだ!
ふざけるなよ! 俺たちはこれまで何タイトルものクソゲーまでやり込んだゲーマーじゃないか! まともに起動すらしないクソゲーすらやってきた俺たちに、この程度のクソゲーが攻略できないわけがない!
敵を見つけろ! アイテムを探せ! スキルを極めろ! 法則を見出せ! この世界のすべてを調べつくし、攻略法を見つけ出せ!
俺たちならばできるはずだ! いや、必ずできる!」
紅帝は大きく息を吸ってから、こう断言した。
「この夢から、みんなで抜け出すことがっ!!」
紅帝の言葉に、広場は静まり返った。
しだいに彼の言葉の意味が浸透してくると、プレイヤーたちの間からまばらな拍手と同意の声が上がった。それは徐々に周囲の人たちへと広がり、ついには広場全体を埋め尽くした。
周囲の熱気におされ、レドリックも胸の奥から湧き上がる高揚に顔を赤くし手を叩いた。
しかし、隣にいたエイラは口元を手で隠しながら、ギルドチャットで呟いた。
『エイラ:群衆の中に、《銀河戦隊》の友好ギルドが散らばっている。たぶん、あれはサクラだよ』
言われてみると、《銀河戦隊》と友好的と言われるギルドの人間の姿が、群衆の中に散らばっているのに気づいた。
『エイラ:たいてい、あたしたちみたいにギルドメンバー同士で固まっているのに、あの人たちはバラバラになっているのは、おかしいでしょ』
『平賀源内:まったく、エイラさんの冷静さには驚かされますね。確かに、かなりの数のサクラが仕込まれているみたいです』
『エイラ:紅帝さんやオラクルさんにヤジを飛ばした人も、サクラっぽいね。あえて否定的な意見を出して、話を進めたってところかな』
『レドリック:でも、それは悪いことかな?』
エイラの口調から、あまり肯定的ではないニュアンスを感じたレドリックだったが、せっかくみんながひとつになったのが悪いことなのか疑問に感じた。
この異常事態には、みんなが一丸となって立ち向かうことが必要だろう。そのためになら、ある程度の演出は仕方ないと思う。
『エイラ:悪いとは言わないよ。逆に、こうしてプレイヤーをひとつにまとめ上げることはいいと思う。――ただ、ちょっと怖いね』
『平賀源内:ですねぇ。困難な状況にあって、カリスマ的リーダーの登場は歓迎すべきでしょうが、限度ってものがあります。信頼がいつしか崇拝、そして狂信へと転がると怖いですからねぇ』
『UDR:私が見る限り、そう思っている人も少なくないみたいですね』
UDRの指摘のとおり、群衆の中には熱狂的に紅帝を支持する人たちだけではなく、そうした人たちの様子を見ながら周囲に合わせている人間やギルドも見受けられた。
『レドリック:じゃあ、紅帝さんや《銀河戦隊》には協力しない?』
『エイラ:いえ。もちろん協力はするよ。でも、何でもかんでもってわけにはいかないよ。面倒でもギルドの人たちと相談をして、慎重に行きましょ』
『平賀源内:そんなところが妥当でしょうね』
多くのプレイヤーたちをまとめあげ、この夢を攻略して行こうという紅帝と〈銀河戦隊〉。
そして、彼らに向けて鳴り止まない拍手と熱狂的な歓声をあげるプレイヤーたち。
しかし、その一方で冷静に今後を見据えようとする者もいれば、中には表立っては出さないが紅帝と〈銀河戦隊〉に対してよからぬ感情を抱く者もいるだろう。
さまざまな思惑や意図が激流となって広場に渦巻いていることをレドリックは感じずにはいられなかった。
◆
多くのプレイヤーたちの声援を背に受けながら広場を後にした紅帝は、騎乗用ドラゴンに乗りながら、後ろについてくるオラクルに声をかけた。
「あの子は、誰だろう?」
紅帝はただ「あの子」とだけしか言わなかったが、オラクルは打って響くような返答をした。
「ギルドは〈月下庭園〉、キャラクター名はエイラと表示されていました」
紅帝は、しばらく自分の記憶を探ってみた。廃人と呼ばれるトッププレイヤーたちや、活発に活動している大手ギルドなどの名前を思い浮かべるが、該当するような名前はなかった。
「聞いたことないなぁ……」
「私も聞いたことはありませんでした。ギルドメンバーの話では、Lv60代ぐらいの〈銀河戦隊〉より1ランク下ぐらいプレイヤーたちが中心となった少数ギルドのようです」
すでにオラクルは、ギルドメンバーに相手の素性を確認させていたようだ。
彼女の手際の良さに、紅帝は満足そうにうなずいて見せた。
「有名どころの人やギルド以外にも、面白い子がいるもんだ」
「そうですね。大きな釘を刺された、というところでしょうか」
あのエイラという子の質問は、〈銀河戦隊〉が独自の判断と裁量で他のプレイヤーたちを処罰しないように牽制したものに違いない。あの場で、紅帝の口から明確にプレイヤーたちの拘禁と処罰は、プレイヤー全員の合議で決めるという言質を取ることが目的だったのだろう。
「もともと、うちが独裁する気はなかったけど、ああやってきちんと先を見ているプレイヤーがいるんだな」
紅帝が言うように、もしエイラがあの質問をしなければ、群衆の中に仕込まれているサクラが同様の質問をする手はずになっていた。結局は、それは無駄になってしまったが、代わりに面白いプレイヤーが見つかったことが、紅帝は嬉しいようだ。
「楽しそうですね、紅帝」
「ああ、楽しいな」
紅帝は満面に笑みを浮かべて振り返った。
「だって、これはゲームだよ。ゲームには、やはり競い合う相手がいないと面白くないからね」
「……あなたのゲーム中毒もたいがいですね」
ようやく物語の舞台が整いました。
次話ぐらいからレドリックやエイラたちが、この悪夢に立ち向かうため活動を開始します。




